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家の手入れ

自宅は建売を20年前に買って二度の大改修をした。内部が主な改修で外壁は二度の塗り直しをしたが屋根の手入れは20年間していない。一部が日本瓦で大半は新建材で葺いている。

雨漏りなどの問題はないのだが耐久性から塗装をするほうが良い時期にきている。これが足場を組むのでけっこう高くつく。今までの大改修は建築したエスバイエルで行ってきたので順当ならば今回もそのはず。

強度に関係する構造まで関わる工事では図面はもとより細部まで知り尽くしている建築会社が適しているが屋根の塗装はそんなことを構う必要はない。思いついたのが薪材でお世話になっている久木野工務店さん。

さっそく社長に声をかけると「ありがとうございます」と頭を下げられた。昨日は担当者が見に来られて見積の段階に入った。どんな見積が出てくるのでしょう。

想いを深めて

船で日本を廻ることを考えるときにワクワクする自分を見つめた。

いろんなことに熱中してきたが仕事を含めて自転車にせよ旅の形にせよストーブや山の生活も次々と熱中することを見つけるものだと感心する。このかた退屈することを知らずもっと時間が欲しいと思い続けている自分が羨ましいくらいだ。

船で日本を巡る旅と冒険の世界も考えるほどに面白く、きっと熱中世界を創り出すと思う。でも即断するようなことではない。危険を含めて生活の変化や体を整える方法もしっかりと考えてから決めよう。

想い

グランドバンクスで日本の周りを回るには相当の燃料費が要ると分かって諦めたけど、ヨットで日本を回る思いは募っていく。

荒天時に出帆しなければ危険は少ないと思うが自分ではかなりの冒険に値する。だからそのことを考えると血が騒ぐ。寒くなく暑くない季節だけ走って船を旅先に置いて帰郷すれば何年かかってもいいじゃないかと思うようになった。

例えば五月に若狭を出発して日本海を北上する。東北で七月に入って暑くなったら一端帰郷して一年後に再開するという具合の周り方。でも回り出したら次々行ってしまうだろうなあ。

自走の船旅を思い浮かべるとワクワクして行きたいんです。

忍び寄るのは

またもや会社にハードディスクを置き忘れて帰宅した。よって家ではパソコンは役立たず早朝出勤してアップしている。どうも忘れる回数が増えるのはいよいよ来なすったのか、呆けが。

呆けか普通かの違いは分かりにくいから心配せずにもの忘れと慰めておこう。さっ、仕事仕事。

ヨットの夜は静かに更けていく。鍋を炊いて野菜の香りが湯気とともに揺らいでいる。ガスオーブンでシフォンケーキを焼いて香ばしい匂いが漂う船内。お茶をすすりながらイタリアの追想本を静かに読む。

相方は普段は寝るのが遅いのにヨットになると私より早く床に就く。夜半に目が覚めた。珍しく波が大きくて船が揺れる。寝られなかったら本でも読もうと布団の中から天井を見ていると又寝てしまった。

朝早くに北湖に行ってセーリングを楽しんだ。夏を過ぎるとモーターボートはめっきり減って静かに走るヨットだけになる。船体が波を切る音と風が帆を伝う微かな音だけの世界。秋深くとも爽やかで暖かな陽を浴びながら一日は過ぎていった。

紙一重

眼鏡を綺麗にする方法を眼鏡屋さんに聞くとスプレーなどを使わない方が綺麗になるしレンズも傷まないと教えてくれた。

水道水をレンズにかけるだけ。お湯が良いが水で十分だと。油汚れがひどくなると食器洗いの中性洗剤を薄めて指で軽く洗うのだそうな。実際に水で流すだけで綺麗になります。あとはティッシュで軽く水を拭き取る。


この写真は自宅の机。札幌で買った木の文鎮で押さえているのがレンズを拭いたあとのティッシュ。こうして捨てずに畳んでおいて乾いたら他の用途に使います。

水道水を拭いただけでゴミにするのが落ち着かないのです。いや、単なるケチか。ヨットに泊まってケチなこと思いつくのも可笑しいね。

季節の終わりは近い

今日は先週に続いてヨットに泊まる。午前中は山で過ごして午後からハーバーへ。このパターンで決まってきた。

気温が下がっても船内は寒くないんです。暖房を入れてガスで料理すると直ぐに暖まる。夏のように夜半にデッキで過ごすわけにはいかないけど夜明けにデッキですする熱い珈琲は格別。昼のセーリングも陽が差していれば寒くなかった。

でも12月になるともっと寒いから今週で今シーズンの締め括りかな。
来年は北湖の今津や長浜で停泊する自転車積込みヨット小旅行をやろうと思うしその準備も進めよ。

奈々ちゃん百歳

猫のグーちゃんが仏前で手を合わせるのに数珠と喪章を貸してくれと云う。黒ネクタイを締めて表に出たグーちゃんは向かいのお宅に入っていった。

半時ほどして肩を落として帰ってきた。涙を拭きながら様子を聞かせてくれた。奈々ちゃんは21歳で13歳のグーちゃんの大先輩。その奈々ちゃんが息を引き 取ったのだ。ご家族に聞くと静かに眠るように亡くなったと。「私も奈々ちゃんくらい長生きしたいものだわ。傷まず苦しまず亡くなったのも見習いたいわ」と グーちゃんは云う。

ご家族にも私たちにも優しかった奈々ちゃん。庭にきてグーちゃんの野菜畑の菜っ葉を食べていた。庭に私が出ると寄ってきて甘えた。おとなしい奈々ちゃんは走っているのさえ見たことがない。

21年前と云えば私でもふた昔なのに猫にとっては百歳は越える。良い家族と一緒に長生きしてよかったね、奈々ちゃん。天国でも長生きして遊ぶんだよ。

グーちゃんと寄り添って陽溜まりでくつろぐのは、あと8年待ってね。

在イタリア30年

県立図書館から葉書で予約本の連絡がきて借りてきた。内田洋子さんの「カテリーナの旅支度」。


目次を見てパッと目が開いたのは追想の一番目が「サルディーニャ島のフェラーリ」。いきなりあの島だ。

図書館のソファに座ってその追想を読んだ。作者の感じるイタリアをあまり感じさせない内容でちょっと期待はずれ。ま、せっかくだから最後まで読んでみる。そのうちにイタリアの感じ方が分かると思う。

自分が何故にイタリアに惹かれるのか、内田さんはどう感じているのかを読み取りたい。

変化

新しい自転車旅の試みをしたサルディーニャは上手く変えられたと思います。走行距離を短くして連泊回数を増やし、ストレスフルな都市部は公共交通を使う。

体は快調を保てるし距離が短いと一泊でもその地を歩き回れる。交通量の少なさは気持ちがのんびりして人々とのふれあいも柔らかくなる。旅の終わりが全てを物語っているのは「もっと居たい、もっと走りたい」で締めくくったこと。

十年前は走らな損みたいに走ってばかりだった。それはそれで達成感みたいな満足があって気持ちもすっきりしたのだが、歳と共に旅も走りも変わる。旅の最中 に考えていたことがあります。「このスタイルで九十歳を越しても自転車旅を続ける目標にしよう」です。

飛行機が飛んでない

冬の旅に行けるかどうかは遅れている仕事が納められるかどうかにかかっている。行けるかもしれないと旅行先を睨んでいるがNZに行きたい場所がある。


南島のDunedinという町とその周り。そして前々回に通り過ぎただけの山岳地帯。マウントクックもその近くだし歩き回ってみたい。とNZ航空のサイトを見るが関空便がない。

ニュースを引き出すと関空オークランドがなくなった。成田経由でNZ航空かケアンズ経由でジェットスターかの選択になった。自ずと時間がたっぷりかかる。遠い国になってしまいました、NZが。

経営が厳しいのは一年前の荷物の悶着で感じた。荷物の安全検査と云うより追加料金の徴収検査の様相だった。航空会社としての規模も国が小さいからそれに合わせるように小さいのも廃線せざるをえない合理化の一端だろうなあ。

行けるけど行きにくい国になったNZ。.......寂しい。

お便り

[大阪 綾子さん]
いつもブログ楽しく読ませてもらっています。イタリア旅行とても楽しそうで羨ましいなぁって思いました。うちは6月に韓国ソウルに行き、先日又台湾に行き ました。日数が沢山取れないので毎回物足りない気持ちで帰って来ます。でもアジア圏は食べ物が安くて美味しいので楽しいです。

加藤さんのおかげで次回はイタリアになりそうです。主人が「イタリアに行きたい」って。出来るだけ日数取れればと考えています。 私達も自転車に乗って旅が出来ればもっと楽しいだろうなって思います。

加藤さんは次はアメリカなんですね。グランドキャニオンいいなぁ。旅行費用の為にも節約主婦頑張ります!

[加藤建三]
グランドキャニオンは未だ調査中ですよ。気温40度の日陰無しを走れるのは二時間まで。時間か温度がそれ以上だと確実に救急処置になるでしょうから。

自転車は思っているほど難しくはないのですが上手く走れるようになるには乗る時間を増やすことです。自転車の種類も走りやすさと楽しさに意外と関係します からその気になったら買う前に相談くださいよ。なんせ地球を六万キロ走り回っている身ですから。

カミサンでも五万キロ一緒に走るんだから必ずできます。

山下さんは

ハーバーのオーナー経営者で私がこのハーバーを使い始めた17年前は父親が経営していた。15年前に親父が引退してトップに着いた彼は世も経営も知らない若僧だった。

そんな頃に経営の先輩だった私を何かと頼りにしていたからたまに会っても直ぐにうち解けて話せる。昨日の午後にハーバーに入ると彼が一番に迎えてくれた。 半時ほど立ち話をしたがやっと景気が回復してきてハーバーも結婚施設も経営が上向いてきたと云う。

友人の宮川大輔がテレビ取材でもうすぐ来るので待っているらしく、しばらくするとテレビ局のバスで来た。取材のために降ろしたヨットに大勢が乗って沖へ出て行った。

取材に使ったヨットのオーナーはイタリアにもヨットを持っていて9月の地中海ヨットレースに出て楽しんできたとクルーから聞いた。イタリアにヨットを置くにはどんな方法があっていくらくらいかかるのか聞いてみたい。

ちょうどオーナーが隣に係留した船に泊まっている。会えたら聞いてみようかな。

生活習慣

自分が18歳で就職した会社は今もお客様で仕事をさせてもらっている。昨日は社長に会ってきた。社長とは四十年の付き合いで気心はよくわかっている。

体の話になって眼球の裏の血管が破れて手術をされた。原因はコレステロールや血圧の成人病でお医者さんは脳内の血管が破れるのと同じ原因で、破れる箇所が悪ければ最悪の事態になっていたと言われたそうな。

成人病対策の薬を8種類処方しているらしいが減量などの対策はしていないと云われる。お客様で強く警告しにくい立場だけれど運動と食事の改善をきつく勧めた。

お医者さんにも奥さんにも息子さんにも勧められていると思うし自身でも分かっておられるのだが生活を変えるのがどれほど難しいかよくわかる。でも、是非変わって欲しい。

日常生活

やっと風呂に入った。風邪をひく前から何日も入っていなかったが体が「風呂に入れてくれ」とせがむので心配しながら入った。散髪したときにシャンプーはしていたがやはり全身を洗うとさっぱりする。

今朝は風邪も大丈夫なようで万々歳。

十年一昔

9年乗ったEクラスは車検を受けました。


売ってしまうと50万。車検とカミサンが擦って錆が出たボディーを治して27万。売って50万を手にしても何に消えたか分からないが27万でEの中古を買ったと思えば安く感じる。

ピカピカになって帰ってきたのを見て カミサンが一番喜んでいる。なんだかんだ云ってもEが好きみたい。私は以前と同じく乗りませんが。

別の効果

イタリア帰国時の体重が2kg増えていたから減らすべく生活を整える努力が一ヶ月。一向に減らないどころか増えた。風邪をひく一週前から夕食を野菜サラダだけにした。一発で1.5kg減ったからもう1.5kg減らそうと野菜夕食を続けたがそれが減らなかった。

そのうちに風邪になって体が自立的に回復しようと闘っている日が続いて体重は減った。風邪と闘う体って相当のエネルギーを使うのですね。

イタリア前の体重に風邪が戻してくれたという風邪の効用のはなしでした。

物は壊れる

センチュリーのシートが破れた。運転席から助手席に乗り移ろうとして肘が背もたれに強く当たっただけで破れた。


8年の間たんまり背中を支えたからレザーも疲れたんでしょうが、いささかお粗末に感じますぜトヨタさん。中学生のころ行きつけの散髪屋の待合いビニールベンチ。背もたれが破れていたのと同じだもん。

中古の同色シートを探せば見つかるかもしれないけど、これはこれでそういう成り行きなんだから自分で繕ってみた。写真は強めの生地を中に入れて生地と皮を接着した状態。これ以上破れないようにしただけで車に乗るには支障はない。「継当てセンチュリー」略して「ツギセン」。

乗り心地がよいのでもう少し乗ります。トヨタツギセンに。

秋雨

庭を見ながらアートペッパーを聞いていると雨の滴が綺麗でカメラもって庭に出た。


梅は散る寸前でその葉を伝っての滴。


こちらの落葉はもう少し先の土佐ミズキ。この木の紅葉も綺麗。

早朝に久木野工務店さんへいって木をもらう。散髪して昼ご飯食べると雨が止んだ。山へ飛んでいって薪作りだが一時間ほどで再び雨。小屋で刃物を研いで家の包丁も研いだ。

止まない雨を諦めて自宅でレコードを聴いた日曜日。今朝は風邪を治めるのに寝たいけど出勤です。

風邪の具合から家で過ごそうとしたが天気もいいし気分は外に向くので山のストーブでパンやケーキを焼いて体を使わないように遊ぶことにした。

火を焚いてケーキをセットした頃に地主さんが来て世間話になったり山を見て歩いたり。そのうちに地主さんの娘さんが子供を連れてきた。一緒に遊んでいるうちにケーキを焼いているのを忘れて、見ると焦げている。

こげを取ると大丈夫だから地主さん達に差し上げると美味いと好評。火にあたっているのもバカらしくなって薪つくりを始めた。結局からだを使う一日は今朝に風邪を持ち越した。

今日は雨予報だし.......。

米国南西部

少し回復してくると寝てばっかりできなくてパソコンをいじっていると米国のユタを突き進む。


七つの国立公園を回るルートを作っているが左の出発地へ戻るには三割ほどが未設定。ここまでの走行距離が1500kmだから二千キロを超える道程になる。

宿が思いの外あるので一日の最長距離が130kmだが平均すると70kmくらいで距離だけは走行できる範囲。今までの走行日数が20日だから走行休日やトレッキングを入れると二ヶ月近い旅になるはず。


これは衛星写真だけど砂漠の光景で植物が生えていないと云うことは日陰がないということ。それに最高地点が三千米の高地だから夏でも気温差が大きくて零下も予想される。

雨がないかと言えばあるみたいで走行場所としては今までで一番厳しい環境だと思う。行きたいから行けるとは限らない。これから厳しさをどのように避けるのかを検討してみよう。

昨夜は風邪と闘う体が痛みを増して熱も上がる。今日こそ外出と思っていたが無理なようでユタの続きになるのかなあ。

ダウンダウン

咳が深い。熱があっても日中に寝入ることは少ないのに昨日はずっと眠っていた。肺炎に繋がるのも怖いので今日も寝る。約束が二件あるけど致し方なし。

ダウン

連休に雨に打たれて鼻水と咳と微熱が続いていたけどお客様の約束があって出社していた。今日は駄目。寝ます。

サルディーニャの写真を載せていきます。

育ち


写真は今年の夏の日本海。下の孫は1歳と11ヶ月。かなりの未熟児で長い間隔離室に入院して母親は生育が遅いことを随分心配していた。

最近はそんな遅れを取り戻したのだろうかご機嫌な生活を送っている。お姉ちゃんが同じ年齢だった頃に思い出すのはオムツを取り替えるときに「替えようか?」というと自分用のバッグからオムツを探し出して持ってきて思わず笑った。

下の孫は「オムツ替えようか?」というとやっぱり自分用のバッグからオムツを探し出して持ってくる。お姉ちゃんと違うのはそのあとに履いているオムツを脱 いで新しいオムツを自分で履く。器用なことに驚くのと何をどうするかまで分かっているのが可笑しい。

最近は一生懸命ことばを連ねて話しかけてくる。その言葉が何語か全く分からない言葉なんだけど相づちだけは打ってやる。本人は通じていると思って一生懸命話してくる。言葉の通じないイタリアを思い出して笑うのです。

値千金


伐採して薪にした杉と檜を積み上げている。二日で40m積み上げた。高さが2mで厚みが1m。薪を乾かす目的とイノシシと鹿の防獣の役割があって薪で壁を巡らせて中で農作物を作る。

この壁の薪はは十年くらいは燃やさないで貯薪とします。体が動かなくなって薪作りができなくなるときに燃やそうと思っている。お金を貯めるより気持ちに余裕のでる作業。

ヨットに乗りたかった連休だけど雨日和なので合羽着てこの作業をしていた。雨に濡れたから鼻水が出だした。風邪ひいたかなあ。

東を向けば

今、ふとしたことから米国のグランドキャニオン周辺を調べている。赤茶けた大地を切り裂くような谷、そそり立つ赤い岩山。地平線まで続く真っ直ぐな砂埃の道。そんな光景に感心はあっても自転車で走れるかどうかを調べたことがなかった。


ユタ州にはコロラド川が創り出した地球の姿を見られる所が多い。砂漠のような地に二千米の標高差があって猛烈な暑さと厳寒を生み出して乾燥も激しい。それに店も宿もない無人地帯の長距離走行。


何年か前にデスバレーを走ったが気温が46度で十キロも走れないことを経験している。


それでもあの地を思い出すと地球の生の姿の中を走ってみたいとユタを調べている。デスバレーにせよヨセミテにせよ米国の大自然はスケールが桁違いなんです。

手染め


染め上がったソファーカバーは思い通りの風合いと色に仕上がった。光線の加減で違う色に見えたりするのは草木染の淡い色だから。化学染料で均一に機械で染めると発色は派手だが面白みに欠ける。


染液に雑な漬け方で染めムラを期待したがあまりムラは出なかった。濃いグレーのストライプを染め足すとどうなるか。主張がストライプになってしまうかな。

NZの写真は終わりました。次はサルディーニャの写真だけれど未だフイルムから取りこめてない。もうちょっとかかりそう。


これは三輪も一度に咲いたカトレア。今年は夏の間も屋外に出さずに室内で陽当たりを調節していたがそのほうが蘭には良いみたい。


もう一種類のカトレアもつぼみを付けている。こちらは珍しい黄色のカトレア。両方が同じ年に咲くのは初めて。二十年も傍にいると家族みたいなんだ。

ユーミンブランド

荒井由美のレコードを出してきて聴いた。久しぶりのユーミンは相変わらずミルク色のイメージ。彼女の感じることが上手く歌に染みこんでいるといつも思う。

窓辺に置いた椅子にもたれ
あなたは夕陽見てた
なげやりな別れの気配を
横顔に漂わせ

二人の言葉はあてもなく
過ぎた日々をさまよう
ふりむけばドアの隙間から
宵闇がしのび込む


たったこれだけの言葉の数で二人の心の動きも部屋の匂いも窓の光も感じさせる歌。すばらしい表現力だといつ聞いても思う。

歌は聞いていたころの自分や周りの光景を鮮明に思い出させる。この歌を聞き込んでいた時分は浮気の真っ最中だったなあ。

滋賀県立図書館は自宅の近くでよく使う。今、予約しているのが『カテリーナの旅支度 イタリア二十の追想』という本で著者の内田洋子さんは三十年イタリアに住んだ方。日本人がイタリアをどのように感じておられるかを知りたい。

これから予約しようと思っているのが今年の1月に101歳で亡くなった柴田トヨさんの詩集「くじけないで」。九十歳代で始めた詩作を自費出版から始めて160万部が読者の手に渡った。図書館で借りて読んだ方を含めると相当な人数になる。

二冊の本から私は何を感じるか。楽しみだ。

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