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ブドウ



昨年は収穫直前に何者か動物に全部食べられてしまったブドウ。今年は二枚の大きな網で壁のように垂らして、もう一枚を天井に被せた。

袋を掛けると動物が昨年を思い出して襲ってくると予想していた。案の定、昨日に三袋が中に落ちていた。

天井の網の上から手を突っ込んで引きちぎった様子。ちぎっても手元には持ってこれないで落としたと見かけます。

今朝はストレッチの後、網の補強に行ってきました。今のところ病気にもかかっていないし動物に襲われなければ初めての収穫になる。楽しみだ。

動物っていったい何だろう。木登りもできるし穴にも入れる。タヌキかアライグマかアナグマか?

航空券



関空-ニースのeチケットを送ってきました。9月4日出発の空席が出たのですが帰国が10月25日しかないけれど予約した。

五十日の旅はちょっと長いので期間が短くなる便の空席を探すことにします。空席が上手く出なかったら50日の欧州旅。三年前のトスカーナからローマへの旅が60日だったので、それよりは短いけど、体力も落ちているしね。

二ヶ月で出発となると準備も着々と進める時期。宿の予約は日程が決まらないとできないけど、持ち物や自転車の準備はできる。

何よりも身体を仕上げていかなくちゃ。膝の不安や血圧の不安定を治めていって、筋力や心肺能力の向上が必要。

さっ、久しぶりの旅準備だぞっ!

どれほど

ルフトハンザの空席は10/24出発11/3帰国便の空きしかない。キャンセルで空くのを続けて探すけど、今年の欧州は諦めですわ。



垣根の刈り込みを数日に分けてやっている。写真は垣根の根本だけど太くなったものです。家を買ったときに植わっていたのだから三十年近くになる。

その間に二本ほどが虫にやられて枯れたけど大半の四十本ほどは当時のままの木が茂っている。木は丈夫で長生きするのですね。

昨年の手入れが悪かったのか、垣根も植木も勢いが衰えている。山で作っている堆肥を今年二度目だけど与えましょう。

予約

九時にパスポートを受け取って、ネットでルフトハンザの空席を探します。

十月中に12日以上の旅が出来ればその場で予約をする。空きがない時はキャンセルで空きが出ないか継続して待つ。

南仏の田舎道、ブドウ畑や村をなでる爽やかな風の中を自転車で駆ける。思い浮かべるだけでワクワクします。

空席がありますように。

生きる

「愛してる」と最後の最後に言って息をひきとったと、海老蔵はその瞬間を奇跡が起きたように受け止めている。

麻央さんは最後の言葉を考え尽くしていたに違いない。そして最後にその言葉を伝えて死ねた。思っていても出来ることではないが、それをやり遂げる強さが彼女には備わっていた。

もし、自分が同じような状況で死ねたとしても、同じ言葉を言えるかと問うと言えません。せいぜい「ありがとう」くらいだろうか。

言えないからといって恥ずかしいことではないと思った。言えるような心境の相手がいる時代もあったし、心境は変化するものだし悪いことではない。麻央さんだって七十才を迎えていたら、その時に同じ言葉を言おうと決めたかどうか、わかりません。

短い人生も長い人生も、与えられた時間をいかに精一杯生きるか。与えられた回りの人々といかに生き生きと暮らすか。麻央さんはその生き方に於いて、最高の生き方をされたと思う。

残り時間が多い少ないに関わらず、今を精一杯生きる。それを実現します。

麻央さん

一日中、何も手につかなかった。ぽっかりと大きな穴が空いたまま、自転車に乗っても歩いても麻央さんの事しか思いは巡らなかった。

生きること、死ぬことをこれほど強く考えさせられた人は初めて。お子さまや海老蔵さん、お姉さんやお母さんとの人と人との繋がりや、愛について強く考えさせてくれたのも麻央さん。

何事も真正面を向いて生きられる姿を見て、何度も何度も我が身の斜め向きを正したことか。ブレずに真っ直ぐに生きることの素晴らしさを教えてくれました。

麻央さんの素晴らしい生き方を、同じ日本人として日本の誇りに思います。ありがとう。ほんとうにありがとう。

世界中の人々の暖かい愛情に包まれて、ご家族に見守られながら旅立たれた。もう声は聞こえないけど、これからも天国から見ていてください。私は生きている限り麻央さんを忘れません。

どうか、安らかに。

梅雨に咲く



長浜の庭には実にたくさんの花が咲きます。咲くようにされたのはこの家を建てた方ですが。アジサイも色合いが青でもなく赤でもない微妙な色合いで、華やかさがあります。



桐生の山を出発前に採集した枇杷の実。近所二軒にお土産にあげた後だから少なくなりました。茶色いのは原木栽培のキクラゲ。雨が降ると発生するのだけどキクラゲは梅雨とは無関係に出ます。

梅の実が梅雨時の収穫ですが今年はなし。枇杷の実もアジサイの花も梅雨時なのですね。

枇杷

桐生の山にある枇杷の木に実が成った。いつもの年は鳥が全部食べてしまって人間の口には届かない。



今年はなぜか鳥が食べる前に収穫できた。早速夕食後に食べたが、小粒でもしっかりと甘くて良い実だ。

今朝はこれから長浜に向かう。桐生の山でトラックに乗り換える。枇杷の実がまだ残っていたら収穫してお土産に持っていきましょう。

蓮池

大津の住宅地は丘陵地を大規模開発されたところで立命館や滋賀医大があり美術館や図書館もあって文化ゾーンを形成している。



住宅地と立命館の間を縫うように全長六キロの遊歩道があって、そのなかに蓮池がある。大きな鯉が沢山住んでいて水鳥もやってくる。



早朝に散歩すると蓮の花が見事に咲いていた。この花を見ると、此処はアジアの一角だと改めて思う。

ベトナムでもバリ島でもこの花が落ち着きを添えて咲いていた。自宅の庭にも火鉢に植えたこともあったが、火鉢ではちょっと無理だった。

今朝は久しぶりの雨。せっかくの雨だから体を休める日にしよう。雨に咲く蓮もきれいだろうな、見に行きますか。

航空便

欧州自転車旅行は行くと決めていないけど飛行機の具合はどんなだろうかとルフトハンザの関空フランクフルト便のビジネスクラスの状況を日毎に見てみた。

なんと九月は一日も空席なし。十月も一日から順に見ていくがない。空きがあったら予約を入れないと今年はダメになるかもしれないと予約に必要なパスポート情報を出してみて唖然。

旅行中に期限切れになる。これでは予約状況がどうであれ予約もできない。すぐさまセンターへ出向いて更新の手続きをした。でも新しい番号が分かるのは来週でそれまで待つしかない。

十月出発でも寒さが強くなってくるし11月しか航空便がなければ今年は行けない。好景気が作用しているのだろうか、今頃から秋の飛行機が満席とは.......。

父の日



帰宅したら机の上に娘からのプレゼントが置いてある。包みの中はこれから開けるが何を贈るかを毎年考えてくれているのが気の毒な気がする。

去年はポパイみたいな柄のシャツだった。その前はナイキのトランクス。今回も着るものだと思う。開けるのがちょっと楽しみ。

自分の父は幼少時に生き別れたから父の日などの記憶はない。父との生活の記憶自体が少ないからちょっと寂しい。この歳になると会いたくなるのが両親。絶対に会えないから余計に会いたくなる。

地域奉仕

今日は町内の全員で近辺の川の底さらえ。スコップで石や土を堤防上に上げて川を綺麗にする。

昨年に経験したからどれくらい疲れるか知っている。けっこうしんどい。身体が不自由な方を除いて老人もやる。幾つまでできるのだろうか、若い人向きの奉仕活動。

私も歳を重ねるごとに一年前と同じように体が動かないのを自覚する。すぐに疲れて長時間動けない。少し休憩すると回復するが休憩の回数と時間がこれからも増えていくと思う。

それが歳をとるということ。歳を重ねても動くには気持ちが前に向いていくように楽しむ事と、身体の調子を整える。その二つや。

簡単に言えるけど実行は難儀。がんばろうぜ。

異変と変異

この梅雨は雨がない。雨がないどころか乾燥注意報がでっぱなし。

気温が三十度に至らず空気がからっとしているから、まるで地中海地方にいるみたいな快適さ。快適と言えどもこれは異変ですよね。危険な気象の異変ではないけど異変だと思う。



庭の大きな石のそばに植わっているサツキ。ピンクと白の花は同じ木に咲いている。これは異変でなく変異と言うのでしょう。気象は異変というけど変異とは言わない。

大津に帰ったら変異と異変の違いを広辞苑で引いてみよ。

って、今日の話題は梅雨かサツキか広辞苑か。はっきりせんかい。

煙突掃除

昨日は長浜二本目の煙突掃除をした。クレーン車で吊って降ろすから一人で楽々掃除できる。

自治会長の奥さんが散歩中にそれを見られて「まめに何でもされるのは良いですね」とお褒めをいただいた。ストーブで炊飯も料理もするのですよと実物をお見せした。

工事中の台所をご覧になって、吹き抜けも黒壁も流し台の古いところも驚かれた。ご主人が面倒がりなご不満をぶつけられたが、仕方がないでしょうとかわす。

この地に一年半。これからも新風を吹き込む事になりますが、ご近所の皆様、呆れないでくださいませ。

黄昏

昨日、映画の黄昏を書いたあとに車のCDからユーミンの歌「中央フリーウェイ」が流れた。



ドライブで流れる光景が目の当たりに浮かぶ好きな唄。映画の黄昏とユーミンの黄昏を比べていた。

夕暮れ時って物悲しくもあり、落ち着きに向かってゆっくり流れる気持ちになる不思議な時間でもある。一日の光の移り変わりで心を動かされる時なんだけど、映画も唄もそれを上手く捉えていると思う。

黄昏は素敵。その素敵を感じる強さが人によって強弱があるけど、きちんと素敵に感じる人で居続けたいです。

映画

不倫をしていた人と「黄昏」という映画を見に行ったのは四十年も前。ヘンリーフォンダとヘップバーン演じる老人の日々がとても素敵だった。湖や船が出てくる光景もさることながら老夫婦の生活が輝いていた。

当時は自分も若かったから、こんなふうに老後があればいいなと思ったし、どの人と老人生活を送っているのだろうとも思った。

映画の老人の時代が今の自分の時代になった。映画のように素敵な生活だろうかと今を映してみる。

そうだなあ、輝きかたは劣るかもしれないけど、けっこう楽しんでわくわくしながら生きているよなあ。これからも目を輝かせて生きていこうって、結果オッケーでしょう。

四十年前に罪なことをしてきた自分。自分だけがわくわくして生きているのか、不倫相手の今を詳しく知らないけど、風の便りでは幸せに暮らしているらしい。だから少し安心です。

ヘンリーフォンダは映画のあと、そう遠くない日に死んだ。例外なく自分にもその時が来る。死ぬまで輝いて生きようぜ。

準備

老いが進むのは免れようがない。老いは必ず進んでいく。何から生活に支障が出るかは予測できないが支障ごとに前もって考えておくことはできる。

運転が出来なくなるとか止めたとき、車を使っているものごとの対応のしかたを考えておく。歩けなくなる前に身体の負担に耐えられない事象が増えてくるはず。

例えば、庭の植木や垣根の手入れ。薪ストーブの煙突掃除。薪の自宅への移動。その前に山でのキノコの栽培や収穫。畑の世話.............。



出来なくなってから考えるのは「事すでに遅し」と云うことが多いように思う。人間には知恵があるのだし、知恵を働かせられる時に考えておく。手帳に新たなページを作ります。「老いと不自由」というページにアイディアを書いていく。積極的に。

年金



貴方の支給年金は今年いくらですよって年に一回通知が来る。七枚の通知を保管している。一枚目の受け取り額が二ヶ月で39万だった。今年来たのが32万を切っている。

月額で3万5千円も減っている。どんどん減っていくというのは心細いですよ。どうして減っていくのか税理士に聞いてみよう。

高校を出てからずっと納めてきた年金を受け取っているのだが、納めた額というのはものすごい金額になる。それは収入に応じた額だから文句の言いようがない仕組み。

積み立てた年金を老人になって受けとる額も今の決めごとで文句の言いようがない。なされるままに納める額が増えて、なされるままに受けとる額が減る。

腹のなかの虫が治まらない通知です。

間引き



落花生の芽が出て苗は順調に育ってきた。一ヶ所に三粒の種を蒔いたから三株の苗が出ている。今日は一ヶ所一株に間引きをする。

強い株を残すけど三株とも優劣なく出ていて、間引いた苗を捨てるのはもったいない。何方か畑に植える人がいたら、豆粒も頑張って世に出た甲斐があろうというもの。

借りている自転車屋跡のご近所で畑に熱心なご家族が居られる。声をかけると喜んでいただきますとお答えが弾んでいた。

間引いたらすぐに植えるように畑を準備しておくとも言われた。こうしてご近所とのお付き合いが広がっていきます。

捨てる前に考えて、捨てなくて済んで役に立つのは嬉しい。

晴耕雨読



長浜の図書館カードを作った。広い長浜市には六つの図書館があって蔵書も多い。

私はテレビを見ない。長浜にも大津にも私の生活空間にテレビはない。見なくなって二十年近くになるが、見たいと思わない。

ネットでニュースは見られるし情報不足ということはない。だらだらと見ているのが嫌なので見なくなった。拘束されているとさえ感じるし読書などに比べると与えられているという感覚がして見なくなった。

本を読んだり音楽を聞く時間は自ずと増える。物事を深く考えたり思考を巡らせることが常に起きる。与えられないで造り出す姿勢かな。

本もスマホで読めるのだけど、やっぱり紙の本が自分には良い。でも、ケチだから買わないで借りる。ということで図書館カードなのです。

グミ



散歩の道中にグミの実を見つけた。小学生の頃に舞鶴の家に植わっていて、つまんで食べた記憶は鮮明に残っている。最近は木も実も見かけなくなって、見つけたときには「あった~」という気持ちになった。

知り合いのお宅の庭先で、落ちている実の様子から食べておられないと見たので、玄関を開けてご主人に「いただけますか」と聞くと、どうぞどうぞと勧めてくださった。



手の届くところをつまんで採ったのが小さなザル一杯。少ないけれどシロップにしてみようと思う。軸を取って種を出すのが面倒だけど、甘酸っぱさにほんのりと渋味があって、シロップにしてヨーグルトに乗せたりミルクに溶かしたり、きっと美味しいと思う。

このお宅にはザクロの木もある。秋にはその実も頂こうと企むかとけんであります。

黒壁



台所の壁が塗り上がりました。黒い壁です。

黒というのは色のむらや刷毛の跡が分かりやすく仕上げが難しい。下地の段差や傷もすぐに目につく。でも綺麗に仕上がったと思う。

洗面を黒い壁にしたときに、部屋が暗くなると思っていたが意外なことにコントラストがはっきりするので明るくさえ感じます。

黒は落ち着きをもたらしてくれるし、食品や料理の色彩がくっきりとして鮮やかです。

思えば世界を旅しているけど黒を屋内の壁に使っているのを見たことがない。日本家屋に外壁の黒壁はありますが、室内にも黒壁ってあるのだろうか。

さて、壁という大仕事を終えたので流し台の設置にかかります。納期がなくって文句言われることがないから、好きな時に好きなようにできるんです。



長浜の前庭が立派に畑と化しました。手前の三畝(うね)に落花生を植えて、向こうの五畝にサツマイモを植えた。



落花生の芽吹きです。種の豆が見えているけど落花生はこうして地球上で繰り返し生きてきたのですね。

世話に手はかかるけど、植物も動物も育つ姿を見るのは楽しいものです。おまけに食べられるんだから。

人間だけが豆やイモを食べるんじゃない。敵は虎視眈々と狙っているぞ。気をつけろ。

南仏



写真は早々と庭に咲いた桔梗。この花が好き。

膝の痛みが出てから二ヶ月経った。毎日の整えと筋力向上が効き目を現して痛みはほとんどなくなり違和感も微かに残るだけとなった。

この状態が続くならば昨年に行かなかったフランス南部の自転車旅に行きたい。六月中に膝の調子を診て飛行機の予約を済ませよう。九月から十月の間で三週間前後。

三週間も自転車を漕いで重い荷を担げる力を復活させるのが日課になる。膝もリハビリから鍛練に変わる。強くなるっていいじゃないか。

四年経って



写真はブドウを植えつけた四年前の三月。もう四年も経ったのだ。

整地をし傾斜をつけて植え付ける。金属パイプで骨組みをつくり針金を張り巡らせて棚をつくる。鹿の食害を防ぐ金網を建てる。

育てる準備だけで大変な作業だった。成長して簡単に収穫できると思っていたのが間違いで、まず細菌による病気で毎年実も葉もやられた。

袋かけまで昨年はこぎ着けて五十個ほど収穫できると思っていたら一晩で全部動物に食べられてしまった。地面に散らかる袋を見たとき、もうやめようかとさえ思った。

今年も再挑戦している。今日は三回目の殺菌をします。鳥かタヌキか分からないけど大きな網をもうすぐ被せて食害を防ぎます。

どうか実が食べられますよう祈って頑張りましょう。

薪の調達



クレーン車を夏って重いものを吊り上げて移動できるようになり、薪をコンテナに入れて移動したり保管できるように変わったのが一年前。

薪材をいただいているナイスという会社に合弁で2x4の壁パネルを作る会社ができた。そこでは薪にできる大きさの端材が沢山でる。

工場長にお会いして端材をいただけるようになった。そこで、コンテナを持ち込んでそれに端材を入れてもらえないか相談すると、工場の省力化にもなるので喜んで了解いただいた。

薪の調達としてはコンテナを持ち込んで、満杯になったら保管場所に運ぶ。冬にはそのまま家の庭に運んで焚くだけになった。切ったり積み替えたりの手間がなくなって、薪作りに費やす時間と労力が減った。

コンテナを作るだけになった薪の調達。すべてが無料の調達で費用効果は最高になりました。なんでも努力を積み重ねると良い方法が見つかるのですね。

日々精進



洗濯を終えたTシャツと靴下。繕ってあるのが分かりますか。

洗濯は94歳の婆ちゃんの仕事。干しものを取り入れたあと、たたむ時にほころびや破れを見つけると、こうして繕ってくれます。

作業用に着るのですが靴下は見えないから外出時でも履くこともあります。とことん繕って、これ以上無理というまで繕ってくれまして、最後は四角に縫った雑巾になる。

94歳の婆ちゃんが針の穴に糸を通し、当て布をこしらえて、ひと針ごとに指を変えて縫う姿。素晴らしいの一言です。

牛の鳴き声



二階からしか見えない隣の野田池。冬には野鳥が北方から渡ってきて住み処にする池。

今頃の季節から秋まで「モ~ウ、モ~ウ」と牛のような声で鳴くのが牛蛙。一昔前は合唱で寝られないほどの数だったらしい。

寝られないことはないけれど気にする人だと耳障りだろうか。私はちっとも気にしませんが。

音といえば昨夜の雷は怖いほどの音でした。犬も猫も雷は怖がります。私も動物だから好きではないです。雷が好きな人って居ないだろっ。

苗つる



月曜に届いたサツマイモの苗を今から長浜に向かい植え付けます。

この苗が五十本で一つるに五個の芋ができるとすると二百五十個の芋が採れる。はず。

知り合いに差し上げるとしても秋にはイモばかり食うことになる。好きだから食えるけど出来れば干しイモも作ってみたい。

とうとう家庭菜園にはまってしまいましたね。手間がかかるから避けていたのに......。

退院

小林麻央さんが退院されて自宅での子供達と過ごす姿がブログに書かれている。

それぞれの今への思いや感動がはっきりと読み取れて、うっすらと涙した。

過酷な環境にありながら、なんて素晴らしい時を過ごされているか。喜びも悲しみもキラキラと光る時空のなかで、感動する人生の瞬間を見ると、自分の生き方が生ぬるいとさえ感じる。

人の生き方を深く考えさせてくれる麻央さん。どうか一日でも長く生きてください。

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