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自然体

蘭が咲いてくれました。前回はつぼみを虫が食べてしまって花の直前で花が落ちた。ビロード色の二輪のカトレアは華やかです。一ヶ月近く咲いているのが蘭の魅力でもある。


蘭が育ちたいようにしてやって枯れた葉以外切らない。冬は暖かい室内に入れて毎日の水やりを欠かさないでいると咲いてくれる。可愛いです。

甜八寶

ありました。台湾で買った五穀米がお米の置き場所から出てきた。カミサンのしまい込み方に問題があるけどそれはさておいて中国語の説明を良く読むと「水で洗って二時間後に五倍の水で炊飯器で炊き砂糖を加える」とある。

「甜八寶」なる表現を調べるとどうも穀類で作るデザートの様子。横浜中華街で食わせる店があると分かった。主食のつもりだったけど半分は砂糖でぜんざいのようにしてみよう。あとの半分は......それを食べてから考える。


確か百円もしなかったと記憶するが食材って楽しいものです。

貯木

薪ストーブで焚く木の調達先が増えた。自宅から瀬田駅まで東海道を歩いて通勤していた頃に早朝に焼却炉を焚いて建築廃材を燃やしているのを思い出したのだ。地元では大きな久木野工務店の工場。

行ってみると無くなっていたので本社ビルを訪ねた。ちょっと先に移動されたのを教えてもらった。なんと大きく立派になっていたが焼却炉は健在。で、工場の責任者に事情を話すと二つ返事でいただけることになった。

焼却炉は高温で焚かないと煙もガスも出るから燃やす許可が出ない。即ち高温にするために石油を使い送風に電気も使う。だから費用がかさむのです。その焼却物の一部を引き取ると云うのだから二つ返事。


これがいただいた薪材。太い柱などは建て替えで出た古い家の柱。ことごとく乾燥しているから最高の薪です。しかも工務店が小さく切ってくれています。工事現場のように探さなくてもよい。しかも自宅の近所。

夏も通って二十年分の貯木をする。ありがたやありがたや。

たのしみ

砂が入った鉢の上に薪の蓋を置かれたグーちゃん。傍に座ってじっと鉢を見ている。その眼差しで私を見つめてもの悲しそうな顔をする。

グーちゃんのトイレを鉢の場所に置き換えたけど、そんなことじゃないと云われたみたい。

ないしょ


窓際に置いた半円テーブルはちょっとの用に使うのが便利。蘭の置き場所にもなっている。今日の話は机の下の鉢。砂が入っていて薪ストーブから火が出たときに使う火消し砂。使うことがないのが一番だけどそれを見越して使う方がいました。

..........
誰もいない時に帰宅すると猫のグーちゃんが中に座ってる。グーちゃんにとっては格好のトイレを置いてくれたと思ったのか、何かに使ってあげないともったい ないと思ったのか。用を足しているのを見つかると「悪いことをした」時の様子で二回へトントントンと逃げました。

カミサンにそれを云うと「ぎゃーぎゃー」云ってグーちゃんに叱りつけます。そっちのほうが大いに迷惑です。叱られたグーちゃんの身軽なこと、ひらりと冷蔵庫の上に逃げました。

それにしてもちゃんとしたトイレを持っているのに砂を見ると催すのか、きっと見つからないようにずっと使ってたんだね。

ケチもこれ以上無理

十日ほど自転車に乗っていない。それは帰宅時に自転車屋に寄った折り、空気が少ないので目一杯入れていると「パッシューーン」と破裂した。自転車屋にいた数人の客も店主も大笑い。


タイヤに亀裂が入ったままチューブがはみ出さないようにテープで補強していることを忘れて空気圧を上げてしまったのだ。写真の状態で一年乗ったけどもう無理だね。

そのパンクから十日乗っていない。そのせいでもないだろうが体重が減らない。月曜から遠回り自転車通勤に励もう。その前にタイヤもチューブも交換だ。

ケチの終焉。

写真

シチリアの写真も明日の1枚で終わり。掲載した写真が19枚で意外に見られる写真が多かった感。


フィルムがFUJIのACROSでカメラがローライフレックス。このカメラは私より先にこの世に出現したが現役で活躍する名機。自分でもこのカメラで撮っ た写真がいちばん好きです。すべて機械式だから距離も露出もシャッター速度も全て自分で調節しますが微妙な違いで写真が変わるおもしろさは抜群。

シチリアの次はオーストラリア、グレートオーシャンロードでカメラはコンタックスG。滞在日数が少なかったこともあって数枚です。

下降から上昇

何が難しいって「転換」がいちばん難しい。昨日まで「毛」でふざけておいて急に真面目くさっても白ける。どう頑張っても腹に力が入らんのだ。だからふざけっぱなしにしたらどうだと云われたがそれも続かんしかえって白ける。

幼児はそこんところを無邪気という道具でなんなくこなす。笑ったと思ったら泣いている。素晴らしい喜怒哀楽の世界。見習いたい。

こうして緩衝をとる文面で今日は終わろ。

毛嫌いしないでね

思春期って「毛」と聞いただけで自分のあそこの生えてきた毛を思い浮かべたもの。思春期じゃないけど新入社員のピカピカ小娘との会話の一部。

「毛ガニって生まれたときから毛は生えてるんか?」
「えっ、やっぱりもうちょっと後じゃないですか
「人間とおんなじか」
「.....はい、そう思いますけど...」

「俺は遅かったよ16歳まで生えなかった。君はっ?」
「........???」

頬を赤く染めて小走りに去りました。後ろ姿で見えなかったけど笑ってた。
ひょっとしたらもよおしてきてトイレで毛を見てムズムズしてたんだろか。

話は飛ばない

しつこいようですけど下の毛の話。見えないからシャンプーしないって書いたけど場合によっては第三者に大接近する場所。

暗がりが大半でも白昼の時もある。それこそ匂いも色つやも肌触りまでも感じる距離だから「こと」の前には身だしなみを充分気遣わないと成功じゃなくって●●せん。

ことのあとにネチャネチャしてそのあとパリパリになってプンプン臭うのは深い眠りの中だから許される?。大接近するのにほったらかしの毛毛毛。シャンプーどころか石鹸もろくに使わず洗ってもらえず。差別も甚だしい。

あ~た、あれが終わると疲れて眠いからシャンプーどころじゃないですね。起きてゴソゴソシャンプーかぁ、ご愁傷様。

こんなこと書かせたら止まらないけど明日も毛か? かと毛ん赦せ。

なんでも理由があるだろう

風呂で隣に座った方の頭を見ると残る毛はわずか。お気の毒だが我が輩は白くてもふさふさ。で、頭を洗う段になって横を見るとシャンプーなる液体が出ている。ぴゅっぴゅっと手に液体をとって頭に手が行く。

なんとわずかに残った毛がシャンプーされてる。泡立ちで毛など見えっこなし。これまたお気の毒。残存期間わずかなれど名残惜しんで丁寧で滑稽。と我に返って下を見た。股ぐらには黒々とカールした毛がふさふさ。

「ここをシャンプーしないのは」と疑問が出た。同じ体に生える毛を部位によって差別するのは何故か。見えないところは何でも良いのか。と、シャンプーをかけてみた。

それこそ滑稽だったからそれっきりだけど、何方か答えられますか。下の毛をシャンプーしない訳。

いのち

桐生の山は水田跡だから池からの水路が沢山あって、あちこちにカエルが卵を産んでいる。一週間ほど前からオタマジャクシになっています。その数が無数ですごい。オタマジャクシになると皆が集団を作っていて水路一面が真っ黒。

真冬は氷点下の水中でも鼓動を絶やさずに生き、少し気温が上がってオタマジャクシになった。これからカエルに変わっていくが膨大な数のオタマジャクシも食物連鎖の上位の餌になる命が多い。

何千年、営みを続けている累々とした時間は人類よりもずっと永い。小さな小さなオタマジャクシ。貴重な生命の育みに改めて感動を覚えます。
面白い夢を見た。軽飛行機は三人乗りで四千米の山を目指して精一杯飛んで いる。乗れなかった少年は尾翼に座っていた。頂の急勾配の斜面に向かってトンボが止まるように着陸した。離陸は機体を皆で頂上に押し上げてスキーの直滑降 の様相で飛び立つ。それが大自然の風景の中でとても気持ちが良かった。

山頂には五六人用の小屋がある。そこに泊まっていたら洪水が押し寄せてきた。少年や若者はその波でサーフィンをしている。夢とはいえ四千米の山頂で洪水は不理屈。夢の筋書きがおかしいと画面を戻すあたりがかとけんらしくて笑った。

小屋の近くで遊んでいるとカナダ人の若者が私を写真に収めだした。ローライフレックスやSWCのフィルムカメラをパチパチと何十枚と撮っている。モデルになった俺は気分高揚、鼻高々。その二人とお茶をしながら話にふけった。

いつものように英語の単語が思い通りに出ないから他の単語を探して並べる会話。延々と英語の会話が続いてムチャ楽しい。夢は英語に詰まった最中に目が覚めた。ほんとに英語を話していた。

おせっかい

昨夜はカレーライス。この冬初めてのカレーは薪ストーブでの煮込み。いつもは私がアレコレ指示するけど今回はカミサンが全てをやって私は口だしなし。

美味いんですそれが。一口食べて「美味いっ」と声が出た。ニンジンとジャガイモとタマネギがゴロゴロ入ったあのおふくろのカレー。これから口出しはやめましょう。そのほうが美味いものが食えるって分かったから。

いったいどんな口だししとってん。

四歳児

娘の家が六丁目で私の家が四丁目。上の孫は四歳で私の家にまだ一人では歩いて来れない。お母さんと歩いて来るときにいつも小枝を握っている。

お母さんに聞くと小枝を見つけると必ず拾って家に持ち帰り玄関横に貯めるらしい。私の家の薪ストーブで焚くのだと云う。誰にも教わっていないのに小枝を玄関に貯める。多いときは小さな山になっているらしい。

それを聞いたとき四歳の子供にも自分で決めた使命感のようなものがあるんだと思った。しかもお爺ちゃんを見て、薪を作る姿を見て、自分の使命を決めたと思うといじらしく、とても可愛いい。

その孫の名前はのぞみちゃんです。

お便り

[唐津 浜田さん]
加藤さん お久し振りです。先日天草に行って来ました。天草で初めて出会ったあの日、もうすぐ60才になると言われましたが、時の経つのは本当に早いですね。  

あ!  遅くなりました誕生日おめでとう御座います! 

加藤さんの様子は毎日の記事で知る事が出来ますが、私は相変らず酒も作り、自転車も頑張って走っています。走っている時は何もかも忘れて風に身を任せる事が出来て良いですね。

また何時かお会いする機会があれば良いなと思っています。では、今後とも宜しくお願いします。

[加藤建三]
お元気そうでよかった。まだ肌寒い天草をつぶさに思い出します。立石さんは亡くなったけど浜田さんも走るイベントが続くことをじっとを空から見て笑顔を振りまいているでしょう。

浜田さんとは一緒できていないけど屋久島の山登りに行きたいです。韓国の陶芸家とはお会いしていますか。息子さんは元気かなあ。

お持ちの山と畑は放置で藪ですか。だったら出張してピカピカにしましょうか。奥さんはきっと放置していないから手入れ不要、だよね。ははは!

庭の木々


今年は庭の梅の開花がとても遅い。やっとつぼみ膨らむ状態。


こちらは土佐ミズキの花で梅と同時に咲きそう。


アジサイが新芽を膨らませている。さあ、春です。恋をしてみませんか。

66th

昨日のいただき物。手作りチョコケーキ直径二十センチ一個が娘と孫から。長袖パジャマ二着が婆ちゃんから。少ないけど二人の気持ちにありがとう。

さて、昨日は何の日だったでしょう。

今からでも遅くないですよ。何方様からも有り難く頂戴しますからどしどしお贈り下さいよ。きっと涙流して喜びますよ。

今からでも遅くないですよ。

永住野郎

みつお君はカミサンの叔父さん。婆ちゃんと兄弟だが婆ちゃんが長女で九人兄弟の末っ子がみつお君。だから婆ちゃんの兄弟でも婆ちゃんの子供のカミサンと同じ年齢。昔はこんな関係って沢山あったけど.....。

私と同年代だから結婚する頃から友達みたいな関係。みつお君はスペインに住んで三十年になる。近ツーのガイドで始まったスペインが永住の地になったのはスペインが気に入ったから。

みつお君が一時帰国している。婆ちゃんが伏見の兄弟宅にいるみつお君に会いに行った。最近の生活の様子を伝え聞くと会いたいと思う。何回かの帰国時に私も 会っているが今回は都合が合わず会えないで行ってしまう。代わりにマドリッドから南に遠い海辺の自宅に遊びに来いとみつお君が云う。

一回も行ったことがないので行ってみようかと思ったが生憎の仕事三昧で予定が立たぬ。ま、数年以内に行ってみようと思った次第。婆ちゃんに「最近は何で生活してるの」って聞いたら今は利息で生活だって。

別荘地に買った自宅に住んで利息生活。そら日本へ戻らんわ。

年代物


山に小屋は二つあるがこの小屋は土壁で中は土間。使わせてもらった時に戸を開けて見て薄気味悪いので使う気になれなかった。中に入っていた満杯の物が虫だらけ。土間だから埃が立って片付けさえ嫌になる。

で、一年がかりで中の物を整理してやっと空っぽにして土間を板張りの床にした。土壁や天井や梁に積もったススや埃を取り除く。二ヶ所の窓ガラスも洗うと奇麗になった。

土足厳禁にしようかな。茶室にでもできそうになってきたが保管したい道具が多いからそれは無理。せめて畳を入れて昼寝でもできるように.....。
できるかな。

鬼の泣きどころ

ついに発症。鼻水タラタラ.....目が痒い。桐生の山に入ると花粉の嵐の中だから発症しない方が不思議。

思えば自転車で天草を走った十年くらい前に花粉症が始まった。抗ヒスタミン剤のおかげで一昨年までは軽傷だったけど桐生の花粉嵐には効き目なし。

二ヶ月ほど辛いなあ。

往年の好男子は色男

写真を半年ぶりに見てもその場面をはっきりと覚えている。不思議なことに香りや風までも思い出すときがある。真を写すとあるがほんとうだね。

人を映した時の状況ははっきりと覚えているがどんな顔に写っているかは現像するまで全く分からない。がっかりすることが多いのはそれだけ表情が変わるか ら。逆に「いいなあ」と思う顔が意外な写真にある。だから人を写すのがいちばん難しいけれどいちばん面白い。

今日のおじさんは友達とふざけているところを慌てて撮ったからピントがずれてるけど、それも面白さのひとつ。このおじさんいい顔してましたよ。若いときはもてたと思う。俺みたいに。

ひと言多いっ!

仕事に追われて

旅に行けないこのごろ。せめて五月の連休くらいとカレンダーを見ると四連休。海外は無理だから丹後半島あたりを久しぶりに走ろうと宿探し。

ありました、去年の秋にリニューアルオープンの格安のよい宿が。二食付きで広い和室に泊まって温泉ではないけれど奇麗なお風呂が自由に入れて一人六千円。

五月連休は丹後半島から若狭湾を堪能します。自転車で走る経ヶ岬を想うとなんだかワクワクしてきた。

三軒隣の老夫婦は近所でいちばん親しくしている方。その奥さんが急死された。娘さんが家に入るとソファーでぐったりしていて救急を呼んだがすでに体温は失っていたという。心臓冠動脈の破裂だと聞いた。

72歳でスイミングに通っていたから「まさか」と耳を疑った。昨日も早朝にスイミングに行ってのこと。婆ちゃんがいちばんショックを受けている。老人会でもいちばん親しくしていた人だから。

二日前に東京土産を玄関に届けてくれた笑顔が最後になった。あまりにも急なことで私も落ち込んでいる。ご主人に会ったが「こんなことが起こるって、何故なんだ」と怒りのような言葉だった。

寝不足

我が家の猫、グーちゃんに振り回されるこのごろ。

猫の睡眠って気まぐれで最近は夜中に遊ぶ。氷点下でも夜中に外で遊ぶから困る。皆が寝込んだ夜中にニャンニャンと鳴いて外に出してくれとせがむ。眠りの浅い者が起きて玄関を開けるのだが、出したあと寝込むと数時間後に今度は入れてくれと外で鳴く。

一晩に二回の外出でゆっくり寝られないのです。気まぐれグーちゃんによりまして最近は寝不足であります。

あれから一年

震災の直後からボランティアを望み、受け入れ可能の知らせと共に石巻に飛び込んだ一週間。昨日のように脳裏に焼き付いたままの一年だった。あの家は戻っただろうか。あの老人夫婦は元気だろうかと、一週間に出会った顔を何度も思い出す。

思い出しているともう一度行って手伝いたい衝動に駆られる。今年かどうかは決めていないがもう一度石巻を訪ねる。そして行ったら縁の下に潜った家々を尋ねて話をしよう。

手伝った家の方には会えると思うが会いたいけど会えない人がいる。自分の会社も社長も全て流されて職を失った青年がボランティアに加わっていた。あの青年 に会って仕事が見つかったかどうか、石巻を離れずに暮らしているかを聞きたい。でも、きっと会えない。

福岡から来ていた同年代のボランティアの方。笑顔が素敵な方だった。ボランティア同士は名前も所も聞かないで行動を共にする。あの福岡の方はどうしているんだろう。

よそいき

私は夕刻に帰宅したらパジャマに着替える。寝る前にもう一度着替えるより時間がかからないし何よりいちばん安らぐ姿だから。同じ理由で銭湯へ行くときもパジャマで行く。

家で着るパジャマと銭湯へ行くときのパジャマが違う。銭湯行きはよそ行きパジャマで家で着るのが普段着パジャマ。違いはパジャマを着ている時間が長いからよく傷む。

傷んだパジャマは継ぎを当てて着る。当てた継ぎの横が傷むとまた継ぎを当てる。パジャマがパッチワーク状態になっていく。パジャマを買うときに共生地付きなんて売ってないからパッチワークはよく似た柄を婆ちゃんが選んで当ててくれる。
この前の当ては茶系統のパジャマに紺生地のあて。田舎のもんぺの継ぎ当て状態。聞くと生地の在庫がなくなってきたらしい。

ま、普段着ですからそれでもよいのだけど、ちょっと庭にも出にくい。まして銭湯へは.......。

だからよそ行きパジャマは継ぎの当ててないのが役目なの。

何に謙虚か


桐生の山での昼ご飯。今日は鍋。どんな鍋かって炊事場にある余りもの鍋。この昼ご飯がいちばん手がかからない。ナイロン袋に入れてきたぶつ切り材料とスー プをぶち込めば出来上がり。最後に雑炊かうどんで仕上げ。でもって昼ご飯としてはかなり美味い。ハイキングでおにぎり食っても美味いのに鍋、鍋、鍋。

野外での炊事。穂高で湯を沸かしてラーメン食うときも桐生の山で鍋を食うときも残飯や汁などを山に捨てない。動植物に悪い影響を与えるから。大きなナイロン袋に食器も鍋も丸ごとほりこんで持ち帰って下水環境で洗う。

薪ストーブもしかり。木と紙以外は燃やさない。ゴミなどを燃やすと温度が低いから簡単にダイオキシンなどを発生させる。木だけでもCo2の発生を少なくす るためにできるだけ高温で焚く。何事も守るべきをわきまえて行動する。これ、かとけんが人である証。

行方不明

台湾で買った自分みやげに五穀米があった。カミサンに「食べてみよか」と云うと炊事場を探し始めた。一時間経ってもまだ探してる。「またかっ」.....「確かに豆と同じ所に入れたのに......」と家捜し状態。

「何でもかんでも押し込む癖を治せよ」って云うと「家には押入がいっぱいあるの。押し込むから押入なの」ってヘリクツ垂れる。

自分に都合の良い言葉はサッと出てくるのが不思議。 たった二畳の炊事場なのに三日経っても見つかってません。

腹は寝かせたい

毎年この季節の憂鬱が確定申告。かなりの嫌らしい書き方を要求されるからスラスラとは書けない。それも憂鬱のひとつだが.......。

Eタックスとか云って電子申告があるけれどカードリーダを買わないとできない。そんなシステム誰が使いますか。ほとんど利用されていないらしいけど、このシステム構築に使われた税金は何億でしょう。それは誰が払ったお金でしょう。

そんな無駄遣いをするための税金を納めるためにする確定申告作業が憂鬱なのです。納める税金の大半が有効に使われていないのがいちばん腹が立つ。

これを役人が読むと講釈は有り余るほど準備している。その講釈も税金で賄われている。

写真

フイルムカメラの衰退が写真代の高騰につながって好きでも離れさせられる辛さがある。自ずと撮影枚数が激減しているが、昨年のシチリアはローライフレックス。オーストラリアが久しぶりにコンタックスG。そして台湾はオリンパスペンで撮った。

現像は京都の堀内カラーが閉店したので近い店が大阪になってこれまた足が遠のく。先日、新大阪のお客さんを訪問したときに梅田に廻って現像した。

それらを只今取り込み中だけど撮影枚数の減少はマグレ好写真も減るからお見せできる写真が少ない。でも、来週には連載できます。

久しぶりやなあ。

燃やすもの


薪ストーブの燃料の木で広葉樹のクヌギを薪にしたもの。ここまでの課程は山で原木を伐採して加工できる場所まで運び出す。40cmにぶつ切りする。斧で割って燃やせる太さにする。雨にかからないように積んで一年以上乾かす。

ここまでやって初めてストーブで焚けるのだが相当の労力が必要。労力をかけたくなければ出来上がった薪を買えばよいが一冬分で数十万円するからお金持ちで ないとできない。私は広葉樹が無料で手に入れば上の手順で薪にしますが、燃やす木の大半は手がかからなくて無料です。

新築工事を見つけると大工さんに云って端材をもらう。家一軒で二週間以上の燃料が出ます。この工事現場で最初の作業が棟上げ。


この写真が棟上げに使われた柱の端材。自宅から車で二十分のところにプレカットセンターがある。大きな工場でCADで新築の柱を加工する工場で必ず端材が出る。これを定期的に行ってもらってくる。

CAD工場も新築現場も端材は産業廃棄物の処理費節減になるから喜ばれるし、短いから切ったり割ったりもしなくて良いし、乾いた木だから直ぐに燃やせるのです。

ただ針葉樹ばかりなので煙の出にくい燃やし方にコツがいりますが、それさえ身につければ労力が少なくて無料で調達できるし資源の再利用で、云うことなしの循環燃料です。

薪ストーブの有り難さの影に潜む苦労話の一端でした。

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