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お酒をを完全に止めることにしました。実際にはお酒を断って十日目です。
なぜ十日なのかと云いますとアルコール依存症になっていたら酒を断って一週間以内に発作を起こして病院の世話になったり死に至る場合もあります。

依存症からの酒の絶ち方と依存症でない場合の絶ち方が全く異なるのですね。ここに書くことも随分変わるので十日間様子を見たわけです。

先日の焼肉で酒なしでごはんをたべた理由がこれです。私はアルコール依存症ではありませんでした。即ち、自分の意思と行動でお酒をやめられる環境であるということを確認しました。

旅先の宿に疲れて着いて缶ビールを開けないのは寂しいかもしれん。みんなと集まって自分ひとり飲まないで素面でいるのは白けるかもしれん。実は私が四十過ぎのとき八年間、お酒を完全に絶ったことがあります。確かに寂しさも白けることもありましたが、それはそれなりに上手くやっていけた。だから大丈夫と言い聞かせています。

何故お酒をやめるかといいますと血液検査でGOT、GPT、γGTPの値が高い。しかも長年高いまま。肝硬変が確実に待っています。それは死が待っているということ。

もうひとつはカナダで酔っての怪我が象徴するように、酒で自分の制御が出来なくなってきていること。これは飲んで歩いて駅ホームでの転落など深刻な事態を招く危険が潜みます。

酒で気分がよくなるのを絶つのは惜しいが、それで命を落とすのはもっと惜しい。
いつか書いたように最近の酔い方は直ぐに寝てしまう。飲みはじめて4時間ほどで寝てしまう。だったら4時間を違う楽しみ方にすれば良いじゃないかと思った。染物、料理、工作、陶芸、映画、読書、語学........、楽しいことはいくらでもある。

なぜ完全に絶つのか、「酒の量を減らして少しだけ楽しめばいいじゃないか」「集まるときだけ少し飲んで楽しめばいいじゃないか」とお考えの方もいると思います。何回も挑戦しましたがそれができないのです。飲み始めたら酔うまで飲んでしまうのです。

何がきっかけで酒をやめようと考えたか。北京オリンピックの閉会式の夜、いつものように酔って寝て深夜に激しい腹痛が襲ってきて救急で滋賀医大に入ったとき、腹痛は肝臓が原因ではないだろうが、肝硬変になればこんな苦しみだけでは済まないだろうなと思ったのが始まりで、翌日には酒を断つ事を決めて実行に移しました。かとけんは転んでも何かを拾って起きあがる幸運な男であります。

救急から帰って自分の布団で寝ながら「既に人生三回分の酒を楽しんだ。もう十分楽しんだじゃないか。これから酒に代わる楽しみを見つけようや」と思ったとき、正直、肩の荷が降りた思いがした。なにか解放された気がした。

今回は何年やめると決めません。死ぬまで飲みません。たぶん肝臓は半年以内に正常になるでしょう。前回の四十過ぎの時は三ヶ月で正常に戻りましたから。でも、肝臓が正常に戻って飲み始めると数ヶ月で悪くなる。だから生涯飲まないのです。

たぶん夢の中で酒を飲んで「しまった、飲んでしまった」と目覚めて冷や汗をかくでしょう。飲みたいという心の底にある欲望は消えないでしょうから。

でも、ビアテイスト・アルコール1%なんてのも未練がましいから飲まない。好きで分かれた女のケツを追いかけるような、みっともないことするんじゃねえぞっ、かとけん。
皆さんに問題です。お酒をやめると云って一年後のかとけんは次のどの行動をとっているか。当てててくだされい。

■家族にも隠れて酒を飲んでおる。臭いを消すための消臭の粒を頬ばって家に帰って何食わぬ顔をしておる。もちろん誰にも口外しとらん。かとけんの顔は引きつっておる。

■家でこそっと飲んでおる。ネットでは飲んでいないことになっておる。かとけんの眉間のシワが深い。

■三ヶ月目でネットでみんなに謝って堂々と飲んだ。でも量が前より増えた。かとけんの酔っぱらいの笑顔は戻ったが一年経たずに棺桶に入った。

■お酒は飲まなくなったが新しい楽しみと称して美人を見つけた。その女が名器の持ち主で日ごと夜ごと通いつめ、自転車に乗らずに女に乗ってばっか。三ヶ月で腰振りながら死なれました。

■酒は飲まず女以外の楽しみに熱中。少年のように目を輝かせ、満面の笑顔で天真爛漫に日々を楽しむかとけん。酒飲みだったとは想像もでけん。

さて、貴方の予想は。
お酒を断って三年が過ぎた。三年をひとつの区切りとして振り返ってみる。酒と私の関係を素直に整理してこれからの生活に役立てるためです。

旅先で日本の夕食には酒がつきまとうから旅館の人が「お飲み物は?」と聞かれて「飲みません」というと変に思わないかと気遣っていたがそれはなかった。海外などは聞かれもしないことが多い。

一方、知人や友人との酒なしでの関係はどうだったか。飲まないからと私自身は酒の席に出にくいことは全くなかったし実際の席で酒を飲まないからとしらける事もない。お相手から率直な気持ちを聞き出していないから予想でしかないが、酒に酔うための集まりには誘いにくいと思うが、話を楽しむ集まりには誘いにく いことはないと思う。

三年の経過で酒を飲まないことで世の中から浮いたり邪魔にされたり、断ったことが人との関係を悪く変えることはまったくなかった。
酒を飲みたい気持ちの変化はどうだったか。断った直後に飲みたいと思う発作のようなことがもっともっとあって、断つ苦しみがあると思っていたが全く無しに過ぎたのが最初。

半年くらいは飲みたいと思うと覚悟していたがそれもなかった。一年くらい経つとお酒のことを思い出さなくなることが多くなった。三年経ってお酒そのものを忘れてしまった。

お酒を飲んでいるときの気持ち、飲み終えてもう飲めない状態までの経過、翌朝起床時の体と気持ちの状態、お酒が抜けきるまでの体の感じ。全てを忘れてはいないがそれらを味わうことはなくなった。

思えば酒の力で気持ちを動かされていた毎日。酒に力を借りずとも情感の変化は起こせる。酒の力を借りると制御が難しい。酒を飲み始めて抜けきるまでの時間は生活時間の半分くらい。その間、体も気持ちも左右されていたんだと改めて思った。
酒を断って都合の良いことばかりではない。酒を飲まないとできないことがひとつだけある。美味い料理を味わうときにワインが飲めない。

ワインは美味い料理を一際引き立てるし、美味い料理がワインも引き立てる。美味いワインだけ飲んでも料理がないと旨みは半減する。どうしてワインが料理を引き立てるのかは専門家に任せるとしてワインしかその役割をこなせない。

酒をやめてワインが味わえないことだけが悔やむこと。ならば、「美味い料理を食うときだけワインを飲んだら良いじゃないか」と万人に云われますが私は軟弱だからそれができないのです。

愚かにも「昨日飲んだら今日飲んでも同じだよ」って毎日になってしまうのです。はい、何度も何度も失敗を繰り返しました。
酒をやめて都合が良くなったことを挙げておこう。体がとても快調になった。肝臓や内臓の悪いところはなくなり胃腸 内視鏡検査でも奇麗になった。予想をしていなかったのが血圧。150/100だったのが130/85と正常範囲。酒が高血圧を作っていたなど想像もしなかった。

酒が快眠を誘うと思っていたが眠りは酒がない方が深い。自律神経も酒によって乱されることがないから下痢など心配なく朝から冷たい牛乳が飲める。

予期せぬ事のもうひとつが食が変わった。醤油や味噌から離れる海外旅行が苦痛だったが日本に居ても食べない日が長いときもある。嫌いな食品ができたのではなく好きな味や食品が増えた。甘いものをあまり食べなかったが今は大好き。

もうひとつの大きな変化が時間の使い方。夕方に酒が入ると寝るまでにできることは限られる。早い話が「ぼーっとテレビを見る」くらいしかできなかった。読み書きもできないし自転車や車にも乗れない。酒に拘束される時間から何でもできる解放された時間に変わった。
これからもお酒は飲まないでいよう。飲んでいるときの人生と飲まなくなった人生を比べると飲まない人生が楽しいから。

でもこの決めごとを破る日がくるかもしれません。三年前に酒をやめてから数ヶ月後に台所の整理をしていて酒を見つけました。ワインの瓶が四五本とシェリー酒やマッカランなど。どれも高価なものでワインは今や手に入らないものもあり、そのまま床下食品庫に置いてあります。

売ってしまおうかと考えた末に置いてあるのは「死期が来た」と自覚した時に飲もうかと思ったからです。私が愛した酒を最後に飲む機会があってもいいじゃないかと。その時にワインの味や香りが分かる状態か、飲んで気分がよいかどうか分かりませんが、酒を愛し楽しんだ人生の締めくくりに一番似合う姿じゃないかと思います。

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