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双六



一辺が7cmの大きなサイコロ。手作りです。

三日に長浜へ孫や婆ちゃんと行きますが、広い部屋をいっぱいに使って世界一周双六をやろうと思い付きました。

私が行った世界の国や都市を駒に見立てて大津を出発してアジア、南太平洋、欧州、北米と地球を一周する双六。その双六に使うサイコロです。

昨日、孫たちに宿題を出しておきました。一等から三等の賞品袋を包装紙を使って作っておくこと。可愛いのができていました。

都市の駒は私が作りますが、柱材の端材を三十個も使います。長浜の一階は部屋を伝うとぐるっと一周できます。都市を紐で繋いで辿って一周する。

途中で都市に二人が重なったらじゃんけんで飛び進む人と戻る人を仕掛けたり、ローマでは外に置く鐘をならす指令を出したり、ハワイに滞在したら水遊びならぬ顔を洗ってもらったり。

何もかもを手作りでやります。作ったり書いたりも孫と分担してやる。その作ること自体を楽しもうと言う算段。

凧揚げも長浜でやろうと思うんだけど、凧を五歳の孫に作らせるのは難儀。カイトを買ってきました。

長浜の温泉には温水プールもあるから、冬でも泳げるし、体と頭をよく動かすお正月にしようと奮闘中!

京都の生活

今日が仕事納め。初出は五日だから六日間の休み。

私は毎日出勤していないから六日くらいの休みは長く感じないがスタッフは休日らしい休日で、きっと家族や友人と過ごす楽しい時間が待っているんだ。

私の最近は週に二日か三日の出勤が日常化している。私が担当するお客さんの仕事も新システムに切り替わる来年の後半にはなくなって、益々仕事から遠ざかることになる。

そうなるべく意識して変えてきたのだけど京都での生活時間が少なくなるのが心残り。18歳で就職してから一日たりとも気持ちの離れることのなかった京都。勤めていた会社も敷地はイオンになったし、元の会社も倒産した。

会社仲間もちりじりばらばらだし会社以外の友人たちも付き合いは無くなって死んだ人も少なくない。

仕事をする会社が京都にあることが唯一の京都生活だから薄れさせたくない気持ちが働くのも当然かな。

仕事以外に京都での生活時間を過ごす何かを見つけよう。例えば英語での観光案内ボランティアとか。そうなると忙しすぎるか。

なにか妙案をひねりだそうや、京都のかとけんさん!

断熱保温性能

大津の自宅は薪ストーブ一台で家中が暖かい。夜中は薪を入れないから燃えていないのに寒くない。長浜は広いけれども旧来の日本建築で隙間が多いのと屋根と床に断熱材が入っていない。窓ガラスも一重ガラスで冷える。

大津の家は小堀住研が建てた。時期は長浜と同じでも断熱がしっかりしている。一昨年に断熱性の弱い屋根を二重屋根にしたから一層熱が逃げない。

夏は熱が入ってこないから涼しい。長浜の天井裏は熱地獄で二階の窓を開けっぱなしにしても夜半まで熱がこもっている。

大昔から日本の家は暖房に弱いですね。囲炉裏で木を焚いても囲炉裏の回りだけが暖かで隣の部屋は寒い。茅葺きで断熱効果はあったけど屋根裏で蚕を飼う程度。

どうしてもっと暖かな家を作れなかったのだろうなあ。日本人って昔から創意工夫の天才だったのになあ。

今建てられている住宅は欧米の断熱技術を日本で発展させている。その断熱性能の向上で冷暖房費用は少なくて住むし居心地が良い。

これから家を建てる人は見かけにお金を使わず断熱に回してくださいね。

大掃除

朝から長浜の大掃除。今日で長浜の年末は終わり。二日か三日に孫や婆ちゃんを連れて遊びに来るまで正月休みの長浜です。

長浜に古民家を買おうとしたのが正月明けて十日ごろ。今の家を見つけて買ったのが一月の終わり。まだ一年も経っていないけど気持ちは完璧に我が家になっています。

好きな工作の題材がいっぱいの長浜亭。何年も何年も工作を楽しみます。でもこの一年は重要部分の工作の最中でキッチンがまだ未完成。

正月明けにはキッチンが使えるように漕ぎ着けるつもりです。

回りの人との付き合いが広くなってそれぞれに信頼関係を築きつつあって、みなさん暖かな人ばかりです。

お付き合いから話が進んで同じ町内の今は空き家になっている鉄骨造りの旧自転車屋さんの土地建物が使えそうです。車庫としたり工作室にしたり工作材や道具の倉庫にも使えそうで、持ち主は私に買い取って欲しいらしいです。

買うか借りるかはこれから詰めます。長浜での生活がますます盛んになりそうな来年ですね。

手に入れ、失う

今週で今年も終わり。なんだか背中を押されるように慌ただしく感じるのは今も昔も同じかな。

今年を振り返ってみた。手に入れた大きな物事に長浜の生活がある。始まったばかりだけど田舎生活の充実が日に日に増してきて良い生活を手に入れたと感じる。

長浜の生活を手にいれる事によって、失いつつあるのが孫たちとの生活が薄れつつあること。婆ちゃんやかみさんとの生活時間も薄くなっている。単身で長浜にいることが多いから。

新しく長浜の人々との楽しい付き合いも手に入れている。どんどん付き合いは増えている。長浜が影響したのではないが仕事ではお客さんを失いつつある。仕事も人との付き合いと考えると、なにかを手に入れてなにかを失っているのだ。

人は何かを手に入れたとき何かを失っている。結婚で家庭生活を手に入れたら気楽な独身生活を失うように。

来年は何を手に入れて何を失っていくのだろう。これは自分の意思だけで決まることではないが意思によって大きく左右される。

来年は失ってはいけないことを工夫して失わないようにしよう。新たに手に入れた充実は、もっともっと心に染みる深い充実に整えていこう。

良い年が来ますように願って。

トマト



イタリアの自転車旅でよくやった料理がトマト鍋。今日はトマトと白ネギとジャガイモが野菜でベーコンを少しだけ。味付けは塩とコショーだけで充分。



茹でたスパゲティーを鍋に入れて絡めると出来上がり。見るからにヘルシーで美味そうだよ。

野菜のなかでトマトは煮ると旨味が出てくる。トマトだけで美味いのは不思議なくらい。塩は味を引き立たせる役目で旨味はトマトが担う。

チキンでも鱈などの白身の魚でも合う。野菜もトマト以外は有り合わせで充分だから冷蔵庫の掃除なべ。

昨日の河村くん。大津の家を売って長浜に越したと思っていて今年から大津の松は仕事の外になったと思っていたらしい。今日の朝に手入れに行ってくれます。

松の手入れ

大津の家を買ったときに庭先に植えられていた松ノ木。会社に勤めていた頃のサッカー仲間で一つ後輩の河村くん。会社を辞めて植木職人になったので松ノ木の手入れを頼んでいる。かれこれ三十年近く毎年年末に手入れに来る。

どうしたことか今年は手入れに来るという電話がない。

長浜の家を買った今年に長浜の松ノ木も手入れしますかと聞いたら、年もとったし長浜は遠いのでやめておきますと言われた。

その事を気遣って電話してこないのだろうか。今日はこちらから電話してみよう。

彼とはスキーに行ったりハイキングに行ったり、サッカーは熱心に練習も試合もした仲間。体を壊していないと良いのだけれど。

薪オーブン

これが売価二万円の薪ストーブでドラム缶の様相。天板のワッカを何枚か外してご飯を炊く羽釜を入れたりします。もちろんそのままヤカンや鍋も乗せます。



ヤフオクで三千円で買ったのが特大の鉄製羽釜。これを天板を外した丸ストーブの上に乗せます。なんと計ったように寸法が合いました。



別製品の薪ストーブ用天板を二千円で買って鉄釜の蓋にするとこれまたピッタリ寸法



真ん中に普通のお鍋用のガラス豚を乗せて中の料理具合を見る。これもピッタシ寸法でオーブン温度計も入れました。もう完璧!



鉄釜が深いから何層にも入れて同時に焼けます。左がベーコンとチーズのベークドポテト。右がイワシのピッツア。両方で夕飯は満腹。美味かったあ~!

薪つくり



右の杉の丸太はまだ割って薪にしていない。薪にしたのは老人会の会長が是非とも引き取ってほしいと頼んでこられた桧を切って割ったもの。

こうして庭先に丸太や割り木を置いていると、通りかかりの人々の目につく。引き取ってもらいたいと思われる木はいくらでもある様子で、頼んでこられたらできるだけ短く切ってもらって薪にしようと思っている。

置場所も考えがあって、敷地と道路の境界に今は何もない。薪を低くきれいに積んで垣根がわりに並べようと考えた。美観を大切に屋根は杉の皮で葺く。

相当量の薪材がいるし杉の皮もいる。時間をかけてぼちぼちとやっていきます。

次から次から面白いことが思い浮かびますね。この不思議な泉のような脳みそもかとけんだよ。へへへ!

オーブン料理

今日は朝から会社に出て仕事のあと長浜へ直行。クレーン付きのトラックが役に立つからトラックばかりで往復のこの頃。今日は桐生の山で水路を治したユンボを積んで長浜の庭の整地に使います。

長浜の料理用の薪ストーブは未だ紹介していないけどオーブン料理ができるようにしています。ピザも焼いたしシフォンケーキも焼いた。ベークドポテトや焼き芋はお手のもの。

タルトは作ったことがないのだけど、甘いタルトはお菓子だし、砂糖なしにすると料理になる。手始めにリンゴのタルトに挑戦してみようと企んでいるかとけん。

レシピを見ていると以外と簡単でタルトの型もなくてもできるみたいだし.....。夕飯にはジャガイモとベーコンのチーズ焼きもやってみよう。

今回はやらないけどクロワッサンやフランスパンにも挑戦します。ふふふ!

だからからだ

今日は泌尿器科へいって前立腺のその後の具合を診てもらう。生活上は一週間前の地獄のような苦しみも嘘のように消え去って、すこぶる快調な状態。

体重は今年の前半に76kg近くまで重くなったのに、11月入ってからは71kg台で落ち着いている。5kgの減量はほとんど努力なしでできたこと。食べすぎないという一言ですね。

血圧も正常値を維持しているしレンズを変えたから視力も十分にでていてよく見える。耳が弱いからうるさい場所での人との会話で聞き取りにくいのが問題と言えば問題か。

前立腺の感染症で六日間寝込んだときに思ったことは、からだが不自由になると生活のすべてが壊れてしまう。それが治らない不自由でずっと続くとすれば、半分以上死んだも同然だなと。

長生きというのは誤解が生まれる言葉。長く普通の生活ができるのが大切なことで長く生きているだけではいかんということ。だからからだなんですよ。

ここまで来ても



小指の怪我のかさぶたが全部とれた。見るからに深い傷だったことがわかる。

怪我をしたのが11月10日だから一ヶ月以上かかっている。化膿もしたし、とにかく痛かった。ここまで来ても傷口に何かが触るだけで痛い。

骨は折れたりしていないけど、骨がむき出しになるまで身が削れたと思う。

私は危険な作業を常に行うけど怪我はほとんどしなかった。慎重に動作することと安全に人一倍神経を使っているからだと思う。

この怪我の瞬間は重い丸太を手放す瞬間に知り合いの車が来て挨拶をしたのだった。その一瞬に気が散ったのだね。

これから老化は進んで細やかな神経の使い方も衰える。なおいっそうの安全を心がけよう。

仲間

小雪降るなかで薪を運ぶ作業をしていたとき、見知らぬ車が停まって初老の紳士が降りてきた。

薪ストーブを自身で設置されて煙突から煙が出たのを見て、ついに一人で設置完了だと感心したと言われる。山に近い谷口町に住まれる弁護士さんで、六年前からご自宅も薪ストーブを焚いているとのこと。

立ち話でストーブの話をおれやこれやしていて、部屋の温度はどれくらいかと聞くと28度くらいで半袖で過ごしていると仰った。私の家は断熱性が悪くてそこまで温度が上がりませんと言うと、なんと十月後半から四月まで夜中も絶やすことなくずっと焚いているのだそうな。

近いうちに訪問して焚き方などを見せてもらおうと思うのだけど、それにしても六ヶ月絶やさず焚くというのは欧州のアルプス並みですね。すごい。

消費する薪の量など気にもされていない様子で、そのあたりの調達具合も聞かせてもらおうと思う。新しい薪ストーブ仲間が増えました。

初雪



夜半に窓の外はうっすらと雪が積もっていた。起きると二階の窓から見る小谷山は冠雪している。初雪です。

今ごろ大津は雪だろうか、たぶん長浜と違ってまだ冠雪はしていないだろう。大津との気温差は二三度だけど体感温度は五度くらいの違い。

連日の冷え込みはストーブを焚かなくても十分寝られるのは昨期の石油ストーブで分かっている。どんな具合か夜中を通して薪ストーブを焚いているが、ストーブ近辺の部屋は暖かい。朝方の冷え込みも苦にならない。

夜中に二三度起きて薪を投入するのだけど、それも思ったほど起きにくいことはない。深夜の暗闇で薪ストーブが炎を揺らしているのは幻想的だよ。

晩ごはん



羽釜の蓋が大きすぎるから炊くご飯が多く見えるけどお米が一合半は二食分。翌日の昼にカレーにします。

ごま鯖の煮付けは切り身が二切れだけど一切れが売ってなかったので二人前。これは煮ているだけで食べません。一旦冷やしてもう一度煮るほうが煮汁がよく染み込んで美味しいし。

主菜がキムチ鍋。お揚げ、豆腐、こんにゃく、玉ねぎ、お餅、キムチが中身でお昼のうどんの残り汁で炊いています。

一人鍋に少な目の具で満腹になる。今日は魚とか豚肉などは入っていないのはあまり食べたくなかったので買わなかった。この鍋は余りもの整理によくやります。

ひとりで食べる夕飯も慣れたもので、ステレオでジャズを聞きながら食べますが、素敵な夕飯だぞっ。

今夜は鯖の煮付け。、、、と?

十日ぶり

忘年会が四日だったから十日間来ていない長浜。日を空けると池の金魚と川で採った魚の三匹の空腹が気になる。

魚は一ヶ月くらい餌なしでも死なない丈夫な生き物で、それを知らなかった頃、会社の事務所で熱帯魚を飼っていたが社員旅行で会社を休むときなど留守番を抽選で決めたり、自動給餌機を買ったりした。

十日も餌なしだといくら冬の不活動期でも腹が減るのか直ぐに食べに来る。魚が元気で泳ぐのを見ると、ちょっと安心。

朝の小学生の登校安全道案内に出た。十日も居なかったから「どうかしたの」って聞かれた。前立腺のことを伝えたが「ひどかったんだね」と同情をもらった。

寒いけれど良い天気だし、無理は禁物で外のことも積極的にやっていきます。

さっ!

これも急に

5日目の夕刻に5錠目の抗生物質を飲むときも体温は高く排尿も痛いままだった。6日も辛い日が続くと死ぬ直前を経験しているように感じていた。

6日目の朝、起きるときに体温が下がっている。排尿も痛みはましになっている。こんなに長く痛かったのに嘘みたいに消えている。

車を運転して泌尿器科へ行き先生に急な回復を言うと、普通は二錠か三錠でそうなるのだが、長く頑張ったねとおっしゃった。

細菌が前立腺に入ったのは私が思う小指の怪我では無いとも言われた。熱が下がっても細菌はまだ体内に居るので投薬は七日間続く。

とにかく平常に戻ったことで気持ちは明るくなった。ただ、癌のマーカーであるPSAの値は三週間位しないと落ち着かないので測れないから、癌かどうかはそれまで分からない。

筋肉は鈍ったけれど熱も痛みもなくなると気持ちは直ぐに動きたがる。朝飯食べたら長浜に向かいます。やりたいこと一杯あるんだから。

排尿

前立腺が炎症を起こして尿道を圧迫するから排尿時に痛みが走る。痛いから余計に出にくくて10分くらいトイレにいる。

病気は何であれ、自身の生活をすっかり変えてしまう。こんな日がいつまで続くのか、もう嫌。

もらった抗生物質が五錠で残り二錠。直るのか。

前立腺癌

抗生物質を飲んでも何も変わらないし、小便が出にくくて辛い。昨夜の先生は泌尿器科に診てもらうのが良いと言われたので草津駅前の医院へ行くことにした。

泌尿器科でも血液検査があるだろうし、二回も必要ないから前夜の血液検査結果だけをもらい行った。



先生も見て驚かれたのはPSAが23という異常値を示している。これは前立腺癌のマーカー。そのまま結果を泌尿器科に持ち込んだ。院内にも前立腺癌とPSAの関係が掲示してある。癌の場合のことを考えると目が眩みそう。

先生は血液検査の結果と症状を診て、即座に細菌性の炎症が前立腺で起きていて、それがPSAに出たと考えますとのこと。眩んだ目が立ち直った。でも炎症を投薬で押さえてからもう一度検査しないと癌ではないとは言えないそうだ。

小指の怪我の細菌が前立腺に回った。そうとしか思い当たることがない。たかが小指の怪我と思っていたが細菌は全身に回るんだ。

完璧にダウン

熱で頭がもうろう。この苦しさが続くのだったら安楽死したいと思うほど。

やむ無く夕方に医者へ。インフルではなかった。苦しい、こんな苦しいの何年ぶりか。

突然の熱

夕方に風呂へ行くのがなんだかしんどいなあと思ったのが始まり。夕飯は食欲がなく少し口にしただけ。早い目に床に入った。

寝床でグングン熱が上がる。これはインフルにかかったのかなあと思うほど急な熱。夜中じゅう水を飲んではトイレへ。

夜が明けて置き薬の解熱剤を二錠飲んだ。今はその効果か歩ける。

今日はおとなしく寝ていようと朝は思っていたが熱が下がるとやりたいことが顔を出す。じっとしてられない性分だね。かとけんは。

英語の世界



ヘッドホンとウヲークマンとテキスト。準備完了の英会話練習道具。

スマホを使い出してお払い箱に入っていた再生機。軽くて邪魔にならないし散歩の持ち物として良いから再登場です。教材のテキストも番組内容も2008年のもの。英語って最新の番組も古い番組も英語の勉強に使うには関係ない。

このテキストは中も外もクシャクシャ。雨降る時も持ち歩いて会話の練習に使ったからで、これから二ヶ月ほど使うとボロボロになるかもしれない。それくらい使ったらさぞかし上達しているでしょう。

難しいのは継続の意思。海外で「貴方の英語は上手だ」と誉められたりすると俄然やる気が出るもんだけどね。もうひとつは大きな声を出せる練習場所。家の中も家族がいると出しにくいもの。散歩途中も人が多いと恥ずかしい。課題です。

長浜と大津の交互生活は生活パターンも少し違う。違っても身体と脳みその鍛練はやらなくっちゃ

一ヶ月の重症



怪我をして一ヶ月になる。昨日も痛くて痛くて。やっと化膿がとまり腫れも引いてきたがこんなに長くかかった怪我は久しぶり。

癌のPET検査に行ったとき、問診の先生に見つかって二十日もこの状態だったら医者に診てもらいなさいと言われた。抗生物質の投与と分かっているが行かなかった。

こんな怪我で化膿したときは抗生物質が効くのは分かっている。でも菌に対する抵抗力は抗生物質の投与で衰えるし抗生物質も効かなくなってくる。薬に頼りたくない自分です。

結果はもうすぐ直るでしょう。痛くて眠れなかった夜もある。痛みも化膿も自力で直そうとする動物本来の力。それが衰えて力がなくなると痛みもなく癌のような細胞もはびこってくるのですね。

今日は一ヶ月入院の方の手術日。どうか上手くいきますよう。そして術後も病気が残ったり再発しませんよう、祈っています。

素晴らしい七十歳代

忘年会はいろんな方々と言葉を交え、自分なりの生き方を少しは知ってもらった。皆さんの生い立ちも少しずつ分かってくる。九十五才の方から六十五才まで、四十五人も一同に会すると老人も楽しい世代だと思える。

七十才になっていろんな事が起こり変わっていく。身体の老化で起きる障害を少しでも減らすようにストレッチや散歩はずっと続ける。もうひとつは脳の老化による障害の防止。これを心がけた行動はしていない。

英会話の練習を復活します。ラジオ英会話の古い教材を引っ張り出して、CDとテキストで話して聞くことの練習を毎日やる。言葉で使う脳みその巡りを活発化させます。

言葉というのは一旦覚えるとなかなか忘れないものですが徐々に衰えていくのも実際。毎日英語に接していると不意に聞こえてくる英語も身近になる。何よりも身に付けると使いたくなって海外への誘いになる。

フランス語やイタリア語の勉強開始も考えられますが、英語にもっともっと入り込むほうが身に付きやすいし役にもたつよ。

さっ、素敵な七十歳代の積み上げ開始だ。永遠の青年という言葉どおりに。

忘年会

今日は長浜高畑町の老人会は忘年会。四十人も集まると聞く。

会社に入った若い頃からこの手の宴会は大嫌いで慰安旅行なども無理に理由を作って出なかった。最後に出た忘年会っていつ頃だか、三十年くらい前のサッカー部の忘年会だと思う。

高畑町でも私のように最近になって他の地から移住してきた人で町内の催しに出ない人もいるらしい。私は地域に溶け込むために嫌いでも出るようにしている。

よそ者がその地の住民として受け入れられるには三代の年数がかかると昔は言ったくらい地域というのは閉鎖している。私がこの地に来て別扱いされて閉鎖的だと感じたことは全くない。皆さんの受け入れに対する気持ちの作用と、私の溶け込もうとする気持ちが上手く働いているのだと思う。

宴会では唄というのもなんだから、ハモニカでも吹いてみようかな。

冗談はよせ

一ヶ月の入院の手術とメールにある。軽く考えてとっさに冗談を返したのが悪かった。スマン。

救急の入院じゃなさそうだから、どこか悪いところを取り除く手術だろうな。きっと心配だよ。手術で完璧に良くなるだろうかと、誰しもその先を考えるもんな。

癌か癌の疑いか。悪いところは早く取り去るに限る。そのあとは最近の医学が進歩していて生き続けることが容易くなった。安心してください。

三ヶ月後には元気な笑顔が戻りますよう。祈っています。がんばれよ。

食べ比べ

今年とれたお米が手元には三種類ある。桐生の地主さんが作る米。長浜の西田さんが作る米。毎年かみさんの知り合いが送ってくれる綾部の米。

食べるときに何処の米かをメモに書いてもらう。味を比べているのですが特徴をつかみにくいと言うのが本音。炊きたてはどれも美味しいから分からない。お弁当の冷飯がいちばん分かりやすい。

同じように手作りのパンも味比べをしている。小麦粉を四種類、バター有り無しの変化で比べるのですがトーストにしてオリーブオイルを塗って食べると分かりにくい。次からパンそのもので比べてみよう。

味覚も老化していると感じますね。敏感で繊細な味の感じ方が緩んでいると思う。これは致し方ないことだけど残念ですよ。

老化味覚もなんとか研ぎ澄まして味わってみて、同じものは同じ、違いが出れば美味い方を選んで食べる。あたりまえかな。

柱時計



二台の柱時計はヤフオクで買って調整中。長浜には三台目になるゼンマイ時計。手巻きだから巻き忘れて止まること日常。コチコチと時を刻む音もする。

面倒だけどこんな古い時計を何故に欲しいのか。時計自体の存在感がある。時を刻んでいますという生き物のような存在感。こんな時計を見ていると時の過ぎ方が違うようにさえ感じる。コチコチという音はその時の気持ちの在り方で煩わしく感じたり心地よい音だったり。気持ちのバロメーターでもある。

「懐古」という言葉は一種の偏りのような表現に使われることもあるが、昔を偲ぶのじゃなく私は昔の生活の鼓動を感じたいのです。昔の生活って時の流れ方が違いますね。せわしくない。

三台のゼンマイ時計は長浜でゆったりとした時を刻みます。

オーロラ



写真の写りが悪くて直そうとするが上手くいかない。実際にはもっと青白い炎なのです。

オーロラのように青いカーテンがゆっくりと動いて幻想的な光景を作り出しています。この状態が完全燃焼したときの燃え方。黄色い炎がボウボウ燃える状態は温度も低く不完全燃焼。

完全燃焼は排気ガスがクリーンで燃料の薪の消費も少なくてすみます。燃料を沢山必要だと言うことは薪を作る労力が増えて疲れるのです。

二台の薪ストーブを今朝は両方焚きました。外気が4度で室内の寒い部屋で13度。暖かい部屋は18度。パジャマ姿でストレッチしています。

この家を買ったのが1月で寒い部屋を締め切って夜通し石油ストーブを焚いて寝たのですが、部屋の中でも厚着しないと寒かった。

薪ストーブ、万歳!

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