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松本忍 ★★★★★★★7/10点 2008-08-13

昨日の午後、丹波の松本忍に会いに行ってきた。位牌の前に座り遺影を見ると大粒の涙が転げ落ちた。どれくらい座っていただろう。背中に奥さんの気配を感じながら松本に話しかけていた。

奥さんに何時ごろC型肝炎ウィルスに感染したのかを聞くと、高校入学前に大怪我をして8ヶ月入院したときに血清が使われたらしい。高校時代を共に生きたときに既に感染していたのだ。

五月に入院する前に内臓はボロボロになっていたが奥さんを一生懸命行ったことのない所へ連れてくれたという。バスの中でインシュリンを打ちながら、片足を引きずりながらも最後まで奥さんを思っていたんだ。

七月に高槻の病院を出て京都のパブテスト病院に移った段階で死は一週間に迫っていた。医者が「こんなに頑張って痛いと一言も言わない患者は見た事がない」というくらい辛抱する男。痛み止めのモルヒネも一回分を一度に飲まず三回に分けて飲んだのは脳が痛むことを知っていたから。

最後は奥さんの腕の中で目をひっくり返すくらいの痛みに耐えながら死ぬまで目から涙を流していたと云う。思うに松本は最後の最後まで意識はしっかりしていたのだろう。

感染を知ったのが数年前に軽い脳卒中で入院したとき。その直後に松本は俺に電話してきて「入院してたが今は大丈夫」と言って何度か飲みに行った。だけど彼は私に一言も言わなかった。感染していることを。

彼はダイナミックに仕事をこなし、おおらかに遊ぶ。その反面すごく細やかな気遣いをする男だった。その繊細な気遣いで私に云わなかったのだと思う。松本はあのときから死と向かい合って生きていたんだ。辛かったろうなあ。

奥さんと話し始めて直ぐに額に入った写真を持ってきた。脳卒中の前に松本と奥さんと三人のお子さんをヨットに誘って遊んだときの写真だった。「忍がいちばん気に入っていた写真よ」「ずっと彼の傍に置いてあったの」と聞いたときに胸がギュッとなった。額の中の写真には墨の手書きで「ありがとう」と書いてあった。松本は写真のこともひとことも言わなかった。

帰りの車でも彼のことばかり思っていた。長男にだけ「もっと生きたい」と何度も云っていたらしい。突然、死の宣告を受け、発症して体がボロボロになっていく自分を見つめるとき、もう一年でいいから生きたいと何度も何度も思ったに違いない。可愛そうな松本忍。どんな言葉も慰めにならない。可愛そうな松本忍。

車のフロントガラスを通して空に松本の顔が見えた。喋らない松本は悔しそうで、羨ましそうな顔を見せた。

おいっ、かとけんをそこから見てろっ。俺の生き様をずっと見てろっ。滑稽だったら大声で笑え。悪いことをしたら叱れ。殴ってもかまわん。

松本、わるいが俺はもうちょっと生きさせてもらう。 松本忍、見てろっ。

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