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犯罪手口

カード会社から電話があって今回の経緯を聞きました。カードの盗用はネットショッピング店からの請求で暗証番号は使われていないがカード番号とカード裏にある三桁の番号が使われたらしい。

それで請求できるのだったら盗用は簡単に行えるし、不正をするネットショップの認可審査はどうなっているのでしょう。これはカード会社の防衛策が甘いとしか云いようがないですね。

カードを使わない生活は考えられなくなっているから自己防衛でチェックをするしか手はないとあらためて認識。皆さんもお気をつけ下さい。

広葉樹林

椎茸を栽培する木を切り出した。地主さんの山には杉や檜を植林した山が多いが未植林の山もある。そこには多様な広葉樹が育っている。椎茸の原木にはクヌギとコナラが最適で地主さんと山には入って「この木が良いから切りなさい」と勧めてもらった。

二本のクヌギを切って二十本の原木を作ったけど山から切り出すというのは重労働。でも、その辺りの広葉樹の林は杉や檜の植林地とまったく異なる豊かな姿です。

奥さんが植林地を流れる渓流で「沢ガニも見なくなった」と云われるのは放置植林で地面に陽が入らなくなってバクテリアなどの生きものが消え、昆虫や沢ガニなどの小さな生きものが住めなくなったのです。

クヌギの林はまだまだ豊かさを残していたが、この姿を残したいです。

盗用

カードで生々しい不正。住友VISAカードは数十年使っているが完璧な不正行為に初めて会った。中国人民元での引落がネット明細に載ったのを毎朝のチェックで気がついた。金額は五千円ほどだが人民元での買い物も中国訪問もないので不正と直ぐに分かったのだ。

住友VISAにメールすると半日で返事がきた。「カードの記録を拝見いたしますと、中国のITUNES以外のお店からも、請求が試みられた形跡が確認でき ることから、誠に恐縮ではございますがお持ちいただいておりますカード番号の変更をお願い致したく存じます。」とのこと。

どこで何が漏れてカードが使われたのかは月曜に聞きますが、いとも簡単に破られたということにショックを感じます。要はカードを使う以上利用と請求の詳細のチェックが必須ということ。

今までのチェックでカナダの不泊宿から請求があったのを見つけて消してもらったり、ガソリンの二重請求を消してもらったり、不正行為じゃなくても間違いもありますから。

しかし明らかな泥棒行為をする国民を生み出した国に益々腹が立つ。

放棄とほう起

下ネタを書くと下降に勢いがついて止まらないのがかとけん。若奥様の放棄から「ほう起」に話は飛ぶ。

冬の遊びといえばスキー。民宿に泊まって彼女とスキーによく行ったのが鉢伏。当時の民宿は大部屋にこたつがあって其処で皆が食事や酒。部屋に帰ると布団一枚で暖房はない。

テレビもないからあれしか楽しみがない。その方がもっぱら都合がよいのだけどね。一晩に五回も七回もするのが旅の常。でも冬のスキー民宿はちょっと問題。暖房がないから寝間着を着たままあれをするんだけどパンツだけは脱がなきゃね。

ケツが寒いんです。前はひっついたり離れたりするからましだけどケツは冷えっぱなし。いくら前後に動かすといえケツだけは冷える。私は丁寧に時間をかける からどんどん冷える。あれが終わったら普通はゴソゴソと始末があるじゃないですか。でも冬のスキー民宿は寒いから始末なし。

布団に潜って暖まるとコベコベ、パリパリに乾くけどそのまま二回目に続く。六回目になるとお互いの顔を見て「ケツが冷えるしこれくらいで寝よか」って朝までぐうぐう。朝になったらケツも暖まったからまたもや....って好きなんですね、あれが。

この話の何処が「ほう起」よ。それって勃起じゃないか。さて明日も話は下降するか。

放棄を宝器に

桐生に限らず畑も山も放棄されっぱなしで見るに堪えないのが今。お借りしている山も一言で云えば耕作も木の育成も働きに見合う実入りがないから放棄されたもの。放棄林に放棄畑に放棄村。

かとけん救助隊員は放棄されて荒れる寸前に駆けつけて再生どころか人も羨む姿に変える。内緒だけど今度地主さんに会ったら云おうと思っている。

「何処かに放棄寸前の奥さんいませんか」「人も羨むほどピチピチに再生しますよ」って。ただし年齢制限がつきます。三十歳以下。使い倒したのは再生が難しいからちと困る。

放棄再生って気持ちのよいことなの。毎晩毎晩が快感なの。放棄されてる奥さんメール下さいな。三十歳以下です。

あほっ!

地球に生きる

昨日の朝日新聞にこころ傾けて読んだ記事がある。

ひとつは三万年前のナデシコを咲かせた話。永久凍土に埋まっていた化石を培養して育てたらしいが、リスが餌に貯めた巣穴から見つかったとある。人の手を借りたとしても三万年の時を経て咲く花に地球の素晴らしい素顔を感じた。

もうひとつは77歳で8度目のヨットによる単独世界一周に成功した話。一人で操るヨットで世界を一周すること自体かなりの冒険で、チリ沖で嵐に遭遇し15mの波と格闘したとある。私もヨットを操るからどれほどの危険かは直ぐに分かる。

人類が太古に帆を張る船で地球上を移動したのだが、太古の船も今のヨットも地球の風だけで走るというのが素晴らしい。風だけで世界一周。そこに地球に生きる知恵を感じます。

それにしても元気な77歳の斉藤実さん。植村直己冒険賞の受賞の価値は充分すぎるほどある。

厳しい

今は一年でいちばん寒い季節。この大津でも最低気温が氷点下になる。真夏の暑いときで約40度になるからその温度差は40度。北海道はもっと温度差がある。その温度差が季節の移り変わりなんだと思うと厳しい寒さも気持ちが和らぐ。

サッシ窓のない時代はすきま風が家の中を冷やした。その時代の暖房は石油コンロやコタツでとても家の中を暖めるには至らなかった。それでも人々は火鉢で餅を焼き冬を楽しんだ。

幼少の頃の舞鶴で過ごした冬。軒先につららが下がり陽が射すとキラキラと光って溶けた水滴が落ちる様が奇麗だった。地道の霜柱を踏んで歩く通学路はカシャッ、カシャッと潰れる音を楽しんだ。

あの厳しい冬の情景は隙間風のご褒美のような気がする。

涙の大阪

昨日は直行で新大阪へ。創業時に弊社の市販品を買ってくれたお客さんで一年ほど前に社長は亡くなった。奥さんが社長を務めておられるが84歳にもかかわらずバリバリ仕事をこなしておられる。パソコンを駆使して経理事務や給与計算を朝飯前で行われる。

頭がふらふらして休んでいる弊社のスタッフがこの会社だけはと私に云わずにサポートに行ったのが先週。お客さんからその請求が来ていないという電話でスタッフの訪問を知った始末。スタッフがサポートを終えて
大阪から帰るときにふらふらして心配だからと奥さん社長が京都まで電車に同乗して送って下さったのだ。84歳の身で。

そのことを知ったとき私は涙した。そしてお礼に昨日行ったのです。心砕いてなんでも話して下さる女社長に会ったのだけど、創業時からつき合っていてほんとに良かったと改めて思いました。

いつまでも元気でいて下さいと云って別れたが、そのあとに涙がこぼれたのは嬉しかったからだけだろうか。

里山輓歌



借りている山は広いです。薪を十年分干してもまだまだ土地は余ります。畑で野菜を作ってもどこに畑があるのと聞かれるほどの広さです。野菜は手がかかるけ どブドウとか梨とかキウイなどの果樹はさほど手がかからないから旅行も楽しめる。果樹を何本も植えてもまだまだ土地は余ります。

考えました。お米を作ってはどうだろうかと。元々水田だった六枚の畑の一枚を戻してみようかと思ったのです。見ているとお米は野菜ほど手がかからなさそう だし。地主さんにちょっと漏らすと前のめりで乗り気。苗は余っているとか刈り取ったあとの脱穀もついでにできるとか。

でも最新機械に頼らず手刈りの稲穂を稲垣に干したり、田植えも手植え。小さめの水田から始めたら要領も分かるかと。なんだか農家になるみたい。

またもや千畳の風呂敷を広げよったぞ。

里山讃歌

昨日の夜明けは外を見て積雪10センチの雪景色に驚いた。桐生の山へは単車も自転車も危ないので徒歩で行く。途中でカメラを構えるが電池切れ。撮れないので昨年の桐生です。



借りている山の雪景色は初めてで池に映る雪の林がすっごく奇麗。小屋の前に薪ストーブを据えて雪が舞う中で暖まりながら珈琲をすする。これぞ至極の時。



普段でも静かな山は雪で尚も柔らかい静かさ。パチパチと爆ぜる炎の音が心地よい響き。薪小屋の整理をしたり木の囲いを整理したり、雪でもやることは沢山ある。



ストーブで焼きおにぎりとパンを焼いて昼ご飯。シュンシュンと沸くお湯でお茶を飲む。ひとり静かな雪の桐生。

働く

私は自営の会社で働いているから定年は決まっていない。いつまで働くかは自分で決めます。年金に関わる年齢や会社にある定年制度などで私がいつまで働くかを決めてもらわないと云うこと。

働ける体と脳みそがあって、働きたいと思う気持ちがあるかぎり働く。生涯現役を目指します。石器時代の昔も縄文時代も江戸時代でも働けるうちは働くというのが人。

規則や制度で人生を画一に決められるのでなく、たとえ自営の会社がなくなっても働き場所を求めて働きます。生涯現役。

火と人と言葉


薪ストーブで火を焚くようになってから山で木を切ったり燃やしたり、火を見る機会がとても多くなった。火を見ていると火にまつわる言葉が駆けめぐる。

広辞苑をめくって火に関わる言葉の多さにあらためて感心する。それほど人類と火の関わりは深い。「火按排」や「火神鳴」のように辞書を見て自分自身が使ったことのない火の言葉にも驚く。

「火の海」とか「火柱」のように使う機会が少なくなって行く言葉に一抹の寂しさが漂う一方「火祭り」とか勢いのある言葉が嬉しくて左義長を見に行く気になったりする。

ここまで書いて小説「火宅の人」を思い出した。壇一雄が晩年を過ごした志賀島にその面影を探したことも懐かしく、ストーブの火は博多湾まで「飛び火」した。

生活雑感

今日は久しぶりの朝寝坊。

預かっている二ヶ月の孫の世話を三人でしているが(私はほとんどしてないけど)夜中の授乳を含めて一日中かかりっきりと云うのが実情。即ち生活リズムが乱れて朝寝坊というイイワケ。

幼児を見て思うことは鳴き声ひとつにも訴えることが違う。空腹なのか、下着の交換なのか、眠いのか.....。ひとりで遊ぶことも知っている。手や顔を動かして遊んでいる。時たま笑顔になって心の動きを表に出す。

きちんと人なんだとあらためて感心した。命が生まれて育っていく。素晴らしい。

未熟児の孫は

母親の免疫がないために一本十六万円の注射をして免疫に匹敵する防御をするように医大が処置したらしい。ところが敵はすぐ傍にいる。

上の孫がインフルにかかってしまった。未熟児孫が感染しないように我が家に別居させて寝泊まり。ところが乳を与える母親もインフルに感染した。未熟児孫が感染しないように母親に会わせず母乳を冷凍保存し温めて飲ませるようにした。

我が家は三人とも未感染だが誰かが感染したら未熟児孫の逃げる家がない。そうなる前に母親と上の孫が快復するように願うが母親は母乳のためにタミフルを服用できないから高熱で長引く様子。

私の電車通勤は病原菌の巣箱に入るようなものだから御法度。雨でも雪でも単車で通っている。う~さむっ、冬やわ。

日々是人生

諦めたらもやもやは消えた。捨てたらもやもやは消えた。

急には明るく快活にはなれないけど快復に向かっている。記憶の楽観性はもやもやも固執も厄介なことを忘れさせてくれる。だから明日に向かって歩もう。心の隅々まで爽やかな風が通る日は目の前だ。

日々

何もかも上手くいかない時がある。些細なことが積み重なって気持ちがもやもやとし、怒りが芽生えると悲しくなる。昔はこんなとき酒でごまかしていた。酒が消すことはないと知っていても酒だった。今は時が経つのを待つだけ。今日は消える。

誉めてやろ



昨年7月の
シチリア自分土産はまだまだ棚に残りあり。今日はドライトマトと帆立稚貝のスープです。ドライトマトはうっすらと酸味があってコクのあるトマトの濃い味。


香辛料に Bacche Rossa を浮かべると口の中でパチッと弾けて独特の香りと胡椒の辛みが拡がる。帆立の身を口に入れるとサッと甘みが漂う。

久しぶりにアドリブかとけん料理は上出来。料理は創る楽しみと味わう楽しみ。薪ストーブの醍醐味は美味いなあ。

焼付


チェーンソーは修理することにしました。中古のシリンダーがヤフオクに出ないか見ていたけど気配なし。椎茸の原木を切る時期でもあり修理です。

電気のない山中では今まで通りエンジンチェーンソーで木を切るが、お借りしている山や自宅には電気があるので電気チェーンソーを買った。

力のある機種でも一万円ちょっとで安い。電気だからガソリン焚くより環境にも優位。納品された先週に切ってみたけどけっこう力があるし静か。故障する部分が少ないから安心です。

危険な道具がどんどん増えていきますね。ふっふっふ。

青年でいること

私が若いとき、歳を重ねても「永遠の青年」でいようと思っていました。何でもバリバリ行動し朗らかで夢を失わない青年でいようと今もそう思っています。

それがどうして難しいのか分かってきた。老化は脳細胞も壊していきますが怒りっぽくなったり些細なことが気にかかったりするのはそのためで、若いときの感性や情熱を生み出す脳細胞が減っていくのですね。

気力や心の持ち方で永遠の青年でいられると思っていたが老化がそれを潰してしまう。はっと気がついたときに「永遠の青年」でいることの難しさが分かりました。

しかし、サッカーの試合を思い出して気持ちを整えるように。毎朝のストレッチに始まり運動を欠かさず、いろんな方法と努力を怠らず「永遠の青年」でいるように挑戦します。

三浦雄一郎はあの年齢でエベレストに登る。それはそれは心も体も青年でいるための日々の努力の賜。百歳で現役医師の仕事をこなしネクタイの買い物を好む日野原さん。書ききれない人々が「永遠の青年」で実在していらっしゃる。

諸先輩をしっかりと見て、必ずそうなれると自分に言い聞かせて、今日も明日も笑顔で前に進みます。

久しぶりに

車を買います。一台ある乗用車はカミサンが通勤に使っていて、もう一台の 車は何年か前に売ってしまった。だから私は単車か自転車か徒歩と電車で京都に通勤。今年の冬は特に厳しく氷点下の単車は手がしびれるし雨の自転車も厳しす ぎる。月に何回乗るか分からないけど天候の厳しい日に乗れれば気持ちも楽です。


前の車を売った当時は車の用途に山はなかったが今は山に登れる車が重宝ということで四駆です。軽四輪のジムニーも検討したけど自分用の車は最後になるかも しれないからちょっと張り込む。車に限らず気に入ればヨットでも自転車でも大事に使い続ける人ですから。


この車は北米でしか買えなかった。カナダを自転車で走っていたときに見て「あれっ、トヨタ?」と思った。トヨタの北米専用車はタコマもそうだけど荒野を走れるコンセプト。

一年ほど前に日本でも買えるようになったのですが、トヨタの車としては異端児で遊び心満点の容姿と中身が気に入りました。泥々で乗っても洗えるシートやラバー床など荒野用に作られているし三本ワイパーは軍用車か。


試乗して乗り心地と運転のしやすさに輪をかけて気に入ったのですが意外と割安に感じる。今流の何でもオートの装備がほとんど付いていない。それも私好みです。


二十万のナビなどまっぴらですが二万円のラジオをオプションで付けるかどうか、カミサンは「聞かんからいらん、静かでよい」と云います.....。


実車が少なくて色を実際に見れるかどうか、どちらの色にしようか...。
久しぶりの大枚はたきでワクワクしてきました。

写真はトヨタ「FJクルーザー」サイトから借用です。

ことば



我がへたくそ英語はNHKの素材だけで学ぶ。けちだから350円のテキストとCDだけで英語を磨くけど写真は2008年2月号。

すなわち毎月最新号を買わない。英語に賞味期限はないし四年前の英語も今日の英語も同じ。むしろ四年前にしゃべった英語を今日聞くと毎日話す母国語のように聞き取れる。

テキストは数年分在庫があるから一生繰り返して使う。350円のテキストを五回使えば一回が70円。我がボロボロ英語の素は70円なり。

写真を見てください。既にボロボロです。だからボロボロ英語なのです。

出会いと別れ

台湾の帰りの飛行機で隣り合わせになった大阪のご夫婦と何通かのメールの行き来があって、このサイトも読んでいただいているようです。ありがとうございます。役に立つように努めなくては。

このサイトを始める以前は知り合いの方々に通信簿をお送りしていたがその方々も大阪のご夫婦と同じようにどこかで知り合った方。人は人に出会ってその息遣 いを知って暮らしている。それが熱く濃いときもあれば知らぬ間に息遣いが聞こえなくなって遠のいていくときもある。その近づいたり離れたりは意識して行う ことではなくお互いの流れなのですね。

通信簿の読者に「お送りしているのは邪魔じゃないでしょうか」と定期的に聞くと「私は通信簿は死ぬまで読む。そんなことを度々聞かないでくれ」と云われたことがしばしばある。でもその方がいつの間にか読まなくなった。

思いは必ず変化する。変化せずに続くこともあるが意識して行うことではない。偶然の出会いも嬉しい。いろんな方とつきあいが続くことが嬉しい。でも遠くなることもある。

このサイトの読者のみならず、私のみならず。人は誰しも必ず全ての人との別れがある。旅も人生も別れなのだ。

一里山は近所

瀬田にフォレオがあるのは毎日の通勤で傍を通るからよく知っているが行ったことがなかった。日曜の夕食に韓国料理の李朝園がフォレオにあるので行ってみた。

石焼きビビンバに冷麺、海鮮チジミ、チゲなどテーブルが満杯になる皿の数。三人で分けて食べて腹いっぱい。キムチは好きなだけ食べてくださいとテーブルの 壺に入っている。ソウルで食べた料理にはあと一歩だけど全体の味も悪くない。焼肉屋でない韓国料理店はそんなに多くないが近くにあるのが有り難い。

最後に見た勘定書が二千百円。一人七百円の夕食。どうしてこんなに安く食べられるのかキツネにつままれたみたい。

凍える日


桐生の山の池。大きい方の池が全面凍結するのは珍しいと地主さん。


小さい方の池は凍結した上に雪が乗ったまま。昨日は夕刻まで両方の池の氷は溶けなかった。

工事現場の端材を集めた木を乾かしてあった。それをストーブに入る長さに切って箱に入れるのが昨日の主たる作業でカミサンと私の役目。婆ちゃんは焚き付け に使う小枝を山で集めて袋詰め。動いているときは寒くない。でも休憩で動きを止めると一気に冷える。


写真は昨年春のを流用ですがこの鉄板ストーブが山でも大活躍。暖をとりお茶を沸かしホットサンドや焼おにぎりに...。熱いスープが何より体が暖まる。山で火を囲んで食べるお昼が美味い。

池が凍結する日でも外で動き回る我が家の三人。三人足して二百十二歳やけど元気やわ!

素は


冷凍庫から出して十五分の柿。シャーベットのようでもありもう少し柔らかいところもある。柿の舌触りや甘さや香りは実を採ったときと同じ。

山で採れる柿を毎日食べても食べても有り余るときに、これが違う季節に食べられたらいいのになあと思って冷凍したもの。またもやシアワセがやってきた。

干し柿も冷凍してある。イチジクも。シアワセは冷凍庫に入れないがシアワセの素は冷凍しておく。そういえばワタナベのジュースの素ってあったなあ。

道具道楽


これは数年前に手に入れた大鋸三種。チェーンソーが使えないので活躍のチャンス到来。チェーンソーが生きていたときも活躍はしていた。鋸でしか届かない太い枝切りや音が出せない自宅での薪作りに。


鋸は目立てで切れ味は全く異なるから手入れが大切。ヤスリで刃を研ぐのだがもう一つ切れを決めるのが「アサリ」という仕組み。


鋸の歯は一枚ずつ交互に左右に開けてある。その開きで摩擦が少ないように隙間を作りながら切り進めるのだ。その開きを「あさり」というが素人にはアサリの調整がとても難しい。


これが「あさり」の開きを調整する器具。千五百円で買ったのだけど簡単に開きを揃えられました。

さて、切れ味はどんな具合か次の休日が楽しみだ。

凍結注意

昨日はお客さんの都合で始業前に訪問。それに間に合うように出勤は早朝暗闇の単車走行。京都に入る東山で薄明るくなった。久しぶりの夜明け走行で思わず口ずさんだ唄

夜明けのうたよ わたしの心の
きのうの悲しみ 流しておくれ
夜明けのうたよ わたしの心に
小さな幸せ 守っておくれ


早朝気温が連日氷点下。冷えた体で会社に着くと赤々と燃えるストーブの傍に座れたが一番出勤は冷えた部屋。

凍る思いの通勤もあと一ヶ月半やっ、ガンバ。

夜明けのうたよ わたしの心の
あふれる想いを 判っておくれ
夜明けのうたよ わたしの心に
おおきな望みを 抱かせておくれ

犬と猫

犬にニャンニャンという名前を付けて「ニャンニャンおいで」って云ったら「ワンワン」とついてくる。猫にワンワンという名前を付けて「ワンワンおいで」って云ったら「ニャ~ン」ってついて来る。

ニャンニャンがそれを見て嫉妬して「ワンワン」と吠える。吠えられたワンワンが「ニャ~~オ、フーーーッ」と怒ってニャンニャンを睨み付ける。ニャンニャ ンは負けじと「ワンワン」叫んで跳ね回る。飛んで冷蔵庫に登って逃げるワンワンにはかなわず「ワンワンワンワン」.........

ここまで場面を想像しながら読めた方には世界一周航空券をプレゼント。
というのは真っ赤な嘘。

こんなややこしい悪戯も書いてみたかっただけ。「趣味はかとけん」と云う方が一人はふえたやろ。

構え

何かを始めるときに神経が高ぶって気持ちが乱れることに気がついて気構えを考えた。そしてサッカーの試合を思い浮かべて腹を整えることで良い方向に向かっている。

サッカーの試合はキックオフ二時間前に一番乗りでグラウンドに入る。着替える時点で気持ちの高揚はないがサッカーシューズを履いてグランドに立つと腹に力 が入ってくる。軽い柔軟体操のあと一人でグランドの周りを流して走る。体が温まって息が大きくなり腹も暖かくなる。

ストレッチを丹念にする頃にポツポツと仲間がくる。私はボールに空気を入れて軽くドリブルを始める。一旦仲間の着替え場所に戻って作戦談にふけり全員で体の準備に入る。腹は徐々に試合への気構えに変わってくる。

相手チームのユニホームを見る頃に気持ちは高揚し気合いが入る。キックオフの瞬間は何ともいえぬ男の戦いに挑む意気。試合一心になりきっている。
その時の腹を何かを始めるときの気構えとして使っているのだ。

試合中の仲間に対する意識も素晴らしい。仲間の失敗を試合中も試合後も一切こだわらない。只々力を合わせて必死で進む。あのサッカーの腹はどんなときでも役に立つ素晴らしい気持ちだと改めて気がついた。

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