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卒業から五十年

葬儀に参列したサッカー同級生は6人。私以外は集まりがあると出ている人ばかりだけど私はほとんどの集まりに都合がつかなかったから四十年ぶりの再会になる。顔を見ても私が誰だか分からない奴が半分くらいいた。私は送ってくれる写真を見ているから直ぐに分かった。

葬儀が終わって寿司屋に入って歓談した。話は尽きることなく続くが不思議なことに昨日まで一緒に学校へ行っていたような錯覚に陥る。たった三年しか生活を 共にしていないのだけど、学業よりもサッカーに熱中した仲間だから心の深いところまで響きあったのだ。

たった三年の付き合いとは絶対に思えない親密さ。それぞれの癖も変わっていない。性格も変わっていない。懐かしさよりもその時代の自分と周りの世界にタイムスリップした感じだった。

再会を願って別れたがゴルフをしない私は何の口実で会う機会ができるのか。待ってもなさそうだし自分で積極的に作っていこ。

塩見君

葬儀の初めから終わりまで「将英、ありがとう、一緒に生きられてありがとう」と繰り返し口ずさんだ。涙しながら口ずさんだ。

娘さん二人と奥さんの姿が痛々しかった。娘さんのお腹は大きく、もうすぐ孫が生まれるのに不意の死。将英よ、お前の命をこの孫が引き継ぐんだ。娘さんも奥さんも孫も、きっときっとお前の分まで生きてくれる。命は繋がっているんだ。

痛く辛い最期だったろうが安心して眠ってくれ。二十年そこそこで俺もそちらへ行く。皆が揃ったらもう一度サッカーをしよう。お前はやっぱりキーパーだ。トンネルばっかりでも皆は赦す。肩を組んで力を合わせてもう一度そちらでがんばろうや。なっ。

また一人



真ん中の黒色のシャツを着た塩見将英君が亡くなった。勤務中に山火事に巻き込まれての事故死。詳しいことは今日の葬儀で聞くがとんでもない事故に遭っての死。

最後に会ったのが今のヨットの進水パーティーだった。あの時に「家族でいちど乗せてくれ」と言っていたが実現しなかった。彼はネットのアドレスを持っていないので年賀状以外音信が途絶えたままだった。

もう会えない。会って話がしたくても会えない。突然に訪れる訃報は悲しい。あと二十年は生きられたかけがいのない命。「もっと生きていてくれ」と強い願いも今は空しい。

葬儀に行ってきます。

おかえり

ツバメが帰ってきました。朝、歯磨きのときに玄関先に出ると二羽が飛んでいた。夕刻に庭先で見ていると五羽に増えていた。大好きなんですツバメが。

野鳥の会の英国製巣のモニター設置は当選漏れみたいで残念。ツバメの減少原因をカラスの害とともに人が原因だと会は書いています。巣の下が糞で汚れるので 巣をつぶすのだそうです。昔からそういう方もいたでしょうが減少するほどつぶす人が増えているのは自分としては悲しいです。

昨日の朝は近畿地方も冷え込んで氷点下の所もあった。数千キロの旅を終えて子育てに帰ってきたツバメにとって氷点下は厳しいけれど元気なんだなあ。見習わなければ。

里に生きる

のぞみちゃんが保育園の帰り道でツクシを見つけて沢山摘んできた。夕食後に佃煮にすることになって母の傍でずっと見ていて「お爺ちゃんにもあげる」と云った。

出来上がると「半分をこれに入れる」とタッパを持ってきた。出来上がったのが夜十時でいつもは寝ている時刻。「今から持っていく」と言い出す。母親が「明日にしようよ」と言っても聞かない。


爺ちゃんの家に来たら九時頃に寝床についていて会えなかった。でも納得した顔で帰ったらしい。爺を思ってくれることがとても嬉しい。

もっと嬉しいのは自分の手で野の草花を採り、口に運ぶ惣菜にまで作り上げたこと。自然の恵みを見つけて自分の暮らしに活かしたのぞみちゃんの第一歩。

活躍する道具

朝、桐生に向かうと農家の方が畑で藁を燃やしている。降りて「稲藁を全部燃やされるのでしたら戴けませんか?」と聞くと二つ返事で「どうぞどうぞ」。ちょうど苗木を植えた土が乾燥しないように株元に藁を敷いてやりたかった。


というわけでFJの出番。軽いからどんな車でも運べるがFJには天井キャリアがあるからね。材木屋さんから5mの長尺材を目一杯天井に積んで山でもバリバリ登ります。FJはねらいどおりに役立って有り難い存在。

あっ、苗木十本の植え付けは防獣柵で囲って藁を被せてすべて完了。シイタケの原木にコマの打ち込みも完了。これで日を限られた作業は終了なり。.......ほっとほっとほっと!

体があってこそ

山の作業は木を切り出したり運んだり。畑仕事は土を掘ったり動かしたり。桐生の山に入ると体をとことん使う重労働。激しく動いた夜はバッタンキューで寝てしまう。

ところがスポーツの疲れ方と違うのですね。山仕事は腰と上半身の偏った筋肉を激しく使うがスポーツは下半身が中心で偏りが少ない。もうひとつの大きな違い は心肺運動を伴わない筋肉だけの運動です。だから有酸素運動の循環が少なくてエネルギーの消費も想像していたより少ない。疲れる割にあまり体重は減りませ ん。


これは画面左半分に植林してあった高さ20m以上の杉を十五本伐採したあとです。広いので細く見えますが太さは30cmから40cmの木です。

水田だった場所の植林で木は弱って立腐れ状態なので倒したのですが木を倒すのはチェーンソーだからあまり体は使いません。倒したあと枝を切り払って集めて燃やすのが重労働。

この写真のあと薪材の長さに切って薪用の太さに割ります。そのあと運んで積み上げて一二年乾かしたあと薪として使えます。作業を分解すると重労働がよく分かります。

東京の堀内カラーから現像フィルムを送ってきた。カラーを見ると直感ですがこの写真は上出来だと思う。フィルムスキャナーで取り込むまで分かりませんが。


ところが白黒現像は報告書が貼ってある。画面外に光引きがあるのと期限切れフィルムで保存不良とある。撮影期限を過ぎているのは百も承知で今まで何回も期 限切れを現像しているのに今回初めて指摘された。ま、これもスキャナーで読まないと明確には分かりません。

早急に取り込みたいけど他にすることが山積で後回しになるのが残念。現像が終われば期限切れはないから品質は変わらないのでちと安心。

あと三本と...

シイタケの原木にシイタケ菌のコマを打ち込むのは梅が咲いてから桜が散るまでだそうな。桜は咲いたらすぐ散るが未だコマの打ち込みをしていない。

甘夏など柑橘三種の苗木が到着したが穴掘りも未だ。これらの作業は二人がかかりっきりでも土日だけで終わるらないと思う。それに今夜からのぞみちゃんが泊まりに来たら土曜は山で遊ぶから作業は出来ない。

ということで今日は会社を休ませていただきます。イイワケが長すぎますね。ごめん。


写真左に並んでいるのが切り出したままのシイタケ原木で、今日はこれに穴を千ヶ所以上開けてコマを打ち込みます。

大仕事はあと三本


ブドウ苗の植え付けが終わった。周りに土の色が違う帯があるのは、腐葉土を混ぜ込んだ状態で川の字のように帯状に盛土をしたかったけど根がそこまで廻るのは先なので後日に回した。




梨の苗二本と桃が二本。梨も桃も受粉に他種の花粉が必要なので二本ずつ。山の傾斜地で水田ではないから水はけが良く盛土は必要なし。実りは三四年後で鹿に葉を食べられないように背が伸びるまで金網で防獣。

今日はレモンと甘夏とスダチの苗木が届く。これで今春の苗木植え付けは終了。あと三本だけど重労働は分かっているから辛いよな。

お便り

[東京 山西さん]
ご無沙汰です、LPレコードいいですね~!あっという間にたまりますよ~!

今日はまたまた雑誌のお知らせです。今回はミャンマーの南の端っこを独りで彷徨ってきました。ビーチがテーマで、ミャンマーの何処にでも好きなように行っ ていいという素晴らしい企画でした。だいぶ自腹を切ってるのでまったく儲からない仕事ですが・・。大好きな南国のビーチで大好きな写真を撮って来いってい うんだから、まったく文句はありませんが。

しかし国が開かれたとは言え、まだまだ難しい国ですね。許可が下りないエリアや場所によっては法外な値段だったり、まぁいろいろ。でも、人々はもう最高で した。ある意味ブータン以上の素朴さかも。しかも彼らのように政府のコントロール下という雰囲気ではなく、タフに政府と渡り合って来た強者感を伴う素朴さ が、なんだかとても頼もしい人々でした。

今回はガイドブックに載らないエリアだったのでリトルヤンゴン化している高田馬場のミャンマー料理屋に飛び込みで行ってその街出身のミャンマー人と知り合ったりと、情報収集の段階からまさに旅でした。本屋に寄ったら是非パラパラしてみて下さい!

http://www.transit.ne.jp/contents/magazine/transit20.php

ではでは!山西

[加藤建三]
羨ましいなあ、少し前まではまったく行けない国だったのに好きなところへ行って良いとは。

昨年の韓国と年末のNZのフィルムを東京の堀内カラーへ送ったところです。スリーブが出来たらサイトにアップしていきます。

紙面を借りて

このサイトでは仕事のことは扱わないと決めていますが今日の話は半分くらいが仕事なので....。

十年くらい前に退社したスタッフD君が勤めている吹田の会社の本人から昨年に連絡が入って商談に行ったのはH君一人で私は行かなかった。競合する会社があ るにもかかわらずD君が我が社を応援してくれて入札に参加できたのだけど、退社しても辞めた会社を思ってくれる事にじんわりと有り難さを感じていた。

商談の結果は競合会社が獲得した。D君とH君の残念さが言葉がなくとも察しられた。それで終わると思っていたらD君がもうひとつのシステムの見積を頼んできた。申し訳ないと思ったのだろうけど私はもっと申し訳ないと思った。

半年が経ちその仕事が完成して昨日に電子請求書をD君宛に送った。夕刻にメールが来て請求書を受け取ったことと「PS:体調大丈夫ですか?くれぐれもご自愛くださいませ。」と書いてあった。

何時の頃かH君が「社長のサイトをD君が読んでいますよ」と聞いていた。風邪のうえに山の土仕事でクタクタになったことを読んでの心遣いでしょう。D君、 この場を借りてお礼申し上げます。お仕事をいただいた上に体への気遣いまでいただいて嬉しいです。今後とも力を合わせて生きましょう。

読者の皆さん、変な紙面になってごめんなさい。私はこんな方々に支えられて生きています。

好天。これ幸い

苗木のはなしばかりで恐縮だけど、昨日はそれしか話題がないほどかかりっきりだった。

水田は水が溜まるように地盤を突き固めた上に泥質の土を入れて水耕栽培される。分かりやすく云うとビニールシートの上に土の水田がある。ブドウを其処にそのまま植えると水はけが悪くて育たない。

二十メートル四方の土を十センチほど掘って周りに集める。その上に貯めていた腐葉土軽トラ四杯分を被せる。耕耘機で土と腐葉土を混ぜる。
フワフワになった土を二メートル四方で高さ五十センチの台地にして其処にブドウを植える。台地三ヶ所を作る途中で日暮れストップ。

水曜が休日なので苗木が枯れないように鉢に仮植えして自宅へ。風呂行って晩飯食べたらそのまま寝てしまいました。土は重くて重労働です。

うちのカミサンはよく頑張ります。強い人です。ありがとう。

ガンバ

昨日は目一杯苗木の植込みに徹した。暖かい春のような日和で汗ばむと風邪も何処かへ。桃二本と梨二本を植え付けて防獣柵も施した。

一晩経って起きてみると筋肉痛と風邪の残骸痛とが入り交じって体はクタクタ。それでも今日はブドウ三本の植え付けだ。これが終わると気持ちに引っかかったままのやり残しが半分消えるような気がする。

今日も暖かそうだし天気も良いし早く出よっと。あっ、イチジクの挿し木も忘れるな。

またか

昨日の朝、目覚めると喉が痛く熱がある。寝床から出るにもちょっと辛いのでサイトをアップしてもう一度寝た。布団から出たのが昼過ぎ。あ~あ、また風邪。

一日中家にいたけど今日は出られるか。苗木が到着したから穴掘りしなくちゃいけない。でも体の節々が痛むし熱っぽい。

九時過ぎて気温が緩んだら苗木を枯らさない処置と穴掘りの出来るところまでをしにいこう。こじらせてはいかん。それだけに神経を集中だ。

聴きたい

中島みゆきの唄は昔はあまり好きではなかった。昔というのは不倫時代で相手が好んで聴いていたのは知っていたが当時の自分には暗い歌として好まなかった。

何時の頃か忘れたが中島みゆきのCDを買った。買った動機は覚えてないが不倫相手が聴いていたからかもしれない。じっくり聞くと胸に響く。ぐっとくる。確かに暗いけど暗い中に明るさもある。悲しみや寂しさの捉え方がいい。



LPを集め出して中島みゆきのLP11枚がセットで売りに出た。落札した。いま、一枚ずつ聴いているがデビューアルバムから連続する11枚で表裏を聴いても次の盤が聴きたくなるのは初めて。

流れるな 涙 心でとまれ
流れるな 涙 バスが出るまで

バカだね バカだね バカだねあたし
愛してほしいと思ってたなんて

バカだね バカだね バカのくせに
愛してもらえるつもりでいたなんて

増える



LPの買い物ですがご覧のように8枚が五百円で手に入るものもあります。ラジオを聞いていて「これ欲しい」と思ったらメモしておいてヤフオクで探すと必ず あります。ところが名盤や人気LPは値がどんどん上がって数千円にもなりますがそれは買わない。


すでに百枚ほどは買いましたがまだまだ欲しいのが出てくる。枚数が増えると保管場所も要るが一番困るのは何処にどのLPがあるかが分からない。せっかくの手持LPを見失なって聴く機会を失う。

棚や並べ方の名案を考察中。きっと面白い方法を見つけるよっ。

年中行事

確定申告を提出してきた。これが終わると一段落という感じ。税金を払うのに払う本人が申告するんだから気が乗らないのはあたりまえ。以前は税理士に頼んでいたから気持ちの負担はなかったが自分でするようになって費用は浮くけど気が重い。

納めた税の使い道についての不満は爆発寸前のまま。その税による予算は膨れる一方で借金地獄。その借金も税で返すしかないのにねえ。

政治家が「国が責任を持って.....」という言葉をしょっちゅう言うが、政治家が自腹を切るわけもなく国民から集めた税を使う事をすり替えたように聞こえるから腹が立つ。

あれから

二年が経って自分の気持ちが被災者や被災地から距離が空いたと感じています。時が経つと記憶も薄れます。ある意味当時のままの気持ちでいるのは無理なのですが距離が空いていると感じると、うっすらとした罪悪感と共に空しい自分を感じます。

日記をめくって震災当日からボランティアに行った一ヶ月を読み返しました。最後に書いていることです。

復旧にはものすごいエネルギーが長期に必要だ。被災者も援助する人もみんな精一杯頑張っているがそんなに簡 単に復旧できない。時が経つにつれ被災者と災害に遭っていない人との距離が開くのがいちばん怖い。神戸で実際に苦しかった話は数年経って皆が震災を忘れた ときだと何度も聞いた。

忘れかける頃に私はもう一度石巻を訪ねます。今回ボランティアをした家々を廻ろうと思う。「元気ですか」と会いに行くだけで気が安まってくれるように思うから。

私は今回のボランティアに参加して自分自身が一番満足できた日々だった。自分のためにも被災者のためにも行ってよかったと心底思います。そして忘れそうな頃に石巻へ心の復旧に行きます。



来年の4月に石巻へ行くと決めます。今日よりも来年のほうがもっと距離が空いていると思うから。手伝った家々を回ってどうなさっているかを聞き、自分との距離を明確にして被災者に役立つ自分の行動を見つけます。

地震の被害に苦しんでいるみなさん、一緒に頑張って生きましょう。

植え時

とうとう果樹の苗木を注文した。植える場所の整地は排水傾斜がまだ不十分で万全の準備とはいかないが今の時期を逃すと一年先になって四年待ちになってしまう。苗木が来たら否応なしに徹夜作業をしてでも植え込むだろうと自己発破です。

注文したのが甘夏、レモン、カボスの柑橘三種。ナシが二種、桃が二種、ブドウが三種と合計十種の苗木。植え込みに掘る穴が1m四方深さ40センチ。それを十箇所掘るのだけど機械がないからスコップだけ。他の木の根や竹の地下茎もあるから苦労するだろうな。

植え終わったら鹿に食われないよう防御柵がいる。一気にやらないと鹿は待ってくれないし.....。完成の暁には実りがあると信じてがんばろ。

遊びごころ

子供の遊びを見ていると遊びの原点のようなものが見えてくる。泥々の田のあとに長靴でニュルニュル入っていって長靴が抜けなくなって泥の中に倒れて笑って助けを求めてる。

泥の山を作って枯れ枝を突き立てて木の囲いを作ってる。インディアンの村みたいな様相になっていく。何も聞かないけど一人で何かを想像して創ってる。体も気持ちも熱中しているのがよくわかる。

泥々だから避ける大人にはそんなことが遊びにならないのは、いつの日か子供の頃にそうして遊んで泥を知ったからなんだ。泥遊びを見ているとやりたくなったかとけんです。

三月九日

山の生きものたちがそっと動き始めた。池の大きな鯉が水面近くに上がってきてゆっくりと浮かんでいる。十センチほどのハヤは数匹が群れで泳ぎだした。

オタマジャクシは小さな小さな黒い体で卵から這い出てきた。小さな虫も飛び出した。いよいよ春。まったりとゆったりと生暖かい風が漂いだした。もうすぐタケノコが顔を出す。

今年初めて単車で走った。爽やかな風を切って走る単車が心地よい。春がやってきた。

ハノイは欲張りすぎで....

あれもしたいこれもしたいと時間が足らないと思う毎日だけどその原因を考えると「次々と気が向くことに手をつける」からですね。例えば最近ではレーコード盤やハーモニカ。その前はセンチュリーにFJの車。

車は登録や車庫の手続きもあるしオーディオなんかのセットにも時間がかかった。レコードはお気に入りを探して買い求める時間や聴く時間を費やすし、ハモニカは練習情報を探す時間が増えた。

山は薪ストーブが根っこにある。薪ストーブ自体の新しい暖房に手をつけたことで、それに派生して山の生活に時間を費やしている。それぞれが自分に溶け込んで楽しいのだけど時間が足らないと常に感じる。

で、やり残していく事も沢山出来る。古いことだと京都のマンションの改装もまだ完結していない。山では小屋を建てることや畑を作ること。他に細々とやり残していることが沢山ある。手帳が満杯なんです。

だからハノイひとり自転車旅を五月連休に行くのは止めます。いつか行くと思うけど連休は自宅に居てやり残していることを片付けることにした。連休だけで終わらないけどハノイに行くよりは進むはず。

あ~、かとけんがもう一人欲しい。

免許は

今日は運転免許の更新に行きます。二十歳で取得して四十六年も運転してきた。自損事故や追突など事故もあるが一言で云うと不注意が原因。

これから先、何歳まで運転するのだろう。世には反対車線を逆行するような高齢運転者もいるし制動と加速のペダル踏み間違いで自分や第三者を死なせたり大怪我をさせている。

加齢が不注意を増長するだけでなく間違いにさえ気づかなくなるのですね。年々その当事者に近づいているのだが怖いのは運転すべきでないという判断力も衰え ることなんです。「えっ、この人が運転?」と驚くのは普段が杖つき歩行でヨボヨボという人が運転席に座るのですから。

手足の軽い動きで車は動くけれど視覚、聴覚、平衡感覚、速度感覚と手足の動きを司る機能が衰えていることを自覚できないからそうなるのですね。

取得可能年齢があるように失効年齢があっても良いと思っているが車が運転できないと生活が出来ない所に住む人もいる。困ったもんです。

お便り

[シンガポール カンジさん]
カトケンさん、大変ご無沙汰しています。相変わらず、良い旅をされているんですね。NZの旅行記拝見させて頂きました!

ボート&ハウス最高ですね。ひょっとしてNZに移住される予定ですか??

小職は、あれから、食品輸入の会社をKewpie創業会社とのジョイントでシンガポールに設立しまして、目下奮闘中です。
https://www.facebook.com/minato.sg
今年の後半から、関連のNZワイナリーからピノを輸入販売予定です。

また、日本に寄った際は遊びに伺わせて下さい。それでは、カトケンさんもお元気で!

[加藤建三]
中国の野菜栽培工場はまだ続いてるのかな。輸入会社が繁盛するといいね。ガンバ!

NZに移住じゃなくって日本に移住中だよ俺は。シンガポールのプール付邸宅で遊びたいけど今のところ予定なしだ。昨年は空港には降りたけど乗り継ぎ。博打につぎ込む金ができたら行くかもね。

じゃっ!

視界ゼロ

北海道の猛吹雪で亡くなった方の事を山にいるとき携帯ラジオで聞いた。人々の不運と自然の厳しさを改めて感じたがひときわ胸を熱くしたのはお父さんが幼い娘に被さるようにして雪の中で死んでいたというニュース。

翌朝の捜索でお父さんは亡くなったけど娘さんは生きていたという。二人がいた吹雪の中、できることがなくなっていく中で最後までお父さんは娘の命を思い、最後まで娘を守ろうとしたお父さんを想うと涙がぽろぽろこぼれた。

ここに父と子の熱い絆がある。人と人の繋がりがある。日本で起きた不運な死だけどこのお父さんはどれだけ多くの方々に大切なことを教えてくれたか。こんな日本人がいることを誇りにさえ思います。

どうかお父さん安らかに眠ってください。娘さん、お父さんの分までしっかり生きてください。

お昼ご飯


山でいろんな料理をするけれど焼き鳥は初めて。川中の地鶏や冬の美味いネギ、山取りの椎茸に焼きおにぎり。鹿の薫製をいただいていたのでスライスして焼いた。

タレはいつも自分で作る。このタレが好評で娘なんかは教えてくれと云うほど。こういう料理をするとついつい食べ過ぎるのが難点か。夕飯はお茶漬けで済ませました。

銭湯にかわりはないけれど

大型銭湯は近くの極楽湯ばっかりだったが腰痛で近江八幡に通っていてほたるの湯という天然温泉を見つけた。


ちょっと距離があるけどゆったりしていて湯の種類も多くて料金も同じくらいなので行くようになった。

昨日は3人で行ったが湯上がりの場になっている大広間で横になっているとアカペラがはじまった。立命大のサークルで中島みゆきの時代とかなごり雪も歌ってくれてご機嫌。

予期していない出し物でゆったりがワクワク付きというおまけ。山の力仕事に湯の温まり、王将の餃子で締めくくる休日のひとこまでした。

懐古ではなく

レコードをかけようと盤を手に持ってA面を探すが表記がない。


しばらく見ていると「上」と「下」の表記じゃないですか。おったまげたなあ。この戦後20年のヒットアルバムがそうだったのですが高峯さんのも上下表記でした。ま、古いレコードにはあったのかもしれませんね。甲乙もあるのだろうか。


ところで高峯さんのレコードでは一曲しか知っている曲はなかったけどさすが大正生まれの婆ちゃんはほとんどを知っている。「懐かしい」と顔をほころばせています。

戦後20年ヒット曲はほとんど口ずさめる曲ばかり。ずっと聞いていると当時の生活がまぶたに映って浸り込んでしまいます。テレビのない時代、皆がラジオから流れる歌を聞いていた。

その歌を口ずさんでいると昔の日本って分厚くて、優しくて、たくましかったなあと思います。今と比べての思いだけど、その反対語は薄っぺらで、とげとげしくって、ひ弱いとなりますが、今をそう感じるのは私だけでしょうか。

自転車旅

五月の連休に丹後半島を走りたいと思っていたから相方に行けるか聞くと「無理」ときっぱり。

一人で行くんだったら海外やなと思って真っ先に思いつくのがハノイ。何故にハノイかっていつもの如くワケなどない。連休ハノイを考えるけどグラグラしていつものようにサッと行動に移らない。

山に入ってのんびりと好きなことするのも楽しいなあと思うから。気持ちの奥に「ひとり旅か」って思いもあるかも知れない。もう少し考えるけどどっちになるのか。

さっさっさっ

風邪は乗り越えたようで体が動きたがる。会社の帰りに山に入って薪切り。久木野工務店に行って薪材をもらう。今年は寒いからストーブを焚く時間が長くて薪が沢山いる。

山に貯えた薪材の在庫は底を見せない。来年の分もあるくらい。薪が沢山あると貯金が沢山あるより嬉しいのは何故なんだ。

さあ、体を使うことも山積だし確定申告や免許切替で体を束縛されることが沢山ある。風邪などひいてられんのだ。

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