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生活和洋

長浜の家は和室が多目。大津は二室だが長浜は五室。自ずと和室での日常生活が多くなる。

家財道具を運び入れる前に掃除や手入れが必要で、最初に持ち込んだのが和室に置く座卓。これで食事もパソコンも読み書きもした。座卓を使うためには畳に座り込む。動くためには立ち上がる。その繰り返しが体には重い。洋室でのテーブルや机を使うときと体に対する重さが格段に違う。

日常生活としてこの重さを苦とせず続けてきた昔の日本人が不思議ですね。洋式の椅子やテーブルをどうして作らなかったのだろう。身体が楽だとすぐにわかるはずなのに。

畳部屋の良さは落ち着いた住み心地にあるが板間も機能的に優れているから昔からあった。板間に囲炉裏を据えて座布団を敷いての生活。それは日本文化の絵になる光景だが身体にとっては負担だったんだ。

と、長浜に住んで気がつく私です。

風弱く小雨



船の右舷の琵琶湖はどこから空でどこまで湖かわからない。鏡のような湖面はガスが濃く、夢の中を航海しているようで幻想的。



船首を通して見る進行先の湖は白いガスのなかを飛ぶ飛行機の様相で他船との接近に神経を使う。しかし琵琶湖大橋を渡って出会った船はヨット一隻と漁船一隻で琵琶湖の借りきり状態でした。



常に6ノットは時速12kmで航路は計器自動航行を使ったから真っ直ぐに長浜に向かっています。こういう見えない時の航行にオートパイロットは役に立ちます。ただし監視の目は緩められないから晴天時より緊張して疲れますが。

直線距離48km。航行時間3時間40分。風が強くて港での接岸に苦労しましたが無事回航を終えました。ヨット泊でなく家で寝ました。

雨の四時間

曇天の予報が雨に変わった。でも明日と明後日の風雨予報より今日の方がましだから雨でも長浜へ回航します。

自転車での雨走行は慣れているから装備は整う。違いは自転車は身体を動かしているから冷えにくい。ヨットは雨に濡れながらじっとしているので冷える。しかも風がある。

短時間の雨のヨットは経験しているが四時間の長時間は初めて。雨宿りも休憩もないからね。四時間の途中で一回でも雨が止むと楽なんだけど。

ま、きちんと気持ちを整えて、落ち着いて行動しよう。では行ってきます。

回航

30日に中川さん達とヨットで遊ぼうとすると大津から長浜への回航を何時にするか。天候をきちんと見ているが28日は雨模様で29日は風が強い。

明日の27日だと雨もなく風も良い。カミサンに仕事を休むように予定せよと指示をした。今日の夕刻の予報で決めるが明日回航の確率大。

今期はじめて船を降ろすのでいろいろ準備が必要。今日は仕事帰りにハーバーへ行って船を降ろしてその準備をする。

長浜港では電源がないので何をするにも不自由。掃除機も使えないしね。水もタンクに貯めないと長浜では入れられない。ハーバーとの違いはけっこうあるのです。

さあ、はじまりだ!

連休旅行

十日間の連休はヨットと自転車を旅道具にして長浜へ旅行にでかけます。

旅行という気持ちが大切で、連休は長浜での遊びに切り替える。湖北の水はきれいだし津々浦々には緑豊かな自然が残っている。十日間長浜港に係留して好きなときにセーリングを楽しむ。

工事でお世話になってユンボを長期に借りている中川さんに連休中にヨットで遊びましょうと声をかけていたが、30日にご家族五人で行くと連絡があった。中川さんはモーターボートを長浜ヨットハーバーに係留していて娘さんはジェットスキーが達者な船家族。

セーリングに適した天候だと良いのだが雨でない限り機走でも湖上に出ようと思う。湖北の風はよく知らないが比良下ろしのような危険な風は聞かないから大丈夫でしょう。

自転車は近くの山あいを探索したいし、町を細かく回るにも自転車が良い。長浜の美味い店を三軒ほど見つけたが自転車でその候補店も探したい。

二人でヨットを回航すると長浜で車がないので私一人が船で行き、カミサンは車で向かう。婆ちゃんや孫たちの予定はこれから決まるが連休は長浜旅行です。

埋め立て工事



家の北側は無駄な木が生い茂って蔦が絡みどうしようもない荒れた場所だった。木を切り蔦を外して処分したあと水路跡で凹んだ幅五メートル長さ三十メートルの窪地を埋めています。



家正面の庭から出てきた瓦礫や石とともに散歩中に見つかった好意の土砂を使っている。けっこうな深さの窪みで写真のおばさんの位置まで埋め進みます。

ユンボをダンプに積み込んで採集場へ行きダンプに土砂を積み込む。ダンプで四杯くらいを運んだらユンボを持ち帰って慣らす。ダンプとユンボの大活躍です。どちらもなければ不可能な工事。

埋め立てて車が通れるようになると家一軒が建つ広さの空き地が生き返ります。何に使うかは構想中。

部屋のなかに



長浜の家にツバメが入ってきました。玄関を開けているうちに入ったのを気がつかずに玄関を閉めてしまった。一時間ほど外で作業をして家に入るとツバメが部屋を飛んでいる。

閉じ込めたことを謝りながら窓をすべて開け放ち、外に出るよう促すが出ようとしない。部屋の天井近くに停まってじっとする。止まる場所をかえて回りを見回す。どうも巣に適した場所を物色中らしい。

小浜の古い旅館に泊まったときは玄関を入った広間にたくさんの巣があってツバメが家のなかを飛んでいた。山陰で民宿の二階に泊まったときはツバメが窓から入りたがって手の届くところまで近づいてきた。

ツバメは人に対してそこまで警戒心を持たないのですね。長浜の家にツバメが巣を作ってくれたら、それだけでシアワセ。今日も窓を全開にしよう。虫が部屋にはいるけど構わない。

自動運転

昨年に車を買い換えることを考えたときカタログを見て自動運転に近づいていることを知った。前車との追従や高速道でのレーンキープ。緊急時のブレーキングなど。オプション費用が高いけど。

今は自分の操作の方が安心だから手にいれたいとは思わない。しかし、行き先だけ入力すれば自動運転で行ける車ができたらどうでしょう。買いたいですね。

自分で運転ができなくなる年齢に達したとき、自動運転で長浜の往復や近隣でも買い物に使えたら生活がとても楽になると思う。もし自動運転が実現していなかったら長浜は手放すことになる可能性が高い。

高齢で運転を頼る以外に、運転ができ年齢でも自動運転にすると移動車中での時間の使い方が変わってとても有用になる。はやく実現するといいなあ。

ツバメ

家の前の電線に時々ツバメは停まっているが去年使った二つの巣を使おうとはしない。今年はツバメは自分の家を使わないのだろうかと心配をしている。

カミサンも同じように心配らしく電線に停まっているのを見るだけで今年はダメかなあって心配顔をする。昨年の記事を探してみた。屋根工事に組まれた足場を潜って五月八日に巣を作り始めていた。もう少し先だったから少し安心した。

南方から日本への渡りを終えて自らの身体を子育てができる状態に作っている最中ですね。田畑や野に子育てができる虫が増えるのももうすぐだし。

1日も早く軒先の巣で幼鳥が黄色いくちばしを広げて餌をねだる姿を見たい。気は逸るが時期は来ていないのでしょう。きっと巣を作ってくれます。

変化



新築の柱材を図面通りにカットするのがナイス滋賀工場の大きな仕事で、その端材は大量に出る。端材をもらって帰って薪にしていたが急変でもらえなくなった。

柱になる材料は一本の木を四角にした昔からの柱に変わって最近は集成材といって二センチほどの厚さの木を貼り合わせた材料が多い。その集成材の端材はもう一度加工して柱にできるから以前から売却しておられて私は持ち帰れなかった。

昨日集成材以外の柱の端材をもらいに行ったら「これからは集成材以外も売却できるようになった」と言われた。柱材を薪にもらえなくなるということです。

どんな会社もコストを下げる努力は怠らない。怠ると時代についていけず倒産を迎える。ナイスさんも同じで売却できないものをどうにかして売却できるようにする努力をされているのです。もらえなくなっても仕方のないことなんですね。

柱材以外に不良品などで薪にできる木は出ますから、根気よく通います。ちょっと残念なことですが。

入居



補強してきれいに清掃した野鳥の巣。今年もヤマガラが入って卵を抱いています。

昨年は毎日巣を観察できたから夫婦で巣を作るところから見たが、今年は長浜に居ることが半分で見る時間が少ない。先日まで出入りを確認できなかったので今年はダメだったかなと思った矢先。

メスが卵を産んで温め始めると夫婦ともに出入りがほとんどなくなる。メスは抱卵以外に自分の食事で日に数回出るだけ。その間オスは近くまで来てメスと泣き合うだけ。

いつのまにか巣作りを終えていたのです。五月に入ると巣立ちだけど去年も見られなかったし今年は見れる時間がもっと少ないから無理でしょう。親鳥が幼鳥に餌を頻繁に運ぶのが止まると巣立ちしているのです。もうすぐです。

熊本

またもや大きな地震が起きた。この十年で一番たくさん通った熊本で起きた。知り合いも多いが今のところ知り合いに怪我などの災難に見回れた人はいない。家が損傷を受けている方ばかり。

阿蘇大橋など自分が何度も走ったところが壊れているのを見ると胸が痛む。地震が起きる度に自然の持つエネルギーの凄さを見せつけられて、人の力のひ弱さとその力に従わざるを得ないことを知る。

群発的に起きる地震も予見どころか初めての現象とか。いくら頑張っても予知などできっこないと思う。 起きても被害が少ないように工夫をする方が現実的だ。

不幸にも亡くなられた方々のご冥福をお祈りします。

そこまでご存じ

日曜は雨予報だから大津へ戻った。屋根の下でできることが大津には沢山あるから。今日は大寝坊です。



これは長浜で朝に散歩する一部だが星の自宅から一キロ北を歩いていて畑を耕す方に声をかけた。「神社の横に土が山のように積んでありますが、何方の土かご存じですか」と。

自宅北側の水路跡を埋めるのに土が欲しいと言うと、最近来られてユンボで工事している方ですか、と言われた。面白いことばかりやっているから気になっていたが貴方でしたか、とも。

言われる土は市の物で自由には使えない。代わりに処分したいと言う方が近くにいるから一緒に行こう、と連れていってくださる。立派な庭のある家からご夫婦が出てこられて家の前に積み上げた土が要らなくて業者を呼ぼうかと思っていたところだそうです。早速、戴くことで話は決まった、有難いことですね。

ご夫婦と紹介してくれた方の三人と少し話をしたのですが、大津から週末住宅に越してきたことも、会社を経営していることも皆さんご存じでこの近辺の方々は全員がご存じの様子が伺えた。田舎はこういう出来事は電信のように伝わるのですね。

話の中で松の手入れが職人技だとか、ポストが落ち着いて素晴らしいとか、ユンボまで運転されて何でも成される面白い人だと誉められました、散歩でちょっと声をかけるとここまで親密な繋がりができることが嬉しいです。こんな調子で知り合いの輪がどんどん広がっています。

曳山祭に間に合った

昨日の夕刻に婆ちゃんとカミサンが電車で長浜に入った。お旅所には曳山が揃って人だかりの中、孔雀山で子供歌舞伎が始まった。

婆ちゃんもカミサンも初めてで、驚いたことに婆ちゃんは人を掻き分けて前へ行って見ようとしている。四十分のあいだ寒風をもろともせず見いっている。

八幡宮まで大手筋を歩いたが、長浜にこんな歴史のある文化が絶えることなく続いていることに驚いていた。子供の熱演にも何度も何度も感慨していた。

これからは曳山祭が身近なところで行われるから、どんどん深く見ていきたい。来年は十二基ある山の異なる四基が出てくる。楽しみだ。

曳山祭



動く美術館と称される曳山は辻に曳き出されて豪華絢爛な姿を目の当たりにします。笛や太鼓の祭り拍子も子供達が演奏しています。紋付き袴を着込んだ町衆が子供役者の手をとって町家から通りに出てきました。



子供とは思えないほどの舞う姿に目を奪われ、写真すら忘れそうになるほどでした。



翁山の狂言(歌舞伎)は「お園六三朗浪華の春雨」というお題で九人の子供役者が四十分ほど演じます。最初はカメラに夢中だったのですが、だんだんと狂言の内容に心ひかれ、写真を忘れて見入りました。

狂言のあらすじは省略しますが、人情と親子の愛を歌い上げた素晴らしい歌舞伎で、これだけでここに来る値打ちが十分にあると思います。

昨日は自転車で町に出たのですが、風が強くて運動不足の身には堪えました。昨日から三日間は市内の駐車場が無料なので今日は軽トラで見に行こうかな。

無駄な買い物

家を買ってから今までに使ったお金は瓦屋根の雨漏り修理と下水の工事。どちらも自分では出来ないことで合わせて45万円。それ以外は自分で気長に工事をしていて支出はない。庭の土砂や石を動かす工事は頼めば百万くらいはいるでしょう。



郵便ポストはナイスでいただく薪用の柱の端材が素材で屋根の杉皮は桐生の山で採集して保存していたもの。作っている最中に近所の方の質問が「門を作るのですか」と言われたほど重厚でしょう。

ポストが要ると気がついて短絡的に買うものを探すことをしないのが私。この家に似合うポストの姿を練って、郵便配達の方や回覧板を回してくれる方にとっては入り込む玄関よりも道路脇が良い。となってこの位置のこの姿です。

こんなふうにひとつひとつを丁寧に気持ちのこもった作品を作るのが楽しいのです。大きな工作題材の固まりみたいなのが長浜の家なんです。

手土産に

昨日掘ったタケノコを持って長浜に向かいます。先週はシイタケを近所に配ったが好評でした。タケノコも好評かな。

今日から曳山祭り。四日間の長い祭りは前後の行事を含めるともっと長い。秀吉の時代に始まってそれ以降ずっと続くこの祭り。一言で云えない苦労があったと思うが、まずはその真髄に迫って見させていただきます。

最盛期

花粉症の鼻詰まりと目のかゆみで辛い日々が続きます。

前半の杉花粉には反応が薄かったから楽だったけど、桧の花粉に変わると敏感に反応する。犯人は桧だと明確になった。犯人が分かっても退治することはできない。自分が桧花粉の飛ばない地へ行くしか完璧な方法はない。

久しぶりにオーストラリアのケアンズの天気を見てみた。雨季は終わってカンカン照りの様子。気温も三十度越え。来年は三月終わりから四月終わりまで海外へ疎開かな。

タケノコ

婆ちゃんとカミサンの三人で桐生の山に入った。一番にタケノコを掘った。

芽先が地上に一センチほど顔を出しているのを見つけるのが難しいのか、カミサンは見つけられない。私が見つけて目印をつけておいてカミサンが掘る。

どこまで掘るか、地下茎と何処で切り離すかが二番目に難しい。それも私の役目。婆ちゃんは皮をむいて茹でる役。昨日は小さめの鍋で四回茹でた。

椎茸を採集して桃の木の花を見、ブドウの新芽を見、柿の新芽を見てまわり、今年の豊作を祈る。夕飯にタケノコの煮付けが出た。うまい。

花見

朝早くカミサンと孫二人は電車で長浜に来た。孫は二度目の長浜。

家のポストを作っているが木工と据え付けは終わって塗装と屋根を乗せるのが残った。孫二人に塗装を手伝ってもらうことにする。紙に鉛筆で落書きはするけれど大きめの筆でペンキを塗るのははじめて。

一生懸命塗っている。この一生懸命がいいんだと内心喜んだ。塗り上がって屋根を乗せて完成すると、塗った作品の姿が綺麗で立派だから皆の顔に笑顔が浮かぶ。

大津で作ってきたお花見弁当を持って草野川の堤防に向かった。桜は散りはじめだが満開の桜並木の下でお弁当を広げた。川の流れの音だけが聞こえる静かな田舎。気持ちがとてもゆったりする。

上の孫が日曜に友達と約束があるので今回も日帰りになったが、次は泊まりで遊ぼうねと約束の顔には「絶対泊まる」と書いてあった。

入学式

新学期が始まって田根小学校も入学式があった。正装の両親に付き添われてまっさらのランドセルを背負った六歳はまだ幼顔だ。

夕刻、いつものように野瀬にある温泉へ行った。湯船に浸かっていると小さな男の子が話しかけてきた。

「ぼく六歳だよ、入学式だった」
「そうか、よかったね。おめでとう」
「お兄ちゃんは今いくつ?」
「、、、、、、、七十才だよっ」
「ぼくのお父さんは37歳。お母さんは35歳」

しっかりして素直な子供で話は長く続いた。いきなり「お兄ちゃんは幾つ」と聞かれてドギマギした。お世辞言う歳じゃないし、正直に感じた言葉だと思うから嬉しかった。

兄弟はいないけど家は九人で住んでいて、お爺ちゃんお婆ちゃんも一緒だよと言うから、たぶん俺より若いお爺ちゃんの歳をを知っているんだ。それでもお兄ちゃんに見えたというのが嬉しかったんです。

おまえな、入学式が嬉しかったんじゃなくて、勝手な自分が嬉しいんじゃないか。めでたい奴じゃ。

歴史の舞台

長浜に来ています。曳山祭の線香番が明日から始まる。12日から15日が祭りの本番で14日の夕方が一番良いと近所の方が言われた。一度も見たことがないので楽しみにしています。

ここに住んでみて日に日に思い知らされるのは、戦国時代の歴史が濃く残る地に入ったものだということです。小谷城は浅井長政とお市の悲劇の場。家からすぐです。家康と信長の連合軍と浅井朝倉の連合軍が戦った姉川の古戦場は車ですぐのところにある。昨日通りかかったが桜が広いところに咲き誇っていました。

歴史上の人物に詳しくないのですが、こんな戦国時代の真ん中に足を突っ込むと、自然にそれらの人物像に入り込んでいきます。人格も性格も手腕もそれを知ると人物が身近になります。

金ぴかの秀吉はあまり好きではないのだけど、もっと深く知っていくと変わるかもしれませんね。大津には東海道五十三次の平和な時代が濃く残りますが、長浜には戦国の荒々しく激しい時代が残っています。

春の嵐

今朝は寒いだけじゃなく雨が降って風が強く吹いている。春の嵐の様相。

昨日までの穏やかで暖かな春は、ヨットに何時乗ろうかとカレンダーとにらめっこしていたが、窓の外の嵐の様相はヨットを遠ざける。外で身体を使うことばかりが続いたので、今日は屋内で過ごそう。

私は仕事も遊びも雨風を避けて過ごせるが、郵便配達の娘はそうはいかない。冬の凍てつく日も夏のカンカン照りの日も単車に股がって配達する。たいへんだよ。

再会

ツバメが帰ってきました。亡くなったグーチョキの兄弟が帰ってきました。

カミサンは一週間前に電線に停まっている一羽を見たのですが、私は昨日の夕刻に家の前の電線に二羽が停まっているのを見ました。間違いなく玄関先で昨年を過ごした二羽です。

毎年、南から帰ってきたツバメを見ると嬉しいのですが、今年は胸に染みるような感動があります。昨年にツバメと過ごした数々の出来事が、昨日のように甦ってくるのです。

ツバメと過ごすために長浜への足が遠退くような気さえします。それも心の赴くままに素直に受け止めよ。

決算

春は入学や卒業の入れ替わり時期。不安と喜びと寂しさがさくらと共に交差する時期。私は春はあまり好きでない。そんな交差する気持ちが好きでないから。

一方でさくらが行く先々で満開になり、華やかな日本を見ると気持ちは晴れる。花の下でお弁当を拡げ、お酒を飲んだのはいつのことだろう、ながいことやってないがお酒なしでもできるぞ。

四月五月は会社の決算で気持ちが引き締まる。別に悪いことをするわけではないが無駄な税金は払いたくないから知恵を絞る。何年かに一度は国税の監査があるのだが、ここんとこ十年近く監査がない。税理士によると優良な申告をしていると監査がなくなるという。

監査のあるなしに関わらず、きちんと決算をしておくこと。それが気持ちよく日々を過ごすコツなんです。

祭り



鳥居を潜って御輿は担ぎ手の巻き起こす砂煙を立てながら本宮に入ってきた。こんなに沢山の若者がどこから来たのかと思うほど担ぎ手が多い。幼い子供もハッピを着て日の丸の扇子を振ってエイサッ、エイサッと掛け声が響く。

御輿はとても大きくて重そうだから若者の顔はゆがむ。

代わる代わるに御輿に上がって皆を盛り上げる者。祭り全体はこうしてどんどん盛り上がっていく。ただ一点に皆が集中していく祭りを見て、これがニッポンだと改めて感じた。

こんなに沢山の人々が、この田園の田舎のどこから沸いてくるのだろうと思うほど祭りは盛り上がっていく。御輿の練りは半時ほど続き、そのあと御輿から餅が撒かれた。二人で十個も拾った。

久しぶりに日本の民衆の原点を見た。大切にしたい行事だと思いながら建立千年以上の波久奴神社の境内をあとにした。

長浜に来る前に地主さんと山でタケノコを探したら二本見つけて掘った。初物なので地主さんに持って帰っていただいた。

これから桐生の山ではタケノコが沢山採れます。毎年食べきれないから知り合いやご近所に差し上げる。今年は長浜のご近所にあげよう。

今日は早く帰って地主さんに長浜のことを話したり、タケノコも採りたいがお祭りがあるから早くは帰れない。ま、一年に一度の祭りだからね。

さくら



咲きました。二本ある桜の木は種類が違うのか一本はつぼみ固し。

庭に桜は植えるものじゃないと沢山の方々に言われたが、いまだに我輩は切る気になれない。葉だけの桜はあまり風情のある木ではないが夏の桜から秋の落葉まできちんと観察しましょう。

虫がたくさん付くのもさくら、毛虫に刺されるとちょっと痛い。小動物も来るらしい。そんな自然の姿をしっかり観察します。

明日は地の氏神さんの春祭り。御輿がでて大勢でかつがれる。出店もたくさん出るらしい。今日は隣の高月のお寺で餅まきがある。もうすぐ長浜の曳山祭りだ。桜が咲くと祭りの春です。



前の主は石が好きだったようで大きな御影石が庭にゴロゴロ置いてあります。何かに使おうと置かれたが、はっきりとした使い道が決まっていなかったのか、無造作に置いてある。

このままでは庭を庭として使えないから借りているユンボの力で動かしています。大きすぎて今のユンボでは簡単に移動もできない。置いてある庭での使い道を考えた末、石畳にします。といっても簡単ではないのです。昨日は石を寄せてきただけ。

置く場所と順番を決めて、穴を掘って、吊り上げて穴に埋めるが水平と高さの調整をしながら埋めるのは大変な作業。ユンボなしで手作業だけでは絶対に無理なことなんです。

ユンボもちょっと慣れてきたけど、まだまだ上手な動きができません。でも重機ってすごい力ですね。その力に頼りながらもユンボなど重機は好きではないのですが。

不要物処理

長浜の家を整理していくとゴミがたくさん出る。前の持ち主は庭をゴミ置き場のようにしていたから倉庫で使われる鉄製の大きなカーゴとか直径1。5mもある樹脂製のお椀状の容器とか、「なんだこれ」と思うものがたくさんあった。

家の中ではトイレは取り替えたし洗面台も壊して外に出した。キッチンも作り替えるために水が使える最低限のシンクだけ残して壊して出した。

先週は鉄の金属を軽トラに満載して京都の再生業者に持ち込んだ。今は鉄が安くて1kgが3円ほど。それでも560円になったから二百キロほどあったんだ。

昨日はプラスチックのゴミを軽トラに満載して長浜市のクリーンセンターに持ち込んだ。十キロ40円の処理費は安い。360円だったから百キロ近くあったんだ。鉄と合わせると三百キロのゴミです。

クリーンセンターで引き取れないと言われたのがトイレのロータンク。なぜ引き取れないのか理由は分からないが決まりだとだけ言われた。細かく壊して分類して家庭ゴミとして出すしかないけど、もらった紙には産廃業者の連絡先が書いてあった。なんか臭い話だね。

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