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イタリア6(ローマ)



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  この旅の道情報。画面内容が変わります。

この旅の旅心 ★★★★★★★7/10




2014-10-13 Civitavecchia - Roma



サルディーニャのOlbia港を深夜に出港して船は早朝にCivitavecchiaに着岸。列車の駅まで相当歩いて乗った列車が通勤時間帯に入っていく。



ローマの終着駅まで自転車も積める列車だが、駅毎に乗客が増えて自転車が邪魔。終点まで乗らずに途中下車した。

そこはバチカンに一番近い駅だった。この際、宿までの距離は伸びるけどチェックインまでの時間はたっぷりあるからローマの中心を見物しながら自転車を押し歩くことにした。



駅からバチカンへ向かうと直ぐにサンピエトロ寺院が現れた。中の広場に入って見渡すが、清楚でいて圧倒する大きさの建物や広場。博物館や壁画を見たいからあらためてもう一度来ます。



次に行ったのはトレビの泉。残念ながら補修中でした。が、水のない泉の上を歩けるようにしてあった。水がないのにコインはいっぱい。



大通りを進んだが意外に落ち着いた街ですね。ミラノは都会という感じがはっきりするけどローマは都会を感じる前に何処か気持ちに余裕が生まれる感じがした。



大通りから少し入った角地に面白そうな塗料や工具などを売る店発見。入ると買って帰りたいものが幾つかあるが日本でも買えるからやめ。針金とワイヤー張りはあの時に見つけていたら買ってただろうが.....。



テヴェレ川が市内を蕩々と流れています。けっこう流れが速い。



ヴィットリアーノです。写真は小さく見えますが圧倒される大きさ。



ここまで7キロの押し歩き。そして宿までここから十キロ。半分は乗れません。古い街の中心は石畳で自転車で通るとすごい振動だから。

宿はローマというより隣町の住宅地で、近くにレストランはない場所。自炊必須なのに駄目だと言われることを知らないから食材を買い込んでチェックイン。




2014-10-14 Roma

昨日、日記のアップができなかった理由は、またもや難儀なことが起きたからです。今度はほんとに右往左往する事態で、とんでもないことが起きました。

ローマの宿は10連泊の予約。その宿を一泊で追い出されました。

事の発端は自炊ができる宿を探してローマの中心から10kmも離れていても安くて炊事ができる宿を予約した。到着して説明を聞いて驚いたのはガスコンロや オーブンはあるがガスを止めている。理由は言わないが使えませんと明言する。契約と異なりますと使えるように求めるが駄目。

翌朝にも、「使えなくしたんだったら事前に連絡が欲しかった」と言った。事前に分かって泊まるのなら仕方ないけど、来て料金を先払いしてから言われても困 ると抗議した。若い女性は一旦上階の自宅に上がったが一時間後に父親と兄を連れて三人が部屋に来た。

渡した料金から一泊分の宿泊料と罰金一泊分を差し引いた袋を机に置いて「今すぐ出て行ってください」という。そんな馬鹿な、原因を作っているのは私じゃない。罰金とは何の罰金かわからない。

三人の形相を見ていると怖い顔だし出ていくしか収まらないと感じた。いっぱいいっぱい言いたいことはあるけど、言われるままに出て行くことにした。

急な事態に宿を探さないといけないし、荷の整理と梱包も慌てふためいたからブクブクに膨れてる。そのまま10キロ離れた駅に向かった。ローマで宿を探すよ り泊まったことのある宿に連絡しようとネットカフェで見るとViterboの宿が二泊なら空いている。即、予約を入れて電車で二時間ほどだから駅から飛び 乗れば夕刻までに入れると駅に急いだ。

駅で切符を買おうと並んで自転車と人の発券を頼んだ。ローマのテルミニ駅は渋谷駅のごとく混雑で自転車を積める電車は午後からはないと言われた。5キロほど離れた駅から乗れる電車が午後7時に一本だけある。

到着は午後10時。とりもなおさず切符を持って隣の駅を目指した。ローマ市内は交通量も多いし石畳で押し歩きしかできない。予定にない道をスマホ頼りに走ると電池が薄い。もう、この時点で右往左往。

駅について宿に遅くなることを連絡しようと公衆電話を操作するがどうしても繋がらない。仕方なく駅の見知らぬ乗客に携帯から電話して欲しいと頼んだ。イタ リア語で事情を言ってくれて遅くなると伝わったが返事が困り。宿主の自宅が30kmも離れているからその時刻まで開けて待てないと言われた。

もう日は暮れかかっている。駅の近くの宿探し。人に聞いて見つけたホテルは満室。街角の警官に聞いた宿も満室。これはやばいぞ、駅のベンチで野宿もチラチラ。三軒目のホテルも満室。聞くとこの辺りにはもうホテルはないと言われた。

困って情けない顔を見透かされたのか、個人的に知っているB&Bに聞いてあげると電話してくれた。一泊80ユーロで空いていると聞いて、やっと寝られると安心した。もうとっくに日は暮れて雨まで降りだした。

丸一日神経ピリピリ。朝から水しか喉を通らず何も食べていない。ベッ
ドに倒れ込むように寝てしまった。天井を見ながらベンチに寝なくてよかった......と。




2014-10-15 Roma 休み

追い出されて右往左往して、なんとか寝床を確保できた晩はさすがに疲れて寝るだけだった。一泊60ユーロにするか二泊100ユーロかと聞かれて一泊では何も出来ないから二泊頼んで寝た。

寝る前に聞いた難点は宿でネットに入れないから近くのネットカフェを使うこと。朝八時の開店と同時に店を尋ねるがパソコンは有線なら繋げるが無線はないと言う。

困りましたよ。ネットなしでは何も出来ないもの。宿に帰って聞くともう一軒あるから行ってみろと言われる。「おじさんはネットを使わないのか」と聞くとパソコンはあるけど使わないという。見せてもらうとWiFi装置があるじゃないですか。

「おじさん、これ使えば繋がるはず、パスワードは?」って聞くが知らないだって。設置した人に電話するとパスワードが分かった。やってみると一発で無線接続完了。自室でネットに入れるから安心この上なし。

全部で九泊すると言うとおじさんは喜んだ。この日は前日の疲れもあるし、洗濯やPC整理や仕事も詰まっていて一日中外出せず。たまに横になると「寝床が見つかってよかったなあ」とつくづく思う。

もし最後のホテルでこの宿に電話してくれなかったら、駅のベンチで一晩寝て、今日は朝から宿探しをしてたんだ.......。




2014-10-16 Roma 古代遺跡



黒印の宿から歩いても行ける距離に古代ローマの遺跡が集まってあるので出かけた。ローマの遺跡は古代遺跡の上に堆積物があったり、ルネッサンス時代の遺跡から現代の建物があったりする。



写真の深いところが古代ローマ遺跡で建物はルネッサンス時代。



古代ローマのカラカラ浴場跡。プールや着替室もある巨大な浴場です。つい最近に浴場真下の深いところにトンネルが見つかったらしいです。もっと古い時代のトンネルが。



コロッセウムは中に入りません。なんか人と人が殺し合うのを見るところと思うと凄惨で、いたたまれませんから。



何千回、何万回もの闘いがこの中で実際に行われた。それを何千人もの観客が見る。野蛮な人々だったのですね。追い出した宿主と同じだ。

古代の官庁などが集まる場所は日があれば見に行こうかと思うけど、あまりこういうスポットを見て歩くのは好みじゃないです。

それはそうと二回も犯罪場面に会いました。一回は車が横に来て運転席から話しかけられ、気心を緩める話しのあとに助手席に置いた新品のブランド上着をプレゼントするという。言葉巧みにお土産と言うから、もらおうかなと思うと、ガソリンがないので少額欲しいと持ちかける。

どうも財布を出させるのが目的のように感じて上着を放してさっさと逃げた。見ると怪しげな男が背中に立っていた。

もう一回は道を歩いていると同じ方角に歩く男が地図を持ってきてイタリア語で何かを尋ねてきた。意味が分からないまま歩きながら進むと男も並んで歩きながら寄ってきて聞いてくる。

その時、サッと私服警官が割り込んできて警察手帳を私に見せて男に大声で「離れろ」と命令した。男はブツブツ言いながら遠くに去った。

右往左往した日も混雑する駅で少年につきまとわれて、狙われていると感じたが、ローマもミラノも大都市にはそういう悪い奴がウヨウヨ居ると宿のおじさんも注意してくれています。

宿で世話をしてくれる女性は出かけるときにウェストバッグを見て「背中は駄目、底を切られるから腹に着けなさい」と言ってくれた。もう、これ以上困ることは勘弁さ。




2014-10-17 Roma ボルゲーゼ美術館



テヴォン川の橋の上に立つと自転車道が見えたので降りて走った。今日は写真が多いので自転車道は別の日に書きます。

地図の中央上に青色走行線の先端が緑色の公園にあって、そこがボルゲーゼ美術館。入って見た中で自分が感動したものの写真を交えながら今日の日記を書きます。



ローマに限らずイタリアの美術館で二三番目に人気のあるこの美術館だから今日は予約状況を見て切符だけを買うつもりで寄った。



案の定、ローマを離れる前日の22日まで切符は売り切れと貼り紙。前日でも買っておこうと受付で申し込むと「今日の午後1時が一人だけ空きましたよ」と言われる。



二十分後じゃないですか。慌てて自転車が盗難に遭わない場所を探して鍵を掛けたが二三時間も大丈夫か大きな心配になった。困り事ばっかり次々起きるんだから。



22日の予約切符だったらバスで来るつもりだったが予定外の今日だから心配事が増えました。自転車を遠くから見ていると周りにいる人の中に怪しい人は見あたらない。アカデミックな場所には泥棒やスリも来ないのかなあ。



入場前に持ち物は全て預けなければなりません。液体もです。そらそうでしょう、国宝がずらっと生で並んでいて手が届く距離に実物があるのですから。



驚くのはカメラは持ち込んで撮影できます。いわばカメラだけ持って入る。イタリアだけでしょうかね写真自由というのは。掲載の写真はすべて自分がスマホで 撮影したもので途中で気がつきましたが作品を写真に撮っても反射しない位置に照明が点けられています。



私が美術館や展覧会で心得ているのは、作品の名前や作者や解説はほとんど読みません。自分がどのように感じて心を動かされるか。作者は何を訴えたいのか。意識をその二つに集中して見ます。



今日の写真はその感動した作品の写真です。誰の作品かを後から知ることはありますが解説と照らし合わせながら見ることは感動を他から誘引する動作だと思うからです。



それにしてもものすごい数の展示品で見て回るのが早いと自負する私でも二時間かかりました。これでも感動した写真を半分くらい削ったのですが。

あっ、自転車盗まれませんでした。




2014-10-18 Roma 街角・広場・公園



これがテヴォン川の自転車道からの眺めです。



橋の高さから分かるように道路からは10mくらい低い位置で川面から2m上に自転車と歩行者専用の道がある。



距離は10kmくらいかな。その間信号がないからローマを南北に自転車で移動するには最高の道。わざわざ観光船でテヴォン川を見て回らなくても自転車で眺められます。



街角は何処へ行っても観光客がウヨウヨひしめいている。ローマの休日で有名なスペイン階段と広場も人が埋め尽くして階段は登れない。



路地裏にも人、人、人。



もちろん名の通った建物の周りも人、人、人。こうも観光客が多いとうんざりして人気のない場所を自然に求めます。



ポポロ広場を上から見るところに大きな大きな公園があって、その中にボルゲーゼ美術館がある。



この公園には観光客はあまり来ません。地元のカップルや家族連れが大半ですごく綺麗なところ。



池の畔のベンチで手製弁当をゆっくり食べた。



ちょっとだけ笑顔が戻ったでしょ。ちょっとだけですが。



写真はサックスでジャズを演奏する方。いろんな楽器を演奏する人が何人もいて上手な方が多い。帽子に小銭をほりこんで近くに座り込んで聞くのもいいです。

私は雑踏に流されるよりも、こんなゆとりのある場所が好きです。観光という名の物見を捨ててもこんな場所が好き。




2014-10-19 Roma 蚤の市

ポルタ・ポルテーゼというローマで一番大きな蚤の市が今日開かれると宿の主人が朝食時に教えてくれた。宿の世話する女性は既に向かったとも。



急いで食べて自転車に跨って走った。歩いても行ける左下の青線のところです。



7時半なのにもう人がいっぱい。自転車を押しながら見て歩く。



警官がなにやら露天主に詰問中。出店登録も厳しいようです。行けども行けども露天が続く。脇道も露天が沢山入り組んで蚤の市で道に迷うこと二回。

ドアに下げるガラガラと鳴る鈴を見つけて一騒動。店の若い人は10ユーロを8ユーロにまけると言うので20ユーロ紙幣を露天主に渡したら品を袋に詰めて渡された。そのとき手を合わせて礼をしてそのままツリが出てこない。

催促すると手を合わせて頭を下げる。これはまずいと品を返すがお金が出てこない。若い店員の手をつかんで文句を言うと渋々返ってきた。油断もスキもありませんわ。



木製しゃもじはジャムなどを煮るときに鍋底の隅まで撹拌出来る角の立ったもの。ハンドベルは二階に居て一階のカミサンに用事があるときに鳴らそうと蚤の市があるとずっと探していた。あわせて4ユーロは安いよね。



どんどん人が増えてくる。押し歩きの自転車が通行の邪魔になってきて問題を起こすといかんので退散した。この市は観光客はあまり見かけませんでした。



これは町中の雑貨店で買った土産にする絵の具やパステルとガラス細工。土産物屋にろくなものはないけど生活用品店で思わぬ土産が見つかります。



一旦宿に帰って北の繁華街に出かける。これが九泊中の部屋で四階にあって窓の外は広い空間がある。



ローマの休日で王女が男のアパートに泊まる場面は屋根裏部屋。そんな屋根裏じゃないけどローマの自分イメージの宿です。自炊は出来ないが街中の宿で真ん前がスーパー。レストランも沢山あって食事は大丈夫。

九泊で420ユーロとこんなに安い宿を右往左往ドタバタ最中に紹介してくれたのです。満室だった場末のホテルは一泊90ユーロ以上でしたから。




2014-10-20 Roma ヴァチカン



ローマの中にある国家ヴァチカンはローマに来た人のほとんどが美術館とシスティーナ礼拝堂を訪れる。私もご多分に漏れずオンラインで予約して行った。



国として世界で一番小さく、黒い線で囲われた部分がヴァチカン。右のボルゲーゼ美術館のある公園よりも小さい面積です。



自転車で行くと長時間の放置で盗まれるから電車で行った。



これが美術館の案内地図で縦に二本の長い線が廊下。ほんとにほんとに長い。



両側はフレスコ画でイタリアの地図が書かれている。この廊下を幅3mの人の列がまるで濁流のようにダラダラと流れる。団体客の案内人が説明を始めると列が詰まったようにギュウギュウになり、痴漢かスリに間違えられるほど接近する。



システィーナ礼拝堂まで延々とダラダラギュウギュウ列が動く。階段を上がったり降りたりもあって足元にも気を遣う。美術品の鑑賞をする気には全くなれない。

やっとの事で礼拝堂に入ると写真撮影は禁止。これは美術品を守るためと云うよりも列が滞って動かなくなるのを防ぐためと読んだ。ボルゲーゼ美術館のようにカメラ以外持込禁止でなく、この美術館は何でも持って入れますから。

システィーナ礼拝堂のミケランジェロのフレスコ画も何かしらしらけた雰囲気と疲れた気持ちと、ムッとする人の息溜まりで鑑賞すると云うよりも見に来ましたというスタンプを押しに来たような雰囲気。

礼拝堂を出たらまたもや長い長い戻りの廊下をゾロゾロと人間濁流を歩きます。廊下には絵はがきや土産物を売る店が作られているし飲食が出来る店も出している。美術館です。



庭園の見える屋外でやっと一息入れたけど、次に見て回る元気は失せました。



美術館を出てサン・ピエトロ大聖堂に入るにも半日以上並ぶ長い列を見て諦めた。

ヴァチカンの美術品をゆっくり鑑賞するのが困難なのは百も承知なのが館自体でしょう。あまりにも入場者を入れすぎです。入りたいという人が多いからそうなると云えますが、事故が起きそうな限界まで入場させている。

じっくり鑑賞するためには入場者を減らすしかありません。館として入場者数を減らす処置は大きな事故でも起きない限り行わないでしょう。

この美術館の鑑賞システムは世界一悪いと思いました。ここでじっくりと鑑賞し感動して納得された方はいないはずです。




2014-10-21.22 Roma 人々

何故ローマに10日もの滞在か。当初6月で飛行機も宿もとった時2ヶ月の長期走行だから中間にローマで10日の走行休みを作ったのが理由。

5月に仕事が消化しきれず6月旅行を全部キャンセルした。そして9月で同じ内容の旅行を組立てた。9月走行開始でローマを中休みにするとコルシカとサル ディーニャの船がなくなって日程が立たない。仕方なくローマ10日を最後にして先にコルシカとサルディーニャを廻る日程にした。走行中休みじゃないから短 くてよかったのにそのままの10日。

大都市は嫌いだから今までの最長でも三日か四日。なのにローマが10日なのは歴史的な遺物がふんだんにあるから見る時間を作ったつもり。現実は観光客を見 に来たようで古代遺跡もルネッサンス遺跡も何処を廻っても同じなんです。だから四日か五日あれば充分の失敗日程でした。

宿は市の中心部だから騒音は嫌でも部屋に侵入する。屋外に出ても車が多くて自転車でも徒歩でも面白くない。

決定的に嫌なことは人の心も顔も歪んでいること。イタリアの田舎や小さな町を長期に旅してきて、そんな地で暮らす人々はとても穏やかな気持ちでおられるし、人に優しく接することが日常に感じます。

ローマは経済と政治の中心であり三百万人がひしめき合って競争に巻き込まれ、毎日が闘いのような生活だから皆がピリピリと神経を使う生活を余儀なくされている。

ローマだけじゃないんです。東京でもソウルでも大都市に暮らすと人は変わります。そんなピリピリした人間の隙間で10日も過 ごすのが苦痛だった。宿を追い出されたからそんな気持ちになったのではなくて、ピリピリ人間が沢山いるからです。それに宿の追い出しが輪をかけました。



宿の主人です。



宿で世話する女性です。

こんなに長期にいると田舎の旅だと別れるのが辛いほど気持ちも温かさも通じるだろうに私はそれを感じません。残念ですが大都市は人には過酷な場所です。




2014-10-23 Roma = Firenze



朝早くの鈍行を乗り継いでフィレンツェに四時間かけてで戻ります。

昨日、最後にテヴィレ川の自転車道を走ったとき、「これでこの旅の走りは終わりやなあ」と少し感傷的になった。何故か涙までは浮かばなかったけど。

カミサンと二人で日本国内も海外も沢山の旅をしてきたが、こんなにも難題が起きたことは一度もなかった。次から次へとまるで小説の作り事のように起きた。 起きる度にいろんな工夫をして難を逃れて今がある。沢山の出来事を乗り越えた自分を「よかったね、よくやった」と褒めてやる。

ひとつだけ難がなかったことがある。最初に風邪をひいたがそれ以降身体の故障が起きなかった。書いてはいないけど身体への細心の注意とケアは充分すぎるほどやっていた。もし、身体に故障が起きていたらこの列車に乗っていなかったかもしれない。



ローマを小一時間も離れると農村の畑やオリーブの木が夜明けの空の下に拡がる。田舎の中に浸っていくと胸に溜まっていたムーッとするものが消えていくのが手に取るように分かる。



流れる外の景色を見ながら「この旅でカトケンは一廻りも二廻りもたくましくなった」と思った。難題は逃げなければ必ず解決できると。



自転車は全ての列車に積めないことを今回知った。ネットで見て自転車マークのある列車が積める列車だが積める車両が決めてあって貨物室のようになっていたり何もないときもある。

今回は問題ばかり起こるので前日に乗るべき列車の下見をして先頭車両に積めると分かった。ところが乗り継ぐ電車は確認できないから先頭か最後尾かは分からない。真ん中で待ってどちらかに走る。

案の定、最後に乗り換えた列車には端まで走れず通常車両に乗せた。終着駅の二つ前で検札があって車掌に「通路は邪魔になるから駄目だ」と叱られた。もう数駅なのでそのままにしてくれたけど。

フィレンツェに到着。宿に入ってやっと緊張が溶けて気は軽くなった。



久しぶりの自炊料理は何故かこの旅で一回も食べていないスパゲティー。オリーブオイルでガーリックと塩を利かせ、海鮮の具とともに美味かった。

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