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大量の薪材

ナイス滋賀工場は大量の木材を加工して広範囲の新築現場に届けておられる。

薪にする木がもらえないか飛び込んだのが四五年前。お会いした方が柱材の端材を好きなだけ持ち帰ってくださいと云われて薪材に不自由はなかったのだが、二年ほど前からその端材を買う業者が現れて入手できなくなった。

焚き付けにするような木切れをもらっていたのは顔をつないでおけば何か良いことがあるかもしれないから。

昨日も焚き付けをもらいに行った。すると所長さんが「今回は大量にありますよ」と云われる。なぜか柱や梁の端材が山盛りあるじゃないですか。「これ全部いただけるのですか」と聞くと現場の責任者に確かめに行ってくれた。OK。



軽トラ満載で十五回くらい運ぶ量。積んで運ぶだけで大変だが薪として燃やすと一年分くらいある。燃やす以外に使い方の知恵も働いた。ちょうど大型の薪小屋ができるので全部運ぶことにした。とにかく端材ひとつをとってもスケールのどでかい会社です。

予約確定




9月2日出発、10月16日帰国で航空券が発行されました。

45日というのに合わせてルートを見直します。今から三ヶ月先というのは、あっという間に来る。それまでにやっておくことを整理して着実にやっていこう。

予約してからカミサンに云ったら「身体は大丈夫ですか」と自分の一番の不安を突かれた。三ヶ月でしっかりと身体を作っておきます。自転車のトラブルも皆無になるよう丁寧に見直しましょう。

さあ、新たな目標がデンと座ったぞ。

出鼻くじける




マイル移行完了と同時に空席を探すと9月1日出発はなくなっていて9月5日まで空席なし。8月31日出発で行こうと予約を進めて最終決定画面で「マイルが不足しています」とエラー。

いつの間にか九万マイルが九万五千マイルに変わってる。やむなくもう一度マイル追加の手続きをしたが三日先には空席は減っているからどうなることか。

昨日は仕事でもチョンボしてちょっと迷惑かけた。なにか脳味噌の潤滑剤が切れてるぞ。しっかりせい。

走行ルート



ロンリープラネットの自転車ガイドを基準に実際のルートを決める作業に入った。

走行時にはスマホに地図とルートを表示させながら走る。その元になるBikeMapの作成をしているのだが、ガイドブックの通りには走れない。距離が長すぎたり登坂がきつすぎると無理が起きるから。

上の地図は距離が50kmで昇降が1220hm。距離の割に昇降がきついから二日に分けたい。すると宿は途中にあるかどうかを探す。

それを繰り返していくと総日数が出てくるのです。今回は二ヶ月より短く一ヶ月より長くなりそう。

空席は

フランスのニース往復の席が取れるかネットで調べた。9月1日出発10月1日帰国のビジネス席で調べると一発で空席ありと出た。

昨年の場合は5月時点で欧州行きが満席だったから意外。ルフトハンザを調べたのだけど副操縦士の意図的墜落が心理的に影響して利用客が減ったとも考えられる。が、行くなら利便性からルフトハンザになる。

マイルで飛ぶのに九万マイル要るが三万しか残高がない。VISAのマイルをANAに移行して足りるのだが手続きに一週間かかる。それまでに席が埋まることもあろうが、とにかく秋に南仏を走ると決めて準備にかかります。早速マイル移行は申し込んだ。

ほっ

屋根の五割に波板を貼った。夕刻に終わって屋根から降りたら気持ちがフワッと楽になった。やっと終わりが見えてきて気持ちが楽になった。

ひとつのことを集中して続けるのは辛くなる。だからブツブツに区切ってやるのが私流だけど今回の小屋作りは集中して連続した。構造に使っている柱や梁の部 材が腐敗してきたからだ。腐敗を進行させない為には屋根を貼って雨を当てないに限る。その終わりが見えてきて雨が防げるのだから気が楽になった。大仕事 だったなあ。

屋根ができたら自転車とヨットにふけよ。欧州旅行の予約も手をつけよ。飛行機のマイル席とれるかなあ。あれも、これも、やりたいことが溜まりすぎたわ。

食べもの

猫のグーちゃんは食通。キャットフードは三種類を日毎に変えて食べる。気にくわない種類だと食べないか残す。すると違う種類に変えてくれるから食べる。

魚は猫だから大好きだけど食卓にのぼって皿に盛られた人の食事には手を出さない。不文律を守る理性があるとひいき目に見るか、ただ単に叱られるからか。キッチンに置かれた魚はスキさえあれば失敬する。

この家に迷い込んだときにご主人からいただいた牛乳が忘れられないのか今でも冷蔵庫から牛乳を出すと欲しがる。人がケーキやカステラを食べると欲しいと擦り寄ってくる。

チーズも食べるけどチト可笑しいのは茹でたジャガイモとカボチャが好き。グーちゃんはやせ型で大食漢ではないが食通であることはまちがいなし。

あと四日で完成



波板の雨の流れる方向の骨格までできていた。波板を張るための横桟を碁盤の目に張る行程が昨日終わった。

今日から波板を貼っていきます。波板の購入費用が二十万円。材木は全て廃材として燃やされる物をいただいてきたので費用はかかっていない。ボルトやネジ類の金物に数万円がかかったが、総費用が三十万円以内というのが良いですね。

捨てる物も上手く使えば役に立つという見本です。

ツバメの生態

抱卵と給餌はオスメス両方がするのだろうかと、知っているようで知らないツバメのことを調べてみた。両方でした。

普段は時速五十キロ程で飛んでいるが天敵に追われた時など時速二百キロで飛ぶらしい。渡りの時は集団でなく一匹で海面すれすれを飛んで渡ると意外なことも知った。

どれくらい生きるのか強い関心があったが平均寿命が1.7年と知って衝撃を受けた。はかない命なんだと知って寂しくなった。中には十年生きるツバメもいると云うのが少しの支えだけど、短い命を精一杯生きる姿に哀れみを感じる。

何も身につけず、たった17グラムの身体だけで生きるツバメ。軒先に来てくれたツバメも秋には南へ渡る。元気で戻ってきてくださいという気持ちに、戻って来れないかもしれないという寂しさが付け加わった。

体調

朝のストレッチ三十分。夜の筋力トレーニング三十分。合計一時間の運動は夜を追加する前に比べて違いが見えてきた。

まず、傷めた左膝に筋力が付くことで運動機能が回復し、内部の痛みや違和感がほとんどなくなった。少しでも痛みがあるとそれをかばうように膝を使わないから劣化が進む。気遣いなしに使えるというのはとても大切だとわかる。

昇降運動や歩行には膝に限らず足腰の全ての機能が働くが、その動きがスムーズだから体全体が安定して動く。「よっこいしょ」というのが少なくなりました。

階段昇降二十回は夜でも雨でもできるという利点があるが、これからの室内は風が吹かないから運動するには暑い。でも、大汗かいても続けようと思う。

今は心肺運動が皆無で自転車に乗っていないのが一番の心残り。小屋の屋根が葺きあがれば真っ先に自転車に乗り、ヨットで遊ぼ。

屋根工事完了

足場を今日撤去します。一ヶ月以上かかった工事も終わりです。長くかかったのは連休を挟んだことと、細かいところまで整えたから。



三段重ねに見える最下層が古い屋根で、撤去せずに上に新しい屋根を被せました。家の高さが15cm高くなります。古い屋根の上に5cmの断熱材を敷き、その上に5cmの空間通気層が全面にあって、その上に屋根表皮を乗せます。トップの傘状金物が通気の排気口です。



屋根勾配の一番下で写真左下がトユ。上が屋根表皮材。トユの奥に細かい穴の開いたプレートが見えますが、虫や鳥が入らないようにし、空気が流入し熱せられた屋根の下をくぐり抜けてトップから自然排気します。熱上昇気流で流れます。



これがトップの排気口で台風の雨が降っても入った雨水はちゃんと排出します。



棟は全て排気口。向こう側にも寄せ棟があります。写真右下の鉄板屋根は新しく作った三階テラスの屋根です。



このテラスから煙突のメンテナンスをするように作ったのですが、思いっきり見晴らしが良くって、空も広く見えるから星空鑑賞や流れ星を見るのに良いですね。



テラスは大人4人が立てます。手摺りは自作です。



工事が長かったのが細々と整えたからでトップライトもガラス交換や雨シール対策を万全にしました。

明日から足場のない普通の生活に戻ります。

四十年前

真っ赤で大きな夕日が水平線に半分沈もうとする時、仲間五人の顔は夕日とキャンプの焚火に照らされて赤く染まっている。

生ぬるくてもビールをグイグイ空けていく。いっぱい喋り、いっぱい笑い、誰もテントに潜り込む奴はいない。

朝まで騒いだあの時の仲間の夢を見た。二人はすでに亡くなった。会えなくとも夢の中の二人の顔はあの時のまま鮮明。

今日は夢でなく同じ光景を日中に思い出した。懐かしくて、会いたくて涙がこぼれた。淋しいけれど会えない。

Kaoru---- Takao----。

骨格完成



昨日の十片画は魚の頭です。これからは抽象的表現にもトライしよ。




桐生の山中に建てている薪保管小屋の骨格が出来上がった。全体幅25m、奥行き20mの小屋とは云い辛い大きな建造物になった。全体はコの字を倒したような姿で中央に広場がある。



正面中央棟の屋根構造。幅25m、奥行き8m。



その室内で道場に使える広さ。



右翼棟です。



左翼棟です。

後にも先にもこれほど大きな創作物は初めてで、重量があるのに機械が使えなくて動かしたり上げたりが大変だった。出来上がりが見えてくるとそんな苦労も吹き飛んでいきます。あと波板で屋根を葺けば一段落。

十片画展

今日は作品を並べてみます。毎日の撮影が日課になって楽しみがひとつ増えました。



最初はグーちゃん。ちょっと鼻が長いからキツネに見えるか。



春になって山里を飛ぶようになりました。



山の池の周辺には五六匹が住んでいます。足し算すると六万年も生きるのか。



ある日帰ると自分が描いてない絵になっている。婆ちゃん曰く「手が当たってカシャッと崩れたので自分も描いてみようとやってみたの」。
みかんですって。



これが何であるか、皆さんご想像あれ。作者の意図は明日書きます。

ヤマガラの巣



雛を育てた巣箱は来年も使うので中の巣をそっと取り出して飾り箱を作って入れた。

身近に置くとヤマガラの気持ちまでが伝わってくるようで活き活きとする。

この写真を撮ったのが山の桟敷。このままにして小屋を作るのに桟敷を離れます。昼ご飯に戻ってくると巣が箱から出ている。二個の卵がない。

直ぐにカラスのしわざと分かった。卵を食べようとしたのです。カラスは同じ鳥でも憎まれもの。弁当箱はひっくり返して中を食べるし、焼いたパンを置き忘れると山パン全部食べてしまう。遠くから見ていて人が離れると静かに泥棒するんですよ。

二個の卵はなくなったけどこれ以上盗むものはないからね。身近に見える場所に置きます。

法務局

二年に一度、会社役員の改選が義務づけられていて今日はその登記に法務局へ行く。七年ほど前までは司法書士に頼んでいたが意外と高くつくので自分でやり始めた。

こういう役所事をするときにいつも思うのが印鑑と和暦のこと。昭和21年生まれで昭和39年就職あたりまでは和暦しか使わなかった。平成に変わる頃から意 識して西暦を使うようにしたが、時が経つと和暦の現在値が分からなくなる。ネットで調べると出てくるが私と同じような人も多いと思う。

印鑑社会を変えようなどと大それたことを企てているのではないが、銀行が印鑑でしか出金できなかった時代からATMやネット時代になって印鑑以外の方法に 変わってきた。そのほうが便利なんだけど偽証という問題も起こっている。だからといって印鑑しか駄目という世界には戻れません。

役所は印鑑認証を変える気配はないけれど、民間での印鑑の役割は減っていくと思う。勤め始めた五十年前は机の上に筆記具があって印肉と印鑑は傍にあった。今は印肉はどこかにしまい込んだし筆記具もキーボードやスマホに変わっている。

もし私が百年後に生きていたら、どんな風にそのあたりは変わっているか見てみたい。

ぶどう



昨年はブドウの実が成っても放置していたのは、どのように変化するかを見届けたかったから。見届ける前に鳥に全部食べられてしまった。それも放っておけばどうなるかの出来事。

今年は栽培の手順に従って芽を減らしたりツルを誘引したり、果房の数を減らして充実した実を成らせる手入れをしています。

上手く育てば今年は二十房ほど収穫できると思う。鳥と虫が敵だから彼等との闘い。鳥は袋かけで防げるかどうか。虫は薬を使わずに目視してつまみ出す作業をしているが、木がもっと大きくなれば殺虫剤も必要かなと思っている。

無農薬というのは簡単だけど使わないと収穫できない。それでは何の意味もなくなるからね。

抱卵



ツバメは巣が出来ると直ぐに卵を産んでいます。母鳥は巣に入って動きませんから産卵と抱卵に専念しています。

写真は巣の下に置く台で古新聞を敷いて風で飛ばないように周りを押さえる木のカバーを作りました。別の目的で作ってある椅子の上に置いた。

もう一工夫して面白い光景にしようと思っています。この台を机に見立てて、老人人形が新聞を読んでいるような光景を作りたいのです。玄関先を通る方がふっと笑顔を浮かべますよ。

ちょっとお時間を下さいませ。

花粉

杉も桧も花粉の飛散は終わったはずなのに、私の鼻は詰まったままで鼻水も治まらない。五ヶ月の間、飛散の根源である杉と桧の植林場所を避けるどころか好むように入っていたから、花粉の濃度は高い所に身を置いていた。そのせいかもしれないが症状は重い。

カミサンは同じように山にも入っているが昔ほど症状は重くなく投薬もやめている。薬を呑んでもやめても症状は同じと言うから私も来期はやめようかな。

小学校の頃は杉鉄砲といって杉の花粉を笹の筒に詰めて飛ばして遊んだんだけど、何時からこんなに人と縁が悪くなったんだろう。とにかく早く鼻がスッキリして欲しい。

巣作り



三日続けて野鳥の話題ですがご勘弁を。巣作り三日目の写真です。土と枯れ草を唾液でつないで宙づり構造の巣を作りあげていますが、婆ちゃんもカミサンも見るのが初めてで「上手いこと作らはる」と感心しています。

久木野工務店の監督に「あんたとこより工事は早いね」って云うと「ほんとですね、道具もお金も使わずに早い」とツバメに降参。

最初は二つか三つの巣が出来るほどツバメが来ていたけど、結局は一組に納まったようです。既に親鳥はこの巣で夜を過ごしています。
もうすぐ卵を産んで温めるんだ。黄色いくちばしを精一杯開けて餌をねだる姿ももうすぐだ。

巣立ち



ヤマガラの巣箱の屋根を開けたら孵らなかった卵が二個。息を吹けば飛ぶような軽さで乾燥しきっています。雛に孵ったのが何羽か分かりませんが、親鳥の給餌を見ているからここから巣立ったことは間違いありません。

巣箱を作った孫は言葉少なにじっと見つめています。きっと幼少期の思い出に深く刻まれた出来事でしょう。

この巣箱の改善と来年はもうひとつ巣箱を増やそうねと約束して、中の柔らかな五センチもある布団を出しました。別の箱を作って残しましょう。

ヤマガラ



昨日は親鳥が巣に戻らなくなりました。二日前は母鳥が戻らなくなって父鳥が一度だけ戻ってきました。父鳥が巣箱の中をじっと見ているのが「どうかしたのだろうか」と心配を生んだままです。

無事に雛が巣立っていれば嬉しいのですが、何かの原因で成長しきれずに巣箱の中で雛が死んだままの可能性もあります。

今日は孫達と山へ行くので巣箱を降ろして中を見てみます。巣台だけが残っていることを願って。

Genki !

山科に住んでいた頃から行きつけの宮田医院へ常用の薬をもらいに行った。

先生は血液検査が半年経っているから時期ですよと勧められる。PET検査の時にして問題なかったよというと、じゃあ今回はやめましょう、結果をファックスしてくださいと云われる。

患者に無駄な医療費を使わせない気遣いが伺える。先生は八十歳で五六人の看護婦さん達とたくさんの患者を診ておられるバリバリの現役。自身の心臓も少し悪くなってきて大きな病院に通っているが脳味噌の働きは四十年前と少しも変わらない。

医の世界も日々変わっていて情報をしっかり吸収しないとついていけないが先生は勉強も怠っていない。相変わらず物腰が柔らかく気遣いも細やかで私が来ると診察以外の私事を話すのも好き。

そんな先生を見ていて、十年先の私がこの先生のようなしっかりした生き方が出来ているのだろうかと、ふと考えた。

そして七十歳になる今の私は、五六十歳の時に描いた素敵な老人の姿に近いのだろうかと見つめ直した。

永年の念願が叶う



ついにツバメが我が家に巣を作ってくれました。写真真ん中の汚れに見えるところ。工事の真っ最中で巣の横は塗装中だしもうすぐトユを取り付ける傍。



四羽のツバメが代わる代わる来て二つの巣を隣同士に作っているようです。

ツバメは人を怖がりませんがそれでも不注意に巣を扱うと困るので伝言を貼りました。

今の自宅に住んで25年。ずっとずっとツバメが来てくれることを待っていました。巣台も作ってあるけど駄目でした。思えば小学校五年生のとき、舞鶴の家の玄関に巣を作ってくれた以来のことです。あの頃にツバメやスズメに始まって鳥が大好きになった。

いちばんの願いがツバメと暮らせることでした。それが実現したと分かったとき、自分が大自然の巡りの仲間に入れたと、嬉しさが胸一杯になりました。

此所で生まれ、此所で育ち、大海を渡って南で暮らし、一年後に皆が此所に戻ってくる。そんな処になれた嬉しさは大げさだけど子供ができたような嬉しさです。

朝のストレッチも、玄関のガラス越しに見えるツバメたちの巣作りを見ながらに変わります。見ているだけで幸せなんです。

寄る年波



屋根に登って工事をしていると猫のグーちゃんが「ニャーン、ニャーン」と鳴いている。猫語で「困った、困った」とかとけん通訳省は訳した。

声のする場所が白蓮の樹の上。どうも登ったけど降りられないと困った様子。若い頃は傍を通る遊歩道にある二十米くらいクスノキでもへっちゃらで登って降りていた。

人間に換算して九十歳を過ぎるグーちゃんだから降りるのが怖くなったのでしょう。 なんとか捕まえて爪でひっかかられながら降ろしたらサッサと何処かへ遊びに行かれました。

婆ちゃんも出歩きが好きだけどグーちゃんも寝るのを惜しむかのように暖かい季節を巡り歩いておられます。

進行中

連休はぎっしりと詰まった事をこなして進んでいく。雨の昨日は自宅屋根につけた小テラスの手摺りを作っていた。

ガレージに屋根があるから作業台を置いて買ってきたアルミの型材を切ったり穴を開けたりの作業。屋根工事の足場がある連休の内に設置をしないと足場がなくなると出来ない。

こんな作業も私にとっては遊びの延長線上にある。手摺りを作るのも、山の小屋を建てるのもそれぞれを職業としてやっている方にとっては立派な仕事。仕事としてやると連休なんだから休むでしょうが、遊びの延長だから出来るのです。体は疲れますが。

甘い



昨年の秋に作った干し柿が夕食後のデザートに出ます。今年の収穫まではもたない冷蔵庫の在庫だけど、今頃でも食べられるのがありがたい。

木は手入れしてやると収穫も増える。竹の高さに負けじと樹高40mまで伸びた別の柿の木は背丈に切り戻して二年目。今年は実はつけないだろうが来年は成るはずで、そうなると収穫が増えて一年中干し柿が食べられる。

柿の木がどんどん切られて姿を減らし続けています。昔は実を食べるだけでなく柿渋を染めや什器の塗に使ったり柿の葉で食品を包んだり、使い道がたくさんあった。今人は食べるのも面倒だと敬遠するらしい。

和食が世界で注目される中、日本の中では古来の日本が消えていきます。いいのですか、これで。

被災

六千人以上の方々が亡くなってしまった。写真で見る瓦礫の被災地に涙の住民の悲しみが写る。

突然の災害で突然に別れる兄弟や親子の気持ちを思うと、深い深い悲しみは消えることなく、被災者の心の傷として残る。

遠くにいて何も出来ない私だけど、せめて義援金を差し出します。日常の生活に一日も早く戻れるよう、現地へ赴き支援する人々を含めて、みんな頑張ってください。

亡くなられた方々のご冥福を祈ります。

欲しい



ヤフオクに出ているキリムはアフガニスタン製でマルダリバルーチ族作のスマック立体刺繍織りハンドメイドとある。中古です。

キリムという敷物は使ったことがないがゴザの感覚に似ているらしい。元々絨毯などの敷物は好きではないのだが、二階の床は天然木ではなく新建材の木目調の床。肌触りは一階の天然木と比べようなく劣る。

ゴロンと寝転がって筋力アップをするようになって、敷物が欲しいなと思うのだけど、遺物を沢山持たないように始末に励む一方なので買い足しをためらっています。仏製のソファーも買い足しは止めましたから。

でも、このキリム欲しいなあ。

素敵な老い

九十歳を過ぎた婆ちゃんは私たち夫婦が家に居る休日を選んで遊びに出る。京都四条へ街ブラをしにいく。帰りに土産を買って帰るのも楽しみらしい。 京都に住む妹たちと一緒に大谷へ墓参りに行ったり、一泊で旅行にも行く。自分の足で歩くのが好きというのがいい。遊びに行くという気持ちの前向きがいい。

家の掃除や洗濯やご飯ごしらえは十年前と同じようにやっている。私の靴下や作業着に穴が空くと洗濯の後に手縫いでつぎあてをしてくれる。「これ、もう駄目でしょう」と私が言うまで衣類を治してくれる。

身体も気持ちもしっかりとして見習うところが多い婆ちゃんが先日私に言った。「これ食べると長生きするんだって」と新聞を指す。

「もう充分長生きしてるやん」って私が言うと「.......ほんまやね」ってカワイイもんですわ。

自然林

山の木々の葉が出そろった。雑木林は若い緑で初々しく明るい。

山を借りて手入れをし始めてから、植物の生命力をしっかりと感じる。土と雨と光がある場所をくまなく植物は埋め尽くす。植物同士で生き延びる競争をしている。

一番分かりやすい競争が竹。地下茎でどんどん拡がっていき背の高い竹が一面を埋め尽くすと、そこに生えていたほとんどの植物は枯れる。

ほとんどの竹林は人が植えた物。人間が植林した杉や檜が放置されると竹と同じように他の植物は入り込めない。

手を入れていない雑木林の中にはいると植物の種類が多く落葉樹と常緑樹のバランスの中で、そこに住む昆虫や動物も種類が多い。

桐生には植林地も多くあるが国有林の大半は雑木林のままで竹林や植林地にはない生命力がみなぎっている。私はその中を歩くのが大好き。

連休は桐生の山で過ごします。

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