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振り返る

仕事を頑張った年だった。五月には全て予約済みの夏の旅をキャンセルして仕事に励んだ。八月に片付けて秋の旅行は行けたが旅行中も毎日仕事した。

日常の自転車が減った年だった。車生活に戻ってしまい歩きも自転車もさほど行っていない。自然と体力は落ちる。来年の重要な課題だね。

別れの多い年だった。名古屋のお客さんやトヨタの支店長が若くして先立ち、気心の知れる人との別れだった。会社設立以来の仕事仲間が仕事から去った。年齢 的な変化で仕方のない事だが自分の仕事が増えることに変わる。高卒で勤めていた会社が倒産し、その会社の方々とも別れることになった。

山の伐採中に眼球に怪我をした。旅行から帰って急激な高熱と高血圧。その後に膝の損傷は今も痛みが消えていない。体にも重大な危険があった歳だった。

ワクワクするような新しい出来事は無いように見えるが、山の生活も五年目を迎え充実してきている。来年の誕生日で69歳になるが、山の重労働や二ヶ月の自転車旅が示すように、まだまだ体も活きている。

そんな変化や充実をしっかりと見つめ、進む老いの過ごし方を工夫して、楽しい老人である年にしたい。

お正月休み

就職した頃の正月休みは舞鶴の実家へ列車で帰省したもんだ。年末で混み合う列車の二等車になんとか座って二時間の列車旅。暖房で曇る窓ガラスの外は雪景色が広がる真っ白の世界。

家族を連れて車で帰省するように変わり、大勢で小さな卓を囲んで雑煮で祝う。帰省するときに沢山の本を車に積んで「正月はこれを読破する」と意気込んでも表紙すらめくらずに持ち帰る本が重かった。

紅白を見ながら酒が進み、行く年来る年をなんとか見て年越蕎麦もそこそこに寝入る。遅い元旦の寝起きで近くの神社に初詣して、その後酒浸りの三が日。

母は積もった雪の下にブリや鱈の魚を保存していた。小さな冷蔵庫には入らない食材だから。そんな昔の正月休みも母が京都に来てからは帰省する地がなくなり消え去った。

さあ、せっかくの自宅正月だ。帰省はなくとも正月気分を盛り上げて少しは華やかな時を過ごそう。笑顔を絶やさないで。

戦場のごとく

年明けの五日まで娘は郵便配達で休みがない。その間、二人の孫は保育園代わりに我が家で過ごす。昨日からそれが始まった。まるで戦場と化したかのような騒ぎと熱気。うるさいし遊びに引っ張り回されるし疲れること日常の三倍。



白板にさっさと書いた顔はカミサンの顔。素直に特徴を捉えて活き活きとした絵になっている。こんな素直で快活な日々が十日ほど続くのは疲れても刺激があってよろし。

お弁当



今年の初め頃から会社での昼食はお弁当。今日は栗ご飯です。今年の秋に収穫して冷凍しています。おかずの種類を多くしているのは朝と夕食が野菜サラダが中心で副菜が少ないから。

昨日が御用納めの会社が多いでしょうが私とこは月曜で今日も出社します。忙しいのでね。

薪の率

先日買った薪ストーブの雑誌。記事で意外やなあと思ったのが木材の生産量に占める燃料としての利用率。全世界の利用率が57%。アフリカが91%でアジア75%。日本は0.5%と無いに等しい。意外なのがヨーロッパの23%です。



イタリアを旅したある日の光景ですが、薪を作ったり運ぶのに人々が汗を流すのをよく見かけます。オセアニアも北米大陸も大都市の高層住宅は別として、一戸建てには必ずといってよいほど煙突が立つ。一軒に多いときなど三四本の煙突が立つ。

自宅に薪ストーブを入れてから気づいたのだけど、その前は薪を作る光景も煙突もまったく気に留まらなかった。人の関心の傾きが偏っている見本みたいなもの。

それにしても日本は木の多い国なのに、寒い国なのに、薪を捨ててしまったのですね。

商用車

会社の軽四輪を乗り換えます。今の車は十年選手でずいぶん活躍したが故障も増えてきた。最近の燃費を測ると11km/Lほど。 同じスズキがモデルチェンジしてアルトを発売した。これが燃費37Km/Lと抜群の経済性。しかも諸経費を入れても百万以下で乗れる。

プリウスが出たときの燃費も驚きだったが車自体が高かった。ダイハツとスズキの軽四輪技術競争はとめどなく続いて、そのうちに40Km/Lも出るでしょう。こんな日本の技術力の素晴らしさは、確かに世界に誇れる技術だと思う。

冬の自転車

どうしても自転車に乗るのは寒いから遠ざかる。でも乗りたいと思うのはその快適さを感じたいから。

寒くないところへ小旅行に行こうかなって、ふと思う。沖縄、台湾、グアムサイパン、ちょっと足を伸ばしてケアンズ。やっぱりいちばん気軽に安く行けるのが 台湾。スマホで地図を眺めながら、「ここに五泊くらいして、あっちもこっちも走りたい」なんて、だんだんその気になっていく自分が面白い。

仕事の切りがついたらの話で一月いっぱいは無理やけど。

血圧

体重も血圧も毎朝測るのは三十年くらい続けている。お酒を大量に飲んでいた頃の血圧は、医者に「降圧剤を服用しなさい」と云われるほど高かった。お酒をやめて血圧が下がるなんて思っていなかったから嬉しかった。

最近、ちょっと高いなあと思うので昨年の同じ時期の20日間を比べてみた。昨年130/79だったのが138/83と確実に高くなっている。冬場は少し上がるから昨年も春夏より高い目だが今年の冬は高すぎる。

原因がなになのか、生活をきちんとチェックするのと他に病的異常がないのか調べよう。

薪つくり



今年の4月に太陽光発電に使われる土地に生えていた沢山の樹木をいただいてから、薪にする作業も7割ほど終わった。作った薪を乾かすのも広い場所がいる。



写真の正面に積んでいるのが今回の薪で、写真右が昨年に積んだ薪。中央がブドウの棚です。



昨年に積んだのは列の厚みが1mと薄いが今回は厚いところで3m以上あって薪の総ボリュームは昨年より多い。



大昔に造成された水田跡は端が急傾斜で使い道のない場所。ところが急傾斜は日当たりが良く風通しも抜群なので清水の舞台ならぬ斜面に張り出すテラスを丸太で組んで作った。



イノシシや鹿の防獣にもなります。防獣フェンスを縦に建てるか横に張り出すか。どちらでも彼等は飛び越えられない。2月頃までに薪舞台の作業を終えるつもりですがとても重労働。

これが終われば昨年の薪と併せて三年分くらいの蓄えになる。あと七年分作るんだ。

倒産の始末

独立前に勤めていた会社の社長が電話をかけてこられた。倒産処理のために納めたCADソフトを売却する方法についての問い合わせ。その時に久しぶりに声を聞いた。九月の旅行中に倒産することになったと電話で話して以来の会話。

その電話の直前にお会いして話したい旨のメールを入れていた。倒産処理で忙殺されているだろうが、体のことが心配ですと書いたがその返事がこない。

もっと待ってもお会いできるよう願っている。話したいのは「会社を無くしても今後20年以上生きるのだから、体と心の健康を保つために力を合わせたい」ということ。

話す前に体を潰さないよう願っている。

癌の発見を図ります。PETーCT検査で同じ病院で二度目。PETはガン細胞に蛋白質が集まるのを利用する検査で癌以外にも蛋白質が集まるからそれをCTで補う検査。同時に撮影するので手間が省ける。

この同時検査の装置は関西でもそう多くないが、自宅の近くの病院にあって一人一回\76,000-と前回より安くなっている。保険が効かないから全額負担だけど成長した癌を発見してから治療することを思えば結果は安くつくのじゃないだろうか。

今年は予約でいっぱいで一月中旬の検査。今年は良くないことが多発するので調べる気になったけど結果は来年に持込だ。



薪ストーブのことが沢山載っている雑誌を買った。家で火を焚くようになって五回目の冬を迎えた。薪ストーブのある充実した生活は雑誌を読むまでもなく熟知しているが、火に関する知識を深めようと買った。

薪ストーブのある家が沢山紹介されている。何処も家自体が天然木をふんだんに使い広々として、いかにも「自然派」といわんばかりの家。自分の家はもっと雑然としているから、ひがみかもしれんけど。

雑誌の掲載事項で抜けていると思ったのが薪の調達と保管方法。薪をすべて購入したら他の暖房よりも高くつくことや、濡れないように保管するのに最低限運ぶ という作業があること。必要な保管場所の広さは決して狭くはないことを書かないと「こんなはずじゃなかった」になりかねませんから。

それらを克服してその先にある幸せは書ききれないから設置するしか分かりませんが。

子供たち

百四十人もの子供が殺された。武装した集団が襲って乱射するなんてその場にいた数百人の子供や関係者にできることはない。恐ろしいのは犯行声明を出していること。即ち、子供を大勢殺すことを計画し指示している集団がこの世に存在すること。

いかなる理由があろうとも無抵抗の子供を殺すことは人の世で赦されることではない。計画し指示し実行した集団は撲滅されるべき。背後に宗教や政治が絡んで いるが、そんな主張などどうでもよい。集団も思想もこの世から抹消することを世界中の良心を持つものが協力して挑むべきです。たとえ集団の全員が犠牲に なっても当然です。

こういう事がいつになっても治まらず場を変え人を変え常に起こる。その事に対する根本的な施策はないのだろうか。そんな集団が生まれる真の原因はなになのか。考えれば考えるほど非力な自分が悲しくなる。亡くなった子供たちの魂を思うともっと悲しい。

にほんご

海外で聞く日本語は日本から遠ざかっているほど気持ちに染みてくるが、そのなかでもひときわジンとくる言葉がある。宿を発つときに英語も話せないイタリアの人から「Sa-yo-na-ra」と言われるとき。

出発の場面もあるだろうが、その優しく柔らかでとても爽やかな言葉の響きが、気持ちの奥底にスッと入ってきて、なんとも言えない気持ちになる。それが一度や二度ではなく何人もの方から聞いた。

「Sa-yo-na-ra」と言った人は意味は覚えてるだろうけどその言葉の持つ雰囲気に魅せられているように思った。この言葉に限らず、日本語の美しさは海外に出れば出るほど分かってくる。ともすれば日本の中で日本語で暮らすときには感じないこと。



これは今朝のスマホの切り抜きです。日本語の割合が肩身の狭いほどに減っています。報道関係者や小説家など特に公に文章を公開する職業に携わる方々の日本語に対する意識の低下が見て取れる画面です。やたらカタカナ英語を使う。

ここまで書いて自分が使う日本語の質を見ると「スマホ」というカタカナ言葉を使っています。昔は「携帯」が携帯電話の総称だったがいつの間にか変わった。それしか通じないようになった。日常で使われる名詞の変化がやがて形容詞に浸食してくる。

「Sa-yo-na-ra」を日本人が使わなくなる日を思うと怖い。

区切り

仕事の仲間が去ります。偶然にも二人が一緒に年末を区切りとして仕事をしなくなります。その一人は三年ほど籍だけ置いて仕事はほとんどしていませんでしたが。

私と三人は京都機械に勤めていました。独立するときに仲間になってくれて仕事を始め、25年間一緒にやってきました。京都機械の仕事を入れると45年の仲間です。

社員でなくなるけれども仕事の相談や緊急時には手伝ってくれるから別離というほどではない。でも今年は京都機械も倒産し、そこからの仲間とも区切りをつけるのだから大きな変化。

別れの寂しさは一粒もありません。気持ちもさっぱりしている。ただ、人の暮らしの大きな流れをみると、終わりに近づいていくという実感をひしひしと感じます。

二人の仕事の大半は私が引き継ぐのですが、即ち現役度が濃くなる私。

新しい仲間を見つけなきゃ。

重い



ちょうど一年前のこと。小屋を建て始めるとして配置を決めている写真。それからこの状態で一年間放置した。理由は「重い腰」

一昨日はボルトの穴を開けて組立用意。昨日は最も重い梁を二本渡した。柱三本と梁一本を組むと三百キロの重さで二人では立てられない。町の建築工事ではクレーン車で吊り上げますが我が輩にそのような道具はない。どうして棟上げしたか。

写真がありませんが柱を寝かせて梁と土台を組み立てて、山の大木にチェーンブロックを架けて組立品全体を引いて立て起こしました。成功。

この作業を何回も繰り返すと全体の棟上げが完成です。これからは重い腰にならぬよう、コツコツとやりましょう。

スマホのプレーヤー



今日はスマホの音楽プレーヤー。昨日のファイラーは X-plore です。

スマホがSONYだから標準でWalkmanが付いているが使いにくいのひとことで他を探した。Powerampの試聴版を聞いてみたが、高級ヘッドフォ ンで聞いて音の良さが気に入ったのと、どんな形式の音楽も何処にあっても探してくれるので決めた。使うほどに細やかな気配りが分かってくる。有料といって も5百円そこそこで、それでずっと使えるんだから安い。

スマホで気に入らないのが付いていたメモ。EVERNOTE というのだけど使用頻度が高いのに使いにくい。なにか良いメモないかなあ。

スマホのファイラー



スマホで撮った写真をパソコンにコピーしたり、パソコンからスマホに音楽をコピーしたり、PCとスマホの行き来は沢山ある。写真のスマホ用ファイラーは無 料で優秀です。まず、パソコンと同じようにツリー構造で表現してくれる。私には三十年近くツリー表現の奴隷だったから変えるのがつらい。

優秀なのはその事でなくコピー先が広いこと。パソコンとはネット経由で無線でやるからSDカードなど外さない。FTPもできてサイトの管理サーバーにアップもできる。自分は使わないけどネット上のクラウドサーバーも扱う。そして全て日本語化されているので迷うことはない。

ドイツかフランスか

やっと二ヶ月の旅が冷めた。すると心の片隅に旅の芽が顔を出す。世界を何度も見渡して、いちばん関心のある地が仏と独。仏のサイクリング情報はロンリープラネットを持っているが独はない。

ネットでサイクリング本を探すが簡単に出てこない。竿先が敏感に動いたのが独観光局のサイトでサイクリングルートが「More than 200 long-distance cycle routes in Germany」とある。長いルートでは950kmなんてある。宿も Bed & Bike という宿が全国にあってその案内もある。宿には自転車の修理道具も備えると万全じゃないですか。

http://www.germany.travel/jp/leisure-and-recreation/cycling/cycling.html

ドイツは原発廃止や国債を無くすなど国政としての優良な施策を次々に出すから自分の関心をぐんぐん引き寄せる国。最近なにかで読んだのは日本のように植林 して放置され死に絶えた森でなく、種々の木々を残して丁寧に伐採する林業と森の話を読んだ。そんな国に最大限の感心が沸いています。

花梨



近所の庭に成る花梨の実をいただいたのが半月前。硬い実で包丁に力を入れないと切れないから婆ちゃんには無理。カミサンも手が痛くなるのを知っているから敬遠する。ほっておくと実が悪くなるのでしびれを切らして私が切った。



大きめの鍋いっぱいに切った実を入れて煮込んだ後、果実を捨てて果汁だけにして砂糖を加えて煮込むところ。出来上がりは奇麗な赤になります。香りと酸味がほどよく整っていて、ほんの少しの渋みが野生を感じさせてくれるジャムになります。

二日も

家にいると外に出たくなる。ムズムズしていると久木野工務店の社長さんから伐採した梅の木を引き取りに来るよう電話が入った。

カミサンと行くとちょうど社長さんとバッタリ。梅林を買って造成中でどんどん持ってくるから持ち帰るように言われた。廃材の処分も大変だけど生木の処分はもっと大変。かとけんがお役に立つ場面ができてよかったね。

それはそうと旅行だったから自宅改造の見積をもらってない。来年の工事完成を決めよう。京都のマンションの改築も中途半端のまま。あれも久木野さんに引き継いでもらおかなあ。

元気と病気は

どちらも「気」という漢字を使う。

大気が流れて風となり、大気の流れが凝結して雲となる。大気が体を流れるときに息となって人の生命を司る。そんな気の頭にひとつの漢字が被さって元気になったり病気になったり。

元気がいちばんだと感じるのが病気の時。「気」よ、私の身体に良い具合に巡ってください。

休みのわけ

土日はたっぷりと山仕事をこなした。寒かったから着込んで火も焚いていた。それでも昨日は朝から鼻水。今朝は風邪熱で起きられなかった。インフルエンザだと迷惑をまき散らすので休みます。読者へのネット感染はありませんからご安心を。

先週は膝の激痛で病院を四回も出入りした。待合いで待つ間も「やばいなあ」と思っていた。風邪やインフルの人が来る場所だから。インフルエンザだと高熱になるから今日明日に分かるはず。

あ~あ、またもや身体の故障。

鳥と分かち合い



この柿は渋柿でも実が小さいから干し柿にしても種ばかり残って実がないから何もしないでいた。いつも鳥がついばんでいるのを見るのと、落ちた実をタヌキが食べているのを一回だけ見た。

今年初めて柿のジャムを作ってみます。皮と種を残して実を炊いてみる。農産物直売などでたまに見かけるが買ったことがない。柿の風味がジャムの味になったら来年からも作ります。山で採れる実の活用がまたひとつ増えるぞ。



朝一番の私の役割になっている薪ストーブの火入れ。早朝が一番冷え込むから朝が早いほど快適になる。色温度が赤から青になってくると完全燃焼で高音。



暖かいのが大好きなのは人も猫も同じ。グーちゃんの朝一番は私の膝上でゆっくりしながら暖をとる。

朝は九時頃まで焚くと暖かくなるので夕刻まで消します。

MRI

激痛から中二日でここまで良くなるかと感心するほど痛みが消え歩行も平常に戻った。これならMRI撮影も不必要かと思ったがせっかくの機会だし撮った。

先生が診ると痛みの傷跡は残っているがもうすぐ消えるでしょうと先生も治癒の早さに感心。関節上部の骨に打撲のような強い圧力跡があることと、水がほんの少し貯まっているが気にすることはないと言われた。関節組織の組成など色々質問して知識は膨らんだ。

思いのほか関節が若いことに安心した。あとは自己リハビリをして完璧に戻します。よかった、よかった。

道具の手入れ

家に居るけど何か動きたい。身体全体を使わなくともできること。普段怠りがちな刃物研ぎをした。



炊事場に砥石を持ってきてノミとカンナの刃を研いだ。ヤフオクで中古を買って山の小屋に置いていたから錆も廻っている。買って一回も研いでないから切れなかったけど、丹念に研いだら一人前の道具になった。

刃物が切れるようになると抜群に仕事がはかどるし仕上がりも奇麗。何より使ったときの切れ味はとても気持ちが良い。

どんな大工さんが使っていた道具なのか、その頃は手入れを怠ることなくピカピカに研いで家を建てていたんだ。そんな道具が巡って私の手元にある。錆びさせるなんて失礼だぞ。

膝が動かせないときも、こうして何かをやりたがる。じっとできない性分なんです。

経過

少しは膝を曲げられるようになったが歩行はかなり苦労する。無投薬で自己回復していることが嬉しい。

人の身体の部位というのは、なにひとつ無駄はないのだと改めて思う。そのひとつが機能しないと他の部位に悪い影響を出して次々と崩壊していくのがよく分かる。

身体を構成する数々の部位は非常に綿密に設計されている。もし人がこれらを設計しても、こんなに完璧に動作し続けることはないだろうし一部の欠陥がすべてを壊す原因になって寿命は数年じゃないだろうか。

自分の骨の写真を見た瞬間に「きれいだ」と声を出した。今にも動き出しそうな曲線の連続と骨と骨のつながりを見ると芸術品にも感じた。身体には失礼だが火に炙って焼いて食べたら美味そうだなとも思った。

代わりの身体は作れない。貴重な自分の身体。磨り減っても折れても大事に使い続ける気持ちで身体のすべてを大切にしよう。

急変

近くの診療所でお昼にレントゲンを撮って膝を診てもらった。先生は丹念に写真を見ながら「何処にも悪いところはないですね。摩耗もないし年齢の割に整った関節です」とお褒めをいただいた。痛みは使いすぎではないかとのこと。

帰宅して一応の安心をしながら夕刻に散歩に出た。1kmほど歩いたところで膝に激痛が走って倒れそうになった。その場で様子を探ると膝を真っ直ぐ立てては歩けるが少しでも曲げると痛い。足を棒にしてなんとか帰宅。

横になって考えたがもう一度診てもらったほうが良いので診療所へ。先生も急変に驚いて痛みの場所を特定診察。関節に半月板があるが其処に傷ができている可 能性が高い。昼に撮った写真には出ないからしっかり診るには別病院でMRI検査が要ると言われた。三日後に近隣病院でMRI撮影の予約完了。

それまでの生活注意を聞いた。松葉杖で歩行する。痛みが激しいときは薬をのむ。無理に関節を動かさないで運動を減らさない。と、病人生活です。今日は出勤できないので自宅からネットで仕事をします。

あ~あ、最悪や。

膝の痛み

旅行中の九月半ばに左膝に重い鈍痛が始まった。運動にも生活にも支障のない軽度の痛みだった。帰国しても消えない痛みが少しずつ重くなってきた。深く膝を曲げると痛みがはっきり出る。

筋肉の強化もストレッチによる柔軟性の確保も効果は見られない。今日、病院へ行きます。老化による関節組織の摩耗が原因か、水が貯まったか、なにか組成の変化か。きちんと分けを確認して対処しよう。治るとよいのだが。

兄弟喧嘩



下の孫が成長するにつれお姉ちゃんと喧嘩をするようになった。極々ふつうの兄弟だけど性格はずいぶん違う。お姉ちゃんはしっかりもので妹はちゃっかり屋。

なにが喧嘩の材料になるのか、そこまで見ていないが思い通りにならないから喧嘩なのだろう。子供だから理性を働かせて譲るとか赦すということを知らないんだ。ましてや自分を見つめるなんてできっこない。

そんな事を考えていると、大人になっても譲るとか赦すとか自省することができない人もいる。いつ頃どうして覚えるんだろう。教えても自分のものになるには自分自身が納得しないと覚えないことだからなあ。

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