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頻尿

かなり前から夜中にトイレに行く。四十代でも行っていたと思うのはビールを飲んでから寝ていたから。今も夜中に一二回トイレに行く。九十歳の婆ちゃんは一回。カミサンは行かない。老化の具合が進んでいるのか私の回数が一番。

昼間も回数が増えて辛抱できない症状にもなるらしい。薬を使わない場合筋肉トレーニングで改善すると何かで読んだ。肛門の筋肉を力を入れて抜いてを繰り返し、ギュッと締めたまま時間を置いたり。

毎朝のストレッチで直立して足首を伸ばして背伸びする筋トレの時に同時に肛門筋肉も鍛えている。年末頃から始めて半年くらい続けたが、確かに改善しています。以前は夜中に三回くらいだったから。

私は薬が嫌いでそれでしか選択肢がないとき以外は自己回復力で対応する。肛門筋肉と頻尿が関係するなんて思いもしませんでした。

交換

五月に無理をして旅行に出たら自転車の準備も不十分だったと書きましたが、これが実態です。


写真上の自車ギアは六万キロの走行後状態で、特にインナーはトコトン減って指が刺さります。写真下が新品の刃の形状でどれほど減ったか一目瞭然。これ以上減ると運転中にチェーンが外れます。

クランクセットを買い換える必要はなくチェーンリングだけを交換できるのですが、それでも純正品は高い。互換性のある他のメーカーの中古品を探しています。大小のチェーンリングセットで四千円ほどかな。

これで六万キロも走れるんだから安いもんです。ただしチェーンも後輪のギヤも交換するから1万円は越えますが。

涼しく動きやすく

冬につなぎの作業服を愛用したが今は暑いから敬遠する。ベルトがなくてゆったりして動きやすいつなぎ。ベルトのところで空気が停まらないから冬は暖かい。逆に夏の長ズボンはベルトで熱気が溜まって暑い。


そこでオーバーオールを買ってみた。サロペットとも云うのですね。値段が二千円そこそこで着てみると動きやすいし涼しい。

これは夏に使えるぞと二色買った。カミサンにもと思って勧めるがあの方は冒険が嫌いだから断られた。つなぎも言語道断でボツでしたから。

変わっていく

スタッフで身の回りで不幸なことが多発した女性は自身の癌発見で一気に気落ちして仕事は遠ざかっている。癌の深刻化を避けるのに一生懸命でそれ以外に気が回らないのはよく分かる。

稼動を始めたシステムの開発に携わったプログラマーの一人は創立当時から我が社の仕事だけをやってくれている。今回のプロジェクトで今までにない苦労があったり、重大な瑕疵が見つかったりして気力をなくしている。

癌の女性もプログラマーも私よりは若いが六十歳は越していて昔だったら隠居の年齢だ。私も体の衰えを微妙に感じるこの頃で老いへの対応にエネルギーと気力を注ぎ込むようになっている。

誰しもが通り過ぎる舞台だけどどんな境遇に置かれても「光っている」自分でいようと心あらたにしています。明るく、力強く、朗らかで楽しい老人でいようと。

きれいに

口髭を落とした。手入れしていて短く切りすぎて不格好になったのでそのまま剃り落とした。スッキリした。

のぞみちゃんに「お爺ちゃんの髭、どう?」って聞くと「似合わない」ってはっきり言う。そういえば髭を生やしたねと云われたのが一回だけでその時も似合うとは云われてない。だから似合うと云われたことが一回もなかった。

しゅん。

主張



東京の山西さんが大阪でトークショーをするというので行ってきた。小山さんという方と二人がイスラムとキリストの宗教に関わる話だった。

その内容はさておいて展覧会やトークショーを何故やるのだろうと考えていた。写真家としてそれらは自身の作品やその背景を世に知ってもらう機会を自ら作っていると云えば単純だけど、職業であってもそれだけが目的ではないと思う。



人は好むと好まざると生きていること自体が他になにかを発信し主張している。その発信を積極して行う場合が展覧会やショーだと思う。私のこのサイトへの書 き込みも自らの生き方を発信しているのだが生きていることを表現しているだけで他意はまったくない。

その発信自体に人の生きる姿を確かめているのだと思っている。二人のトークショーも、どんな感じ方をもって宗教や異境の人々を見ているかと聞いていたが意外に驚かされたところがあった。それでいいんです。

なにを書き込むか



「こゝろノート」が来ました。縦書きで右から左へ書く用紙。こういう書き方は初めてでパッと感じたのは書きにくそう。

漱石やその時代の方々はこの用紙を使ったんだけど、いつの時代に今の横書きに変わったのか。百年というのはそういう文化も変えているのですね。

再生


伐採した柿の木はこれでも高さが2mほどある。なぜ伐採したかと云いますと周りに孟宗竹が繁殖して日陰を脱出しようと樹高が30m以上になっていた。


これが在りし日の柿の木の姿。周りの竹は全て切ったが柿の実は成っても高すぎて収穫できないし手の施しようがなかった。昨年は他の柿の枝を幹の下部に接ぎ木して芽を出させてから上部を切る段取りだった。でも接ぎ木も不成功。

もう五十年以上生きている木だから地主さんとも相談して伐採後に芽吹くことを期待して切ったのです。春が来て他の柿の木は葉が茂ってきたのに切った柿は芽吹く気配がなく植えた方に申し訳ない気持ちでいた。


ところが昨日見回すと幹の途中に一箇所の芽吹きを発見。さっそく鹿除けの金網を張って食害を防いだ。実が成るには相当年月かかるけど柿の木として再出発ができたのだから植えたご先祖様にも申し訳が立ちました。

再会

五月をキャンセルして九月は航空便の都合で四日延びた。サルディーニャで前回にお世話になった宿まで足を伸ばせるので泊まりたい旨をメールした。

日程と前回の値段と同じかを書いてメールしてからbooking.comを見ると60ユーロが80ユーロに上がっている。急いで80ユーロでいいのですよと追加メールした。



返事は英語のできる娘さんからで再開できる喜びと前回と同じ値段でよいことが書かれている。文面から気持ちがありありと伝わってきてとても嬉しい。

こんな心の行き来が旅で生まれるようになって、それだけでも旅に充実を感じます。

無料です

朝日新聞に漱石の「こゝろ」が連載されているが一週間ほど前に「こゝろノート」を差し上げますと書いてあった。切り抜きを貼れるページ数の特製ノートで新聞店に申し込んでくださいとあったからポストに貼り紙をして配達員に申し込んだ。

昨日の新聞には申し込みが多くて増刷中とあり、今から申し込むと三週間かかる人気だと。切り抜きを貼るんじゃなくって他の使い方をするんだけど、そういうもくろみの方も多いのでしょうね。

無料だから新聞とっている方は申し込んではいかがですか。って、こうしてモノが増えていくんだ。

捨てられない

気になってるが手をつけていないことがある。使わなくなったモノのこと。着るもので例えればビジネス用の何着ものスーツやコート類。冬用の重いセーターはフリースを着だしてから使わない。上等の手編みが三枚ある。靴もたくさん持っているが履かないで下駄箱を占有している。

着ているものや履き物の中古はヤフオクでも滅多に売れないだろうし捨てるにはもったいない。この状態がずっと続いているのだが私がこの世に居なくなったら誰かが処分に捨てると思う。ならば再利用できない物は早いうちに捨てるべきじゃないのか。

母親が死んだときに残された物を整理したがほとんどが捨てる物。整理することを残すのは自分の不始末を残すことだからな。

結実

植えて二年目なのに早速と結実している。


桃は三月に沢山の花を咲かせたが樹高1mの幼木だけど鈴なりの実をつけた。自然落果するけれど二三個を大きくしてみる。


ブドウは一種が結実したがあとの二種も遅れて実をつけるはず。


甘夏が実をつけるとは思わなかった。ジャムにすると香りと酸味が好きなんです。レモン、スダチ、梨、リンゴ、イチジクは今季は無理。

植物も動物も昆虫も地球上で我が身を存続させるべく盛んな遺伝子継承の営みをするが、こうしてみるとたくましく感じる。

無理は駄目

今日の午後、フランクフルト便に乗る予約だった。

今日の出発で行けないことはなかっただろうが仕事は完璧に終わっていないから後ろ髪を引かれる思いは強かっただろう。体力の作りも不十分だったし自転車などの準備も仕事の隙間でやったとしても不安を残したと思う。

秋に変えたことでゆったりとした気持ちになれて、お客さんの反応も良い。体作りを含めた旅の準備も余裕があるし言うことなし。費用は五六万かかったけど変えてよかった。

秋の旅は万全の準備と体調で臨むぞ。

日々是人生

昨夜から孫ののぞみちゃんが泊まっている。久しぶりに三人が川の字になって寝た。我が家で週末に泊まるようになって四年になるが日に日に成長していくのが手に取るように分かる。

図書館で絵本を借りてきて寝床で読むのは卒業したみたい。間違い探しという本を持ってきて一緒に探すんだけど私は絵本のほうが好き。こればかりは自分の勝手で「絵本にしなさい」とはならないんだなあ。

何歳まで川の字になって寝られるのか。まさか二十歳はないんだから今日を楽しむんだ。もうすぐ小さい方の孫が来てやかましい一日が始まるぞ。夕方までやかましいぞ。

重傷

一昨日に草津の眼科医で詳しく診てもらった。角膜が上から下に刃物を使ったように真っ直ぐ切れているのが画面に映しだされた。目の真ん中で傷は深く角膜上皮を通り越して角膜実質まで切れているらしい。

目の中心の傷だから視野が曇ると言われた。角膜上皮は治癒するが角膜実質の傷は視野に曇りを残すかもしれないと。コンタクトは一週間ほど極力付けないようにと忠告。即ち運転ができないから会社は休みます。

お医者さん曰く「この傷は痛かったでしょう」って、確かに痛かった。

変更費用

五月出発を九月に変えた費用。宿二軒が全額没収で三泊合計\26,000-。他の宿は期限内取消でゼロ。船が4航路中2航路は追加変更料を払って乗れたが残りは没収。船は変更費と没収で\13,000-。



欧州には船会社が沢山あって同じ航路を複数の会社が運行しているから乗れる船を探すのがたいへんで、イギリスのa-ferry.comという会社が世界中 の船会社の予約を一手に受けていて航路やスケジュールや費用が横断的に分かるのでそこで予約をした。

料金も船会社と同じだから便利さを買っていたが今回のように変更とキャンセルで船会社と大きな違いがあることが分かった。船会社は変更は無料だしキャンセルも10%で済んだ。あとの祭りです。

イイワケになるけど飛行機でも鉄道でも取消や変更料まで調べてから買うってあまりしないよね。

医療

目の痛みは和らいだけど視野が濁っているような気がするのでもう一度目医者に行こうと思う。眼科も内科も歯科も京都に住んでいた頃の京都市内のお医者さんを変えていない。

大津にすんで京都のお医者さんに診てもらうのは距離から時間がかかるのと、もっと高齢化して車に乗らなくなったら益々行きにくくなる。そろそろ近くのお医者さんに変えようかと思っている。

さしずめ眼科だけど地主さんが良いと云われる近くのお医者さんへ行ってみるかな。

怪我

日曜に山で木を伐採していた。大きな白樫が倒れるときに普通は予想する方角に寝ていくがその木は真下に落ちてきた。頭に覆い被さる枝を手で除けたが古い枝が目に刺さるように入った。

一瞬「しまった、やってしまった」と痛い目をかばいながらカミサンに具合を診てもらう。大きなゴミが目の中にあってコンタクトは飛んで出て無い。痛くて目 を開けられないが視力は大丈夫の様子。水で目を洗い飛んだコンタクトを二人で探すと不思議に見つかった。

家に引き返して鏡で見るが眼球には異常はなさそうで瞼の裏側に傷がある様子。月曜は痛みを辛抱してコンタクトを入れて会社に出たが痛みが増すので最小限の仕事をして医者に行く。

今朝は昨日よりマシだけどコンタクトを外す方が良いので休んで自宅にいることにする。眼球を損傷していたらと思うと......。

これからはもっともっと気をつけて作業せよ。

恋から

地主さんには三人の娘さんがおられて下の二人は嫁いでおられる。長女は独身で結婚の様子がなく地主さんは養子に来てくれる人もいないし「先祖代々続いた農家も俺で終わり」と肩を落とし消沈しておられた。

昨日の会食で「娘が10月に結婚するんです」と打ち明けられた。職場のお客さんの紹介があって恋愛中だと。しかも同居して農業をやると云ってくれているらしい。

私もうれしくてうれしくて心底「おめでとう」と申し上げた。若夫婦とも心地よいお付き合いを心がけて皆がシアワセになりますよう勢を出します。

今日は娘さんに手紙を書こ。

爽快、壮快、そうなんかい

久しぶりの全日山。孫も上機嫌で遊び回って、婆ちゃんも孫に付いて廻って、カミサンが目を離せないと一緒に動く。私はちょくちょく孫の相手もするが山仕事に熱中。

今日も朝から山に入るが夕刻からは地主さんご夫婦と近江牛を食べに行く。私は肉より魚が好きだけど地主さんは肉。だから今日は美味い牛肉を食べる。楽しみだなあ四方山話と近江肉。

旅の再準備

旅の旅程を決めました。行くところは同じですが十月に入ると船便がなくなるのでコルシカ島とサルディーニャ島をローマの前に持ってきた。

日数が4日延びたのでサルディーニャでお世話になって再訪したい宿などを廻ります。宿はフィレンツェとローマとシエナの予約が完了でその三箇所で23泊と旅の半分ですね。宿代は6月より二三割上がっています。

日程追加で他に行きたいところがないか再点検して分かったのだけど今回の旅で訪れる世界遺産が六カ所もあった。元々世界遺産を選ぶより避ける気持ちが上回りますし世界遺産を調べてから旅程を組むようなことをしないのに六カ所もある。

どうしても人混みの中の観光旅行が滲み出るでしょう。

力持ち


七万で買った軽四は山の道具で一番の活躍ぶり。大木も薪も運ぶし石も運ぶ。後尾に自作の板と重しを付けてブルトーザにも使う。この四駆なしでは仕事にならない。

十日ほど前にセル始動ができなくなって他車に接続して動かした。先日からウンともスンとも云わなくなった。京都で世話になる修理屋さんで聞くとメインヒューズが飛んでいるかもしれないと予備を持たせてくれた。今日は会社が休めそうなので修理してみる。

先々日に地主さんの田植えを手伝ったときに動かなくなった車のことを云うと「あそこに見えている青い軽トラを売ると聞いているが.....」と携帯で持主に電話してくれる。なんと三万円で売ってくれると。

四駆でしかもカミサンでも運転できるオートマ。こんなところにも運の巡りが潤滑でありがたいことです。広い山に二台の軽トラがあっても何処にでも置けるのですよ。税金も保険もいらないし。

お手伝い

三年前に七万円で買って一度も故障無く山で活躍した四駆の軽トラが動かなくなった。昨日は早退して山へ修理に向かうと地主さんが途中の畑で田植え中。

奥さんがいなくて一人だから「なにか手伝いましょうか」と声をかけて空になった苗箱を水路で洗い始めた。地主さんは喜んで手解きをしてくれる。二時間近く洗って夕刻になると奥さんが「葬式から今帰ったのよ」と一緒に洗った。

田植えもこの畑で終わりらしく一段落を締めくくって四人で美味いものでも食べに行こうという話になる。田植えに寄って車の修理はできなかったが喜んでもらえる手伝いができて上出来の早引きでした

再開始

たっぷりと山の空気を吸い込んだ一日。暑くなく寒くなく、動くと汗ばむくらいの最も過ごしやすい季節の連休がありがたい。

今日からお客さんの会社に浸かりっきりの日が始まる。たぶん十日もすれば落ち着いて半分は行かなくても済むようになるだろう。でも、次の仕事の稟議が下りたのでその開発に着手する。

今回の不具合多発のような複雑な仕組みはないのだがWindowsから離れてアンドロイドでの第二弾はタブレットを使う。そんな新環境の難しさは隠れているから油断はできない。

九月まで引き摺るなんて絶対にやるんじゃねえぞっ。

五月の連休、最終日

連休で休むのが今日だけ。休めないと思っていたから今日だけでもうれしい。本番再開の目処がついた。やっと休めるまでに漕ぎつけて体の拒みが薄らいだ。

さあ、やりたいことが山積みだぞ。天気もいいから自転車で山へ行って気の向くままに山を遊ぼう。

他界

センチュリーのワイパーゴムの交換にトヨタへ行った。FJを営業したのが西崎さんという40歳くらいの方で事故の処理やセンチュリーの整備など世話になってここ二三年は私の家にも度々来て無駄話もする仲になっていた。

今年の正月にフェアがあったので滋賀本社へ家族で寄ると「私、支店長になったんです」と改めて名刺をくれた。その後、連絡がないのは支店長になって忙しいのだろうと思いそっとしておいた。

ワイパーのゴムを替えるのを待つ間に「西崎さんを呼んでくれますか」と云うと「西崎は亡くなったのです」と云われた。「えっ」と云ったまま信じられないから「亡くなったって」と聞き返した。

「一月に心不全で.....」。正月に会った直後に死んだんだと思うと可愛そうで可愛そうで涙が浮かぶ。奥さんとお子さんも一緒にヨットに乗って遊ぼうと 約束していたのに....死んでしまったんだ。連絡がないのはそんなことだったのかと沈み込む気持ちが戻らない。

名古屋の武田さんといい西崎さんといい、俺よりずっとずっと若いのに他界してしまった。俺より先に死ぬな。

逆転

飛行機の予約変更はファミリーマイルの場合はネットでできないので会社から電話した。「変更の9月1日フィレンツェ行の便は空きがありますが帰りはいつ頃にされますか」「10月終わり頃で...」。カチャカチャカチャと電話口にパソコンの音がする。

「10月終わりから11月を見ましたが空きがありません」「9月はどうですか、あれば出発を早めます」「カチャカチャカチャ.......8月から11月まで1席もないですね」.......

万事休す。冬の寒さの中を自転車旅は辛いから三千マイルを払ってキャンセルしてマイルを戻してもらいました。このやりとりをスタッフが聞いていて「行けな いのですか」と残念そうな顔で同情してくれる。私は「こんな時もあるよ。出直しだ」と締めくくった。

家に帰ってから関空発着じゃなく中部発着を調べようと思ってネットで9月から10月の席を探すがない。この旅は諦めだなと思いながら念のため無いと云われた関空発着を確かめる。

9月1日の出発便は云われたとおりに有る。帰国便を11月以降年末まで見るがやはりない。10月末から9月に向かって日を減らしながら見ていくと10月28日にビジネスで1席だけ空が有るじゃないですか。



目を疑いながら有無を云わず取ってしまいました。電話のあとにキャンセルが出たんですね。こんな具合にラッキーな旅になることを願って..

秋に行けるぞ、バンザ~イッ!

急死

毎日行く不具合対応の会社は十五年前に全社システムを開発した。全国の支店にもシステムを入れてネットワークを組んだ。名古屋支店でお世話になった武田さんは熱心で親切な四十前の方。何回もお会いしてお酒も呑んだ仲だった。

先週の月曜に本社営業へ入ると雰囲気がおかしい。部長に「何かあったのですか」と尋ねると「名古屋の武田さんが死んだ」と....。
聞いた瞬間「うそっ、なんで」と口からでた。

日曜に胸焼けや吐き気がするので自分で運転して救急病院で診てもらったが、聴診器だけで「異常はなさそうだから明日もう一度来てください」と云われた。帰宅して夜半に布団の中で心筋梗塞で亡くなっていた。

そんな馬鹿なと誰しも云います。救急車を呼んでいたら助かったのか、診た医者はほんとに医者なのかと悔しさは増すばかり。営業の皆がしょげていたが私も半日は心が沈んでしまいました。

武田さん、どうか安らかに眠ってください。

旅の作業

全ての宿のキャンセル完了。ここまでを一日でやってしまって気持ちはすこぶる軽くなった。船は戻ってこないので予約のまま。

あとは飛行機を秋に変更予約すること。今日明日にもそれをやってしまおう。そうすればボチボチと船やバスに合わせて行程も決められるし宿の予約に移っていける。なんぼなんでも秋までこの仕事を引き摺ることはあるまい。

連休は納得いくまでテストに没頭する。

旅のキャンセル

内田洋子さんのイタリアを書いた本を何冊も読んだのが正月。二月の終わりにトスカーナに旅の感心を示したのが今回の旅の始まり。四月の消費税切替と大きなシステムの本番開始が三月で五月の終わりには落ち着いていると思って予約した。

システムは本番開始にもかかわらず次々と不具合が見つかる。昨日にも大きな問題を見つけた。そのリカバーに取りかかったがグチャグチャに壊れているデータベースを見て、恥ずかしいが再度テスト時間をいただいて再出発が最善であると判断した。

今朝はお客様の責任者にお会いして謝罪し、連休中に再テストをして7日に再開始をしたい旨お願いにあがる。7日は出発の10日前になる。混乱のないようにしっかりとした準備をするが何が起こるか分からないのが開発と本番の時期。



そんな最中に出発しても楽しくはないだろうし身勝手すぎると思う。昨夜に欧州55日の旅を中止すると決めました。これからキャンセルを入れます。

読者の皆様にも右往左往するこの頃と旅への感心をとぎらせて申し訳ありません。航空券は日程変更なら無料でできるのでキャンセルでなく秋に日程変更をしておきます。秋には行けると思いますが、行けるように努めます。

これも人生。

試験走行

ハーバーと温泉へはカミサンに運転してもらった。スマホで走行軌跡を採る操作と画面の動きを移動しながら見たいから。



My Tracks という無料アプリは走行中、地図上に赤線で軌跡を表示しながら走行ログを記録してくれる。おまけに高低軌跡も見られる。これがうまく使えればガーミンGPS機能の半分はいらない。

帰宅してログをパソコンに移し替えようとするがファイルが見つからず時間切れ。会社のスタッフに聞けば成功すると思うから今夜には加工してみる。



ガーミンでは用意した走行予定路を線で見ながら走れるがスマホでそれができれば完璧にガーミンは要らなくなる。自ずと荷も軽くなる。万々歳なんだけど.......。

三台も使い続けた愛機とお別れが近づいた。様々な思い出を記録したガーミンは捨てないよ。

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