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練りもの


イタリアはトスカーナ地方に感心が向いている。フィレンツエとその周辺はあまり険しくない地形で古いイタリアが其処彼処にある地域。

エルバ島は小さな島で観光化されているようだけど帆船での旅の本に出てきた島で行ってみたい。昨年のサルディーニャで行きたい所が何カ所かあるし、島の北に位置するコルシカ島も調べている。

アドリア海の対岸へ船で渡れば痛風退散のクロアチアだ。行き先を決める今の作業は旅の最初の楽しい部分。時間をかけて練ります。

感染、観戦、いかんせん

下の孫がインフルエンザだと分かって昨日は母親が郵便配達を休んで看病。先週は上の孫がインフルエンザで母親は四日も郵便配達を休んだ。二週連続四日は休めないと我が家に相談にきた。

今日から治るまで我が家でインフル孫を預かります。即ち我が家の三人が感染する確率が高い。でも誰かが見てやらないと二歳児をほったらかしにできないよ。

最近のインフルウイルスはネット感染すると云うからこれを読んだ人はうつりますぞ。って冗談です。

いかんせん、来週は寝込むかもしれません。

キャンプイン

ヨットはシーズンオフでもメンテナンスの時期。


これは同一艇のメーカー写真で、これくらいのヒール(傾き)で走るのは常でもっと風が強いと気持ち45度ヒールする。


ヨットが風で転覆しないのは船底にキールという錘と翼を兼ねた鉄の塊があるからで、ヨットで酔わないのもキールが船の浮き沈みも止めて波を切って直進するから。ウチの婆ちゃんはバスでも酔うのにヨットでは酔わない。


これはドイツのオーナーが同一艇を建造中の写真でキールがはっきり見えます。右下はウイングが分かる別の同一艇。

私の艇のキール付け根にうっすらと錆のような滲みを昨年に発見した。鉄の腐食が塗装内部で進行しているかもしれないので冬のこの時期に塗装を剥離して磨いたあと錆止め塗装と船底塗装をハーバーに頼みました。

今週末に作業するとメールが来たので錆かどうかを確かめに見に行きます。ついでにセーリングと云いたいけれどこの寒さではやめた方がいいな。

いざない

五月には仕事の区切りもついているだろうと旅が頭を巡りだした。

ヨットの日本一周も頭の隅にあるけれどやはり自転車旅に気持ちは流れる。米国の砂漠は危険が伴うので躊躇する。やっぱり欧州の田舎を縫うように走りたいなあ。

風光明媚を求めるよりも人々の暮らしの中に溶け込む旅がしたいと、旅への傾きが変わってきている。昔の船旅は半年とか数ヶ月はあたりまえだったように、二ヶ月あればかなりの地を巡る旅ができるなあ。

仕事の都合さえ整えれば問題は無いのだし五月から七月にかけて長期旅行を練ってみようかと体が言い出してます。

国果ならぬ柿

昨日は月に一度の中央市場。冬なのに柿を売っている。イスラエル産と云われてもイスラエルから食品を輸入しているなんて初めて知った。


試食があったので一口食べると甘い。聞くと皮をむかずにそのまま食べるという。一箱買います。16個入って300円は安い。

市場のあと山へ行って孫達とおやつに柿を食べた。とても美味しい柿です。孫がこの柿が欲しいというので五個持って帰った。二箱なら五百円だったのに買っとけば良かったなあ。

不備

バリの事故を見て母船とダイバーの情報交換は無いに等しいと思う。母船は泡を追いかける。ダイバーが浮上したら笛を吹く。それしか情報がないと云うのが不備。

通信機器を必ず使うべきだと思います。水中では携帯などの電波は届かないから潜水艦が使う超音波で簡単な信号を送る装置なら直ぐにあると思うし、今の市販品なら 
http://www.fuji-us.co.jp/products/sea/fitphone.html 
のような会話機器もある。

今回のように距離が開いた場合のことを考えるとGPS機能を水上だけでも使って母船との位置関係を明確にすべきです。泡と笛だけが命綱という時代じゃないでしょう。

もっとも今回の船長が現場を離れていた疑いが出ていますが、そうだったとしても命を笛と泡だけに預けるのはおかしい。

お便り

[熊本 田上さん]
雪道不慣れな様子ですね・・・ポンピングと言う言葉ご存じだと思いますがあえて説明しますね。雪道の安全運転の一つでブレーキングの場合「ブレーキを踏 む、次いで直ぐブレーキ解放する、これを繰り返しながら車のコントロールを確保する」という運転技術です。

雪国を離れてすっかり忘れていましたが今日の加藤さんのHPを読んで思い出しましたからメールをしました。

[加藤建三]
ポンピングと言うのですか。大雪山めがけて大砲撃ってポンピングして、幌テントの寝床でひとりポンピングしてるのかと思ってたわ。北海道在住が永いんだったね。

最近の車はABSがみなついてるけどあれも踏んで緩めてを細かく繰り返して滑るのを防いでるんだよね。ABSは三回経験したけど気持ち悪いぞ。

滑る


またもや同じ場所で脱輪。今度は下りで滑った。二駆でも雪でなければ軽々と登ってくれるセンチュリーは車高を6cm上下できるので山に入るときは上げている。

今まで滑ることはなかったので不用心だったが残雪で滑り始めた様子。滑り始めるとついついブレーキを踏むが車輪の回転が止まるから益々滑る。ブレーキを離せば滑りは止まるけど無意識に踏みますね。


滑ったあとが1.5mも残っていた。


幸い間一髪で土壁に衝突しませんでした。

後方の桧にチェーンブロックを結わえて引き上げますが、この車無茶苦茶重いよ。

バリ

五人生存のニュースが目に入ったとき胸にギュッときた。四日目で生きていたことが奇蹟のように感じた。

死んだのだろうな可愛そうになあと思っていたから生きていたことがとても嬉しくて命の細さと太さを同時に感じた。飲まず食わずで四日も持つことも不思議です。

インストラクターはあとの二人を含めた生還を思ってやまないと云う。その責任感もすごい。力を貸してくれるインドネシアのみなさん、心からありがとう。

どうか残る二人も助かってください。

雪害

大雪の被害は予想以上に大きいようで全国的に死者が増えていますね。雪質が湿った重い雪で山の竹が何本も折れた。雪の重みで竹が割れて倒れるなんて見たのは初めて。


庭のハナミズキの大きな枝が二本も折れた。葉がない時期で積もる面積が狭いのに折れたのはよっぽど重かったんだ。

最近は大雨など被害が伴う異常気象が目立つ。誰も原因を特定できないけど人間の過度の経済活動が与える地球への悪影響も原因のひとつだと自分は思う。微妙なバランスで地球の環境は成り立っているのだから。

自然から人間への警鐘です。

終わりのない登りはない

昨日は午後から久しぶりに青空が出た。やっぱり気持ちが晴々とする。

五里霧中の仕事だが先週に困難な部分を作り終えて今日からその試験。たぶんこれで仕事の山は越えるはず。大方の難儀を紆余曲折しながらも辿り着いた感じ。今週中には明るい見通しが立つだろう。

二月は逃げる、三月は去る。四月に終って五月には思いっきり遊べるようになると期待に胸を膨らませる日々。 さて.......。

桐生・四季

二週連続の雪。二週とも桐生の山に入ったが写真を撮りたくなったのでライカのデジタルを持ち出した。

今までにライカで気持ちよく撮れたのは数枚で、ほとんどが気に入らない写真になる。どういう訳か分からずに使わないのはもったいないので限界に挑んでみようと思った。しかも桐生を撮って.....。



最初が雪景色でも曇天で融け始めの雪だから暗いけど...。



そのうちの三枚です。



これから桐生を撮り続けてみようと思っています。自然の息遣いを感じて光や風を捉え、写真に温もりや寒さを取りこめるか。まずは自分が感じ取ることから始まる。

作家


昨年のベネチアビエンナーレ展に召喚された陶芸の澤田真一さんが近江で制作されていることは分かっていたが場所まで知らなかった。新聞に栗東で展覧会があるというのでグーグルで探すと作業所が直ぐに出てきた。


なんと桐生の山の近くじゃないですか。車で十分くらいのところに穴窯があってその小屋で制作されていると分かった。

早速、栗東の展覧会に行くと澤田さんを陶芸に導いて今も指導されている池谷正晴先生(80)がおられて二時間ほどお茶を飲みながら話ができた。窯と作業所は冬の間は寒いので開けていないが四月から澤田さんも来られるとのこと。

いやぁ、驚きました。真近くに国際的作家の窯があるなんて。池谷先生から春にぜひ窯へ来てください、お会いしましょう。と案内いただき嬉しかったです。

帆船旅


この本は内田洋子さんとシルベリオ・ピズの共著で木造帆船でイタリアをグルッと回る実話。だけど内田さんは一回も出てこなかった。


前回読んだ「ジーノの家」の最後にラ・チチャというこの船が出てきて内田さんは六年間この船で暮らしたとあった。

著者で船長のシルベリオ・ピズがサルディーニャ島出身の甲板長とともにグルッと回るイタリアは旅の姿の原点を思わせる素晴らしい旅で、寄港地では友人知人と織りなす楽しい出来事が綴られている。

一気に読んでしまった感じで益々イタリアに飛び込みたくなりました。今日は図書館へ本を返して内田さんの次の予約本を持って帰ります。

人生

朝、会社に向かう車でふと人生の転機を考えた。もう大きな転機はないだろうが今までの転機を考えていた。

一番の分かれ道を考えるとき、やはり母に捨てられて大阪の諏訪ノ森駅で待った幼い日々と無一文で舞鶴に帰り着いたことを思った。あの時に舞鶴へ向かわずに大阪で暮らしていたらどんな人生になっていたんだろう。

母や父に捨てられて小学校から親戚で育てられたら、きっと重くて暗いものを背負って生きただろう。そんな方向に行かず、母の舞鶴に向かって無一文でどうして帰ったか覚えていないが、辿り着いたから今があると感慨深く思った。

車が大津の交差点にさしかかって向こうから県の障害者送迎バスが来たので道を譲った。前を走るバスが停止したので後ろで待った。ふと歩道を見るとリュックを背負った孫くらいの女に子が若い父親に手を引かれてバスに向かって歩いている。

女の子はバスに乗り父親は素敵な笑顔で我が子に手を振って送っている。この親子は障害というとてつもない重いものを一生背負って生きていく。その重さを逃れる岐路はない。それまで考えていた自分の転機や岐路と比べて.....。

きっとこの親子もすべての困難を乗り越えて立派に人生を全うされると信じてやまなかった。心底から応援の気持ちが沸いて、うっすらと涙ぐんでいた。

幸せはどんな境遇にあっても訪れると二人に伝えたかった。

遊びかどうか


池の向こう側の暗い植林地を見てください。この池は水田を拡げるための二つ目の用水池。水田が完成後に池の向こう側の山林に桧を植林された。年輪からする と五十年くらい前の植林で間伐や下枝切りの手入れは数十年行っていないから真っ暗な森になってしまった。

日本中の植林地がこんな状態です。真っ暗だから地面に草も生えない。落葉樹もないから微生物が生きられない死んだ地面になっている。微生物がいないから昆 虫もいないし小動物や蛇でさえいない。売れない桧や杉だけがどんどん伸びて枝葉を思いっきり拡げ、高い木は三十米以上になる。


ここを間伐して陽が差し込む地面にすると微生物や昆虫が生きてそれを餌にする鳥やカエルが戻ってくる。谷川には沢ガニも住める豊かな森になる。そこで生まれる源流が畑を潤し美味しい野菜やお米ができる。流れは豊かな水の琵琶湖に変える。

そんな循環を取り戻すには植林地の手入れから始めるしかないのです。


これは四駆の軽トラが通れる道を開拓しているところです。道幅に木を切って斜面を削る。山奥で間伐しても切った木を山から出せないと違った荒山になる。切り出すには車で運べることが必須なんです。

桐生の山をお借りして地主さんが一番感激しておられます。「加藤さんが手入れした後の山は私が四五十年前に暮らしていた山です。」「加藤さんはその頃の山を知らないのに手入れでその姿に戻してくれる。素晴らしい。」と喜んでいただいています。

畑も森も家も明るくなくてはいかん。森を明るくして人と人も明るいお付き合いができる。いいじゃないですか、力はいりますが。

山で遊ぶ力

伐採した大木を薪にする作業がほぼ終わった。何本の大木か数えていないがかなりの本数になる。


大きな池の上の水田跡をブドウ畑や野菜の畑にするが、イノシシと鹿を入れない防獣壁を兼ねて薪を積んで乾かしている。


この壁の高さが背丈くらいで厚みが薪3列と分厚い。長さが40米を越えるがこうして見ると城垣のようで豪快。地主さんも「よくやったね」とお褒めです。

植林地の間伐は森林としての環境を損ねるような密集をなくし地面に陽が差し込む程度に間引くこと。言わば「健康な森」にする。お借りしている山の植林面積は広くて健康な森にできたのは一割にも満たない。

それでもできた薪が三年分くらいの量。あと七年分くらいは薪を作っておきたいが陽当たりの良い場所が少ない。


そこで薪を乾かす場所を作っているところです。日当たりの良い尾根の斜面の木を切って清水の舞台を作ってその上に薪を積む。これも防獣の役割を兼ねる。

こんなふうに山で過ごす時間は力仕事ばかり。よく体がついてくるなって自分でも思います。カミサンも良くやってくれるとしっかり感謝。明日は山の続きをもうちょっと書きます。

皆に好かれて

昨夜の夕食は王将。社長が亡くなってから二度目かな。

今までに見たことのない気合いの入れようで皆が頑張っている。鍋を振る動作もテキパキとして注文が入ったときの返事もキリッと締まっている。しかもそんな仕事ぶりが休憩なしでどんどん進んでいく。

食べ終わるまでその気合いをガンガン感じ続けていた。お客さんも増えている感じ。ま、不幸が発生する前から客も多かったし店の方々の気合いも十分でした。

頑張ってください。

本番肩すかし

風邪で出たくないけど薪が少なくなって山の小屋へ取りに行った。積雪でも滑ることはないと高を括っていた。



代用写真は季節が違うけどこの場所で滑って立ち往生。写真に側溝はないが今は二十センチほどの深さで排水溝があって其処にも雪が積もっていた。

登りながら横滑りして溝に両輪とも落ちた。デフロックをかけたが滑って出ない。しかたがないのでチェーンブロックで引っ張って脱出。四駆だからと甘く見た雪の坂道。

納得がいかないので帰ってから取説を読んだら四駆モードが二種あって高速で走るハイモードで脱出しようとしていたがローモードがあることを知らなかった。 しかもデフロック以外に四輪の回転を合わせる機能も使っていなかった。必要ないだろうと思って読んでいなかったのが災いの元。

次は脱出できるかどうか。雪よ降れ降れもっと降れ。汗かいて脱出させたおかげで風邪は吹っ飛んでしまいました。

家の中は暖かい

熱はあまり上がらないけど節々や使いすぎた手や腰に痛みが集中する。寝てばっかりとはいかんので本を読む。

折しも借りてきた内田洋子さんの三冊目がある。イタリアを古い帆船でぐるっと一周する旅の実話。これが楽しい。行ったことのある場所が次々出てくるし、知らないところは行きたくなるし、海のことが詳しく出てくるし.....。

昨日一日で半分も読んでしまった。今日は外は雪。体も休めと云っているから本に遊んでもらいます。風邪は日にち薬ですから。

ついに

風邪をひいてしまった。夕食までは普通だったが悪寒にはじまって熱が出て朝は起きられず。

万事休す。

牛歩の一歩

ここんとこ、本気で寒い。

家は薪ストーブで暖かくパジャマ姿で家中を動けるけど、外に出るととても寒い。ところが山に入って作業で体を動かすと直ぐに体が暖まって寒くない。長めの休憩は体が冷えるのでお茶を立ち飲みするくらい。

会社から帰って夕飯までの時間でちょっとした作業をする。それが積もり積もって大きな結果が出ます。

今の大作業は小屋を建てることとブドウの棚を作ること。それに防獣フェンスで広い山を囲うこと。どれも大仕事で時間はかかるけど牛歩の一歩が結果を出す。寒いと云って家にこもれば一歩も前に進まず。

ジーノの家

今日の帰りに図書館へ返すのが二冊目の内田洋子さん。


この本は素晴らしかった。読み手を引きつけて離さないし一編ごとに読み終えた後に余韻を残す。グサッと来るしパッと切り替えされて唖然とすることも。

二冊を読んでこの方の日常感覚が面白いと分かった。イタリアの風が作者の心の中を吹き抜けている。滅多に本を手元に置きたいと思わないがこの本はそうなった。置いても場所をとるだけだからいつか図書館で借りて再び読も。

行くついでに予約の三冊目を借ります。内田さんのファンになっている私がいます。益々イタリアが好きになります。

お宝は

LPを順番に聴いていたが最近は同じLPを毎日聴く。といっても順に聴いて気に入ったLPに突き当たったらそれを毎日聴く。朝はクラッシックが多く夜はジャズが多い。

LPを順に聴いていてふと思ったのがCD。最近は買わないからずいぶん昔に買ってずっと聴いていないCDも沢山ある。じゃあ、順番に聴いてみようと回りだした。

ここんとこ毎晩同じCDを聴いている。キースジャレットの「At The Blue Note The Complete Recordings Ⅲ」。こんな素晴らしいCDを持っていたんだと宝物を発見したような驚き。聴いていて胸にジンとくる。

毎晩聴くけど毎晩違いを見つけるし毎晩同じところでこみ上げる思いをする。このCD以外にあれっと思ったのが数枚出てきた。宝の持ち腐れとはまさにこのことだね。

使い回し

昨夜は久しぶりのキムチ鍋。シチュー肉と野菜のスープを多めに作っておいたから、それをベースに。白菜キムチとコチジャンが決め手ですがスープが抜群のコクを出しました。

婆ちゃんはあまり辛い物を食べないけど餅も魚も白菜もバンバン食べてます。やっぱり冬のキムチ鍋は一回はやりますね。汗かきながらフーフー云って食べる鍋。

今日の夕食はキムチ鍋の残りスープでキムチ丼。

お友達

桐生の山で遊ぶ友達がひとり増えた。地主さんのお孫さんで竜王に住む四歳の男の子。昨日もお婆ちゃんに連れてもらって山に来た。

聞くと「かとうさんに会いに行く」って聞かないんだと。オタマジャクシの卵を見たり冬苺を摘んだり、ひととおり遊んだあと池の畔でハーモニカで遊んだ。貸してくれとせがまれて渡すと吹いて吸って上手に鳴らす。

傍で見ていたお婆ちゃんが「帰って買ってもらいなさい」と云ってた。お婆ちゃんは用事があるから早く帰りたいんだけど坊主はもっと遊ぶと帰らない。

一時間ほど遊んで「また、遊びに来る」と言い残して帰った。少しずつ遊び相手が増えていきます。

動いた

ついに衝動がでた。旅に出たいとしんみり思った。海や野山の風をうけてのんびりと走りたい。国内でも海外でも何処でもいい。気ままに走りたいと気持ちが動いた。

旅は逃避の一種だとやっぱり思います。仕事に少しピリピリしてこのままは嫌という気が射してきたんです。一段落したら飛び出すぞ。

夢の中で

お酒を飲んだ。お酒をやめて初めてお酒を飲んだ夢を見た。お酒をやめるときに「何度も飲む夢を見るのは辛いかなあ」なんて思っていたが一度も夢を見なかった。それが昨日初めて見た。

立食パーティーでいろんな方々とお喋りしながら食べて飲んでしているうちに、手に持っているグラスの中には発砲ワインが入っている。すでにグラスを傾けていた。ハッと我に返って目が覚めた。

「夢だったか」と気をとりなおしてもう一度寝た。朝起きてなんだか気まずい思いがうっすらと漂っていた。そのせいではないでしょうが、昨日はまたもや朝寝坊。

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