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体の調子

今日も朝寝坊をしたが、本来の朝寝坊で時差ボケのせいではない。

琵琶湖を走った日曜あたりで時差の影響はなくなっていた。だから一週間程は時差の影響が残って深夜に起きたり昼間に眠くなったりする。

体重は帰国時に1kg増だったのが2kg増に増えている。運動量が減って食欲だけが残るから。きちんと戻そう。

血圧は128/78が平均値でまったく異状なし。あの一時的高血圧が不可解だけど、思えば昨年の帰国時は42度の高熱と200近い高血圧があって救急で病院に入った。あれも原因不明のままだなあ。

恒常的な高血圧が血管を傷めて障害を誘引するので、一時的なのはあまり気にする必要はないと思うが、どうでしょう。

琵琶湖は美しい



自宅を自転車で出たのが八時。湖岸に出てどんどん北上する。スマホのGPSが途中で切れるのはフランス走行中も何回かあって困ったが、今回の軌跡で分かるように三回切れた。



彦根の手前に湖が開ける旧道があって好きなので写真を構えると近所の老人が立小便をはじめた。写真の右。この後、その老人ともう一方の三人で三十分もおしゃべりをした。琵琶湖に生まれて琵琶湖で育つ。老いてもこの地が大好きだと嬉しい話。



これは長浜港。大型学習船うみのこと竹生島連絡船が写っています。彦根港ともども一般船も自由に停泊して良いと書いてあります。ヨットで泊まりに来てみよう。



長浜港から北には野鳥が沢山飛来しますが、琵琶湖の原風景が広がってとても綺麗なところです。



目当ての野鳥センターでは怪我で保護したハヤブサに出会います。

長浜に戻って電車で南草津駅へ。駅から自転車に跨って自宅到着が六時。たっぷりの自転車三昧でした。

自転車三昧

旅を続けていたなら今頃はフランスの風を満喫して走っているはず。早期帰国の原因の血圧はまったく異状なしのこの頃。だったら琵琶湖を走ろうよ。と気持ちが自転車に乗った。

長浜の北に水鳥の野鳥センターがあるのは随分以前から知っていたが入ったことがない。カムチャッカからの渡り鳥が飛来したと新聞で読んだ。行きたいと思ったのだ。

長浜の町には美味しい食堂もある。手前の彦根も長浜もヨットで停泊したい港だが実際の様子も見ておきたい。

ということで今日は野鳥センターまで寄り道を繰り返しながら、自転車で琵琶湖の風と遊んできます。帰りは電車輪行にしょようかな?

チーズが液体

旅の出来事で書いてないことがいくつかあるのはスマホが最後に壊れたから。遅まきながら書いておきます。

機内持ち込み手荷物の中に液体が持ち込めないのは充分にわかっている。預けるトランクの中にオリーブオイルや果実のシロップなどは入れる。

チーズは今までも機内に持ち込んでいたが、今回のニース出発時はリュックの中を全部出させて中のチーズをひとつずつ手で押さえる検査が行われた。

硬いカンカンのチーズはリュックに戻されるが少しでも指で凹む硬さのチーズは「ダメです、持ち込めません」と没収箱に入れられていく。

二つある機内持ち込み手荷物の一つは全部チーズを入れていた。重さは限度の8kg。その半分が没収箱に消えていく。

金額にしたら二万円くらいが没収になるので悔しいから「これが液体ですか?」と抵抗するが戻らない。

検査員はあまりにも没収チーズが多いからか搭乗券を見せろという。搭乗時間を見てリュックと没収品を持って「私についてこい」と言って検査場から航空会社カウンターに戻る扉を鍵で開けて「航空会社に相談しろ」と言って戻された。

ルフトハンザのカウンターで事情を言うとチーズの入ったリュックを預けるように手続きを始めた。

ビジネスクラスは預ける荷物は2個で一個が32kgまで。すでにトランクと自転車で限度に達しているから有料荷物になるのかと考えていたら預かりチケットを黙って差し出してくれた。無料で三個の荷物を運んでくれるのだ。

胸をなでおろしました。でもテロの影響で指で凹む硬さのチーズが液体扱いになるのですから、検査がとても厳しくなっています。検査待ち時間も半端じゃないですから離陸2時間前に行ってもあまり余裕は ありませんでした。

過ち

ドイツのVWが排ガス検査時と走行時で制御ソフトを変えていた問題。

結果として陰湿で悪質な操作をしていたのは、ドイツが正直な思慮と行動を積み重ねてきた国民性に大きな傷をつけることになった。

厳しい製品開発に明け暮れる企業にとって制御を改変すれば燃費などの結果が良くなるから行ったのだろうが、間違った行動をとってしまった。そのことに誰がいつ頃気がついていたのだろう。

数年前に起きたトヨタの暴走を招く室内設計。タカタの爆発エアバッグなど、意図しなかった原因の場合と今回の意図しての行為は本質的に違う。

このような事態に対するメルケル首相など国家を代表する人々の言動に注目しています。 「過去の過ちは素直に認めて謝ることからしか明日はない」と明言した首相の言葉。

私自身、本当にそうだと思いますから。

ゆめ

はっきりと覚えている夢を見た。

広場を歩いていたら五六人の人が集まって誰かを迎えている。仲間のリーダーのようでその方が指揮をして合唱が始まった。

聞き覚えのない曲だが、活き活きとして躍動感に溢れ、誰にでも唄えそうな旋律の曲は私を惹きつけて、足を止めて聞き入った。

合唱が終わると仲間たちは楽しそうな雑談を始めた。私に声がかかって話の輪に入る。

さっきの合唱曲の話になって、一緒に一節を歌ってみることになる。歌は聞いていた時よりも自分の胸に響き渡り、汗すらするような気分に高揚する。

合唱団に入って歌うと決めたのが夢の終わりだった。目覚めて夢の軌跡を辿っていくと、ほんとうに合唱してみたくなった。興奮して二時半に目覚めてそのままこれを書いている。

隅を

昨日は山で一日過ごした。すこぶる気持ちが良い日だった。

旅に使った自転車は現地で完璧に清掃整備しているからそのまま保管するだけ。もう一台の日常に使っている自転車の完全分解と清掃をした。

身近にあっていつでも手入れできるという意識が、粗末な扱いになりがちだが、自転車に限らず機械ものはきちんと整備していると調子が良いから自ずと使う身にも心地がよい。

2時間ほど自転車を整備して、原木を薪にする作業が滞っているのでその準備をする。

日頃から滞ったり粗末に扱ったりするいわゆる隅の部分をキレイにしていくと気分はスッキリするのですね。

山歩き

沈んだままの気持ちをどうにかしようと、久しぶりに山を四時間歩いた。

桐生には国有林を上手く使って山登りやハイキングができるように整えられた景勝地がある。鶏冠山に登ったり天狗岩や耳岩という奇岩群を通るコースなど、昔から人々が山登りに使っていて、私が二十歳すぎの頃にも会社の仲間と京都から登りに来たところ。

木々はまだ紅葉していないが、涼しくて爽やかな風が吹き抜ける。ボーイスカウトや家族連れがテントで野営をする谷川は綺麗な水が渓流になったり滝になったり。

自宅から歩いて出て四時間歩くと良い運動になった。気分も持ち直してきた。何よりパン一個を持っていったので腹が減った。

やっぱり身体を動かすって大切やなあ。

好天なのに心は

沈んだまま浮かれない。帰国してスッキリすることがなく、不愉快なことばかり起きる。

昨日書いた政治の不愉快は一番作用している。もっと細かなことでもいくつかある。

スマホのSDへの書き込みができないから違う媒体を使おうとすると、ファイル管理ソフトが誤動作する。削除しても消えないとか。

地主さんに丹後半島にでも小旅行に行きませんかと誘ったが、犬を預けられないので行けないと返事。これはやむをえないのだが。

ならばカミサンと二人で小旅行を誘うと行く気がないみたいな返事。

連休だしヨットに行こうと思っていたが気持ちが沈んでしまって、行く気がなくなってしまった 。山で細々仕事するのも気後れする。

こんな状態は今までにも起きているが、どうして脱出していたか思い出せない。とりあえず机でパソコンとスマホの整理に手をつけよう。

帰国

なぜか帰国便で一睡もできなかった。そのことは気にしていないが家について荷を解いてもまだ眠くならない。

土産を持って山に行くと地主さんと会えたので血圧の異常で早く帰ってきたことを伝える。

ちょうど稲刈りや脱穀作業が終わったところで、機械類の手入れをされている最中。今年は少しだけ収穫が少なかったらしい。

夕飯を軽く食べると眠くなったので床についたらすぐに眠った。今、午前二時半。当分時差狂いの生活でしょう。

自宅で血圧を何度も測った。現地で買った手首血圧計と自宅の腕血圧計と持っていった手首用の三種で同じ条件で測る。

結果は三種ともほぼ同じ値が出る。しかも出発前日までの正常値。現地でのあの異常は何なのか。不思議な血圧だなあ。

南仏への旅日記は

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旅の効用

これで何度目の海外自転車旅か、すぐに数えられないほど旅に出た。

綺麗な見どころを求め、香る風や織りなす色彩の自然の中に身を浸して旅をした。その地の食材を求め美味しいを感じてきた。

何よりも人々の生活の中に溶け込んで、人々の気心に触れた時の感動は何事にも変えがたい。

旅は心を動かしに行くのだと分ってきた。普段の生活の中でも充分に心は揺れ動いているが、違う揺れ方を求めているんだと思う。

気がつけば今回の旅で世界遺産をまったく調べなかった。そこには珍しい光景があることは間違いない。しかし、そこに行けば自分の心が心地よく揺れ動くとは限らない。最近は大量の中国人観光客が押し寄せる場所になっている。

田舎道を選んだ。山の中の小さな村を選んだ。きっとそこには人々の暮らしそのものがあって、普段着のフランスがあると思う。その普段着の姿に心を揺らせる何かがあるだろう。

出発直前に起きた悲しみを引きずりながら、その悲しみも充分に味わいながら、素敵な旅を作っていこう。

カミサンと

グーチョキの生活跡を片付けた。

住居にしていたとまり木や池のついた木製台をどうしようかと思っていたら、カミサンが「残しておこうよ、また来年に保護するかもしれんから」という。

その一言でカミサンもグーチョキとの生活が楽しかったと分って、少しだけ気が明るくなった。餌箱や虫籠や網など全てのグーチョキ道具を残すことにした。

二階の広間を仕切って猫と隔離していた布をしっかりと壁に止めた仕切りを取り払うときが一番悔しかった。木板の仕切りにすれば布を引っかいて潜り込めなかったのにと。自分の思慮の浅さを悔やんだ。

片付けを終えて空っぽの部屋は、虚しさだけが漂う。旅行の荷をトランクに詰める作業をしたが、何をしても心に大きな穴が空いて、今にも泣きそう。

随分長く続くだろう今の気持ちは、時間が経っても薄れこそすれ消えるはずがない。

これが人生なんだ。

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