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権力

カミサンが「テレビ買って」と云います。婆ちゃんの部屋と一階の二台。まだ旧式で映してるけど来月いっぱいで映らなくなると云う。

やっぱり買わんと映らんのかなあ。何の不自由もないのに無理矢理に強引に買わされる。まったく無駄としか思えないし社会的浪費であり資源の無駄遣いでしかない。

我が家はたぶん来月には新式を買うと思うけど世には切れても買い換えられない方々もいるだろうな。少ないだろうがこれを機にテレビを見られなくなる人も居ると思う。

俺は自ら見たくないから無感傷でいるけど、昨日まで見ていたテレビが横縞を映してシャーという音しかでなくなって、それでも癖で朝起きると点ける方の空しい気持ちを思う役人や政治家はいないだろうな。

本末転倒

ユネスコが指定する「世界遺産」という仕組みに疑問を感じつつある。指定の目的はは「保護」だが観光客を呼び込まんがために世界遺産登録を申請す場合が非常に多い。

観光客が三倍とか四倍に増えると保護でなく破壊になる場合も多々ある。白川郷や五箇山を訪れたが世界遺産指定が保護になっていないと思う。大観光地になって世界遺産指定前の寒村ではなく、写真すら撮す気にならなくって直ぐに立ち去った。

世界遺産に指定されたら保護のために観光客は入れないとしたら申請はほとんどなくなるだろう。新聞や広告にある海外旅行の誘い文句が「世界遺産○ヶ所」 「ワンランク上のスーペリアクラスホテル」が如実に実態を表している。いっそのこと指定をすべて抹消したら破壊が減って保護になると云える。

私は「世界遺産」を目指して旅先を決めてはいないが行きたいと思った所が世界遺産の場合はある。逆にこの地は世界遺産になってほしくないと思う良いところもある。

早い梅雨入りやなあ。五月は雨が多かった気がするけどそのまま梅雨入り。

屋根がないから今日は山に入らない。山小屋ができたら雨でも小屋で過ごす。自転車掃除も工作も山小屋でする。本を読んだり雨音を聞いたりお茶を飲んで餅焼いて......。

今日は自宅アレコレ三昧だ。あっ、そうだ。今日は旅行用自転車の手入れをして梱包してしまお。まだ一ヶ月あるけど腐る物じゃないし。

ヘビ

好きな人いますかぁ~。私は好きではないけど写真で目を見ているとかわいいと思うときもある。でも不意に出会ってニョロニョロ這う姿を見るとドキッとして気持ちは良くない。驚くから嫌なのと咬まれたらと思うと嫌。

小学校のころ校庭にいるヘビを手づかみして尻尾を持って振り回した記憶がある。家の軒先でツバメが卵を抱いているときにヘビが登っていくので叩き落としたこともあった。あの頃はトカゲもカエルもヘビも友達だった。

先日、借りている山でヘビが出た。マムシではなかったが地主さんによるとマムシも出るらしい。カミサンに云うと「見た場所には行かん」と云う。そんなこと云ったら山中行けへんやんか。

孫や婆ちゃんが突然マムシに出会うことを思うと.........何とかせんと。旨く共生できる方法を考えよ。

通勤



通勤と空港行きにJRに乗るが最寄り駅が南草津駅。二十年前に今の家に住み始めたときは南草津駅はなく隣の瀬田駅まで車で通っていた。

大学や会社が増え、大阪への通勤住民が増え続けて滋賀県で三番目に乗降客の多い駅になった。今年の3月から新快速が停車するようになり電車が倍になって山手線と同じくらい本数がある。

時刻表を見ないで駅に行っても直ぐに来るから便利になった。伊丹や関西空港から帰ってくるときも全車停まるから考えることはなくなった。運賃が単車の三倍、自転車の数千倍かかるのが難点。

通勤で気持ちがいちばん快適なのは自転車で次が単車。風に触れながら日差しや匂いを感じているのが好き。自転車は毎日乗ると往復六十キロで体が疲れる。単車は気温が十度以下になると厳しい。

荷を運ぶときは車しかないが燃料消費が嫌だからいちばん避ける。費用でいうとJRと同じくらい高くつく。JRは体の疲れ具合と気候の厳しさと荷がないときの選択肢。

毎日「明日何で行こうかな」と考える日々。これもまた楽しきかな。

生きる

早朝の出勤時に八十歳代の老夫婦によく出会う。

お婆さんが先を歩いて紐を曳いている。紐で乳母車を曳き乳母車にお爺ちゃんがつかまって歩いている。乳母車ごと紐で曳いてお爺ちゃんが少しでも歩けるように手伝っているのだ。

ゆっくりだけど長い時間をかけて歩くのは二人の日課に違いない。一生懸命工夫して自らの力で生きようとする姿に感動を覚える。ともすれば投げ出しそうだけど二人は毎日力を合わせて共に生きようとしている。

胸にグッとくる朝の一瞬。

私もしっかりと生きよう。
銭湯へ行って鏡を見る。おやっ上半身が変わってる。胸から肩と腕に筋肉がついてる。さては山仕事が........。

恥ずかしいから写真はないけどポパイだぞっ。この歳で筋肉つくのかなあ。

創る

天気予報は午前中から本降りの雨。それまでに山仕事をこなそうと早朝六時に作業開始。雪で池の中に倒れた檜の大木を枝から切り出すこと二日目。寒いときには池に落ちると冷たいからね。

十時に予報どおり本降りの雨。ここで作業をやめて大型銭湯へ。雨の露天やサウナを二時間楽しんで出ると雨はあがってる。再び汚れる山仕事も風呂の後で気が乗らない。では、山で遊ぼうと珈琲をのんだり本を読んだり。


横であの方が作ったもの。山には蔓が木に巻き付いている。


枝打ちの時に切って巻いておいたのが素材。初めての作品だけどご本人はゴキゲンであります。

みんな揃って

どうしたのか昨日は自転車、単車、車が一斉パンク。偶然でも笑うよ。


単車は自転車と同じく自前で修理。


二度目の分解はうる覚えだから組み立てるとナット一式が余る。


マニュアルが役に立ったよ。



車は用品も何もないのでGSへ。二千七百円は高いなあ。滅多に乗らないし用品買っても使わないだろうし。

今日はリヤカーを使うけどパンクしませんように!

とんとん拍子

石屋さんへ木パレットをいただきに参上。軽四バンの荷室に入れるが釘が出ているからゆっくりと作業。荷室に入らない大きなものを屋根の上に積む。最後に長くて大きくて重い束をフォークリフトで屋根に積んでもらった。


その運転手さんが「何処まで運ぶんや」と聞いて「桐生やったらあのトラックで運んだ方が早いよ」と事務所に連れて行ってくれて社長に説明してくれる。「軽四では無理ですよ」「うちのユニックのついたトラックだと満載一回で相当の量が簡単に運べる」と云ってくれる。

社長はじっくりと聞きながら私の顔をじっと見て.....
「よっしゃ、運んであげよ。閑な日にやで」。

話はとんとん拍子で進んでしまった。「有り難いことです」と云ってペコンと頭を下げて帰ったが、ほんとに事は上手く進んでいく。何もしないで運んでもらって、全部タダだぞ~。

もう試験的に囲うんじゃなくって倒されたら二重三重に城壁のようにする。石屋さん曰く「なんぼでも出る」らしいからね。

省資源などと嘘つくな


タイヤに梱包紙テープをぐるぐる巻いて帰宅した写真。先日のヨット行きでパンクしたときのタイヤはボロボロだから捨てたけど代わりの中古タイヤも1センチ程の亀裂があるのは分かっていた。

朝、山科で「プッシュー」って派手にパンク。代わりのチューブに変えて空気を入れると亀裂から風船のようにはみ出てる。気圧を下げてソロリ、ソロリと走った。

会社でタイヤとチューブの間に入れる何かを探したが見つからないのでテープを巻いた。効果あって家までもった。難点はブレーキかけるとリムをこすって剥がれる。無意識にブレーキを二回かけたがテープは残った。

この亀裂タイヤはまだ捨てない。中から硬質テーピングをして走る。

カトケチだ。

自前散髪、家が建つ

山西さんが散髪道具を買ったと書いてる。一回五六千円の散髪代が要らなくなるとある。たしか熊本のぽちゃりんぐさんも自分でするように書いていた。私は自宅で散髪するようになってどれくらいだろ。

私の道具は透きバサミとハサミだけ。真後ろだけカミサンが切る。利点をあげると費用の他に時間がある。散髪屋の予約往復と待ち時間がいらない。今は自宅での散髪時間は15分。

最初は誰でも緊張するがその緊張ほどに他人は凝視していないことが分かってくる。短くしたり長くしたり好きなようにできるから気楽でもある。手抜きができ るし丁寧にもできるが慣れてくると「こんなもんじゃ」で終わることが多い。接する人に「奇麗だね」と云われたことはないが「何だよ、その頭」とも云われな い。


二十年として年十回は二百回。散髪とマニキュアで一万円だったから二百万円。結婚直後の十年もやってたから三百万円。読者に散髪屋さんがいたら営業妨害してごめんなさい。悪気はないのです。

自前散髪一年後の記事がこれ。 http://www.ka-to-ken.com/mt-contents/01-hitokoto/2009/11/post-461.html

上の写真が記事にあるベネチアです。
イノシシや鹿の防獣対策にいちばん使われるのが電柵。8000ボルトくらいの電線に接触した時に「パシッ」と電気が流れる仕掛け。これが普及する理由は確実に防御できることと敷設が至って簡単なこと。ただし高価。


今の五段目六段目を囲うと二三十万はかかる。だったら野菜を買う方が安くつくし労力も要らない。何とか無料でできんのかと頭をひねる。

間伐材を杭にして竹で柵を作れば費用なし。ところが山に入って間伐材を切って運んで皮をむいて杭にして打ち込む。竹も切って運んで.......。半年がかりになりそうで畑を諦めかけた。

自転車通勤で逢坂山は必ず通る。大きな石屋さんがある。

何気なく石切場を見てひらめいた。木製パレットが積んであるのを見て、もし無料で戴けたら運んで塀に立てるだけじゃないかと。早朝で石屋さんは開いてないから帰りに寄った。

奥さんが「どれくらい必要ですか」と聞かれるので「無料でしたら全部ほしいのですが」と駄目モトで云ってみた。「いいですよ」と聞いたときは飛び上がりそうだった。

このパレットは石を運ぶから頑丈。でもね、イノシシって1.2mを飛び越えて70kgの石でも転がすらしい。木の塀くらい鼻息で壊せそう。試しに小さな囲 いを作って美味しそうな焼き芋でも入れて試してみる。あっ、焼き芋は縁起が悪いからジャガバタにしよ。

いとも簡単に壊されたら.....また考える。

虫や病気は大根、白菜、馬鈴薯.....など強い野菜がたくさんあるからそれから作る。旅行中の水やりは上段の池の水をチョロチョロ流して湿り気を与えて旅に出る。

さあ、イノシシよ壊してみい。

女心と春の空


これを買った。


機械の下には回転刃。


変速は前進六段、後進三段。8馬力ディーゼルエンジンは力持ち。何に使うかと云えば耕耘機だから畑を耕す。久留米の古賀さんにイチゴや野菜は作らないと云ったけど気が変わった。


いくら考えてもあの広い五段目と六段目の水田跡を使わない手はない。

野菜は作らないと決めた経緯にいくつかの問題があった。ひとつは畑はものすごい力仕事で結婚直後に菜園を借りて経験済み。二つめがイノシシやシカに食べられるから防獣に費用と労力がいる。他に虫とか病気とか水やりで旅行に行けないとか色々ある。

どうしてそれらを解決したか。イイワケしよう。

耕耘機は耕すだけでなくトレーラーにも使える。アタッチメントを作れば整地用のブルトーザにもなる。安く手に入れば畑の力仕事の問題を半分以上解決してオマケが付きそうだ。

探すとプロ用がすぐに見つかった。しかも完全動作で安い。近江八幡の中古屋さんで三万五千円。自分で運べないというと費用なしで運んであげると云ってくれた。ネットで調べると十万以上、運送費二万というのが相場だから近くにあった掘り出し物だ。

残りの問題解決策を考えてから注文したが、他の策はアシタ。

転んでも何か拾って起きる


これは洗濯でとれない汚れ。工事で穴埋めに使うコーキング剤の固まっていないところを使おうと圧力をかけたり穴を開けたりしていると「ピュン」と飛び出してとれなくなったもの。

「今も、これからも、貴方と共に日本はがんばります。重ねてありがとう」「adesso e adesso in poi giappone con voi fare sforzi ! grazie di cuore.」


これは7月のイタリア旅行での震災メッセージ。斎藤さんに書いてもらったイタリア語。これをTシャツに書く方法を悩んでいた。マジックで書くとすぐにぼやけるし、アイロンで貼り付けるのもすぐに剥がれるし.....。

汚れのとれないTシャツを見て「これだっ」と気がついた。失敗から名案。

字にも感情を入れられるのが嬉しい。代用筆が思案どころだが何で書いても大きな文字になる。斎藤さんと大内さんと山西さんの文をシャツ一枚に書くか三枚になるか。

できたら写真でお見せします。ふふふ、楽しみだ!

桃栗三年、栗飯五年


山に植えた三本の栗。しっかりと新芽が出た。二本はたっぷりと葉を出したが一本は網に穴が開けられて新芽を食べられた。でも強い木とみえて次の芽を膨らませているから大丈夫でしょう。

三本は岸根、筑波、丹沢と違う種類なのは受粉に同種が良くないため。収穫時期が9月上旬、下旬、10月上旬の大粒種類を選んだ。

三年後に三つのイガグリが収穫できれば万歳三唱。三本で九個収穫できたら万歳九唱。栗ご飯が炊けるのは五年以上先だろうが地主さんの作った米で栗ご飯を二家族で食うと約束済み。楽しみだなあ。

栗の苗木三本の購入費が千円台。ほっとけば毎年栗が採れるんだから安いお遊びだ。

ウデウデ

体の弱いところが腕から手。中学くらいから握力もないしボール投げは嫌いだし腕相撲なんて女の子にも負けていた。そのまま大人になって手や腕に力がない。

最近、薪作りから始まって山仕事が多い。足腰も使うが何をさておいても手や腕をよく使う。木や竹を切るときも片手で掴んで片手に鋸やナタ。腕を振り下ろしたり前後に動かしたり。階段を作るにもスコップやツルハシで土を掘る。杭はカケヤで打ち込む。

手がもうちょっと強ければと毎日思う。手首から先がヘトヘトに疲れて指に身が入ってるなんて信じられない体験。このまま続けるとポパイになるぞ。

って、ポパイ見かけんなあ、ポパイ→ほうれん草って最近云わんなあ。ポパイの傍にいる女の子、なんて云ったかなあ。あっ、オリーブだ。でっかいのがブルータス......

話をそらすな。.........ウデウデ云うな。

道なき道のイタリア


ようやくシチリア旅のすべての宿が予約できた。旅の楽しみのひとつが旅行の組立。そのルートを探しながら海を渡り山に登り崖を見下ろしながら距離を見て宿を探す。

安くて清潔で広くてネットがある宿が有難い。最近はほとんどネットに入れるがはじめてイタリアに行ったときは無料接続はなかった。今回は一ヶ所だけ宿でネットに入れないがオーナーが気を利かせてくれて10km離れた自宅で接続させてくれる。

もうひとつ変わってきたのが自炊できる宿が増えてきた。アパートメントやアグリカルチャーの宿やB&Bで。今回は8泊で自炊できる。

さて、走る道をGPSに表示する準備をしっかりとしないとイタリアは走れない。イタリアは国道を離れると行き止まりや分岐ばっかりだから。

終炎


母の日の前日朝に焚いた薪ストーブがたぶん今季の最後だろう。五月近くになると焚かなくても寒くはなかったが体が焚いてくれと云う。

焚くと心が暖まると云うのが本音。猫も焚くと寄ってくるから理屈じゃない。遠赤外線はこころが休まるというのはほんとだね。それを感じたいから自然に火を点けているのだとおもう。


母の日を過ぎると暑い日もあって自然に火から遠ざかった。薪ストーブにお世話になった初めての季節。半年後にふたたび点けるが家の中にはそのままの位置に置いておこう。動かすのが面倒でもあるが、ストーブがあるだけで気が休まる。

あっ、ストーブも煙突も奇麗に掃除をしなくっちゃ。顔中ススだらけで...

死亡事故

自転車レースの Giro d'Italia 2011 が今年も始まった。昨年はスイス国境のアルプスルートが偶然にレースと一致したのだが、今回のシチリアもまたもや偶然に走るルートが第9ステージになっている。

イタリアは四度目の旅だけど毎回このレースのコースを走っている。印象は抜群のレースコース。地面に選手へのメッセージがありありと残っているのは自分が走る時期がレース直後だから。

http://www.steephill.tv/giro-d-italia/

これが公式HP。昨日見て驚いた。選手が死亡。
レースコースを走って選手の墓標に二度も出会っているが.........
ご冥福を祈る。

忘れ物

昨日の会社帰宅時にハードディスクの持ち帰りを忘れた。自宅PC、会社PC、旅行用PCを使うのにデータやプログ ラムを外付けのHDに入れてそれを持ち歩いて簡単に動作するようにしている。昨日はそれを持ち帰るのを忘れたので自宅でPCが使えず。今、出勤してアップ の作業をしている。

便利な仕組みで役に立っているのだがこれで二回目の忘れ物。もう一つ怖いのは公共の場に置き忘れること。財布と同じところに入れて持ち歩くから今のところ忘れたことはないが気をつけなくっちゃ。

あっという間の一日は

ハーバーへ向かう自転車が道中半分でパンク。積んでいるはずのチューブがない。カミサンの予備は小さいタイヤで使えない。仕方なくカミサンが自宅へ戻ってチューブを取りに。

道端で待つこと一時間。持ってきたチューブを入れてポンプをセット。ここでポンプのレバーが「ポキッ」。カミサンのポンプをセットするが十年ほど使ってないから圧が上がらず。精一杯入れても指でへこむ。

これでは長距離は走れないからソロリソロリと自宅へ向かう。これで二時間以上経過。車に荷物を積み替えてハーバーへ。

出港してセールを出して走り始めると舵の動きがおかしい。思い通りに決まらない。風は強まってきて危険増幅。何とかハーバーへ戻って舵回りを分解点検。怪しい部品を持ち帰る。と、これ以上悪いことが起きると困るので野菜も魚も諦めて家に直行。

帰ると婆ちゃんが体調くずして寝床に入ってる。

こんな一日もあるんだよな。あ~あ。

庭のよう

早朝に山へ一人自転車で向かう。大きなケヤキの樹の下でディレクターチェアに座り珈琲をすする。JAL機内誌をお もむろに開くとクロアチアの特集は行ってみたい処。静かな朝の奇麗な空気と木漏れ陽のひととき。極上の休日だ。これで小屋ができたら雨でも一人で静かなひ とときが過ごせそう。

二時間ほどしてカミサンが婆ちゃんと孫を連れてきた。五度目くらいの孫も婆ちゃんもこの山が気に入った様子で二人で探検したり駆けっこしたり小枝を拾って 掃除をしたり.....、一日飽きることなく遊んでいる。どちらが遊んでもらってるのか分からんが二人は楽しんでいる。

カミサンと私は山仕事。皆でお弁当を広げてひと味違う昼ご飯。桐生の山で過ごすのが楽しくて楽しくて気分サイコー。

でも今日はヨットで遊ぼ。ハーバー往復自転車だ。あっ、野菜を買いに寄って帰りは魚屋も覗いてみよ。

薪山だったはず

昨日は意外に営業会社が多かった。「石巻はどうでした?」と皆も感心強く忘れられてなくって一安心。

今日は朝から山で遊ぶ。桐生の山で竹の子がニョキニョキ出て食べきれない。イノシシも鹿も堪能した様子で毎日が竹の子ずくめ。山椒の葉も採れるから竹の子に香りを合わせて春料理。

地主さんが栽培するシイタケも雨が降るとポコポコ大きくなる。地主さんも食べきれないから下さる。肉厚なシイタケが薫り高く美味い。十日ほど前にはタラの芽とゼンマイを天ぷら。

どれもこれも新鮮なとれたてばかり。今年は食生活が一段と豊かになった。いや、今年だけじゃないんだ。嬉しいね。

浦島太郎か、かとけんか

今日は久しぶりの出勤。石巻の前から12日ぶり。なんか皆に忘れられていないか心配。

この十日余りは濃い日々だった。昨日は特にいろんなことをした。自転車二台の掃除、単車のオイル交換にブレーキ調整、桐生の神社は祭り見物、山で電気工事 と小屋礎石配置、自宅庭の蘭の棚設置と植木手入れ、イタリアの宿予約。これだけやると疲れますぜ、かとけんさん。

ところで今日の仕事だけど、決算が今月末期限だから.......いっぱいたまってる。早く出発せよ。自転車奇麗になってるぞ。

昨日は

体を休めるのに琵琶湖でヨット。暑くも寒くもなく花粉も治まってヨット日和。午後からは風も出て最高のセーリングを楽しんだ。

今まで乗った三艇のヨットはすべてフランスのベネトウ社製。今のは貨物船に乗ってスエズ運河を通って神戸港に入った船。今度行くシチリア島は地中海だからヨットで遊ぶ人が多いところで同じ船を見るでしょう。

自転車旅で世界の港を廻ると必ずベネトウ社のヨットがある。自転車で云えばコルナゴのような存在で世界中のヨット乗りで知らない人はいない船。縁あって三艇に乗ったがとても良くできた船で不満は全くない。

でも手入れを怠ると屋外に置くものだから傷む。このオフシーズンに船艇外部の垢落としとワックスを頼んでおいた。真っ白になった船はピカピカで気持ちがよい。

乗り終わるときっちりとオーニングして船内は汚れないのだが半年乗らないと拭き掃除をしたくなって二人で二時間。やっぱり体を使っているかとけんでした。

体を休めるには家で寝てなさいということだけどそれができない性分は治りません。

体を

使いすぎで疲れてる。体が「もう、いやっ」と云う。

ボランティアも一生懸命、帰ってからは自転車で走り廻る。桐生の山の整地と手入れ。一昨日は地主さんの水田手伝い。昨日は山で傾斜道の階段造り。今日は朝から体がストライキで動こうとしない。

連休って休日だぞっ、休日。

今年の


連休は何年ぶりか自宅にいる。久しぶりの早朝散歩は何年も通った池の畔。ここも桐生。


田植えが二三日後の水田は地主さんの田。写真に全部写ってないが段々に六枚の水田がある。これくらいの水田を五ヶ所持っておられる。昨日はそのうちの二ヶ所の作業を手伝ったが農作業って初めてで面白い。

時給375円と云われるのは五ヶ所の水田で作る米を売って三百万。それを作業時間で割ると時給が375円になるのだと。そんな実態をこれから一緒に学んでいきましょう。

二ヶ月後の旅準備


7月のイタリアは長靴の先にあるシチリア島を走る。今、ルートと宿を決めているがこの島には紀元前の遺跡や神殿が沢山ある。それを見て回るのはやめた。だって飽きるよ。

元々自転車旅で選ぶ地は観光地ではない。名所旧跡を見て回るのが旅ではないと思っているから。イタリアの北部は三度走ったが南部は初めて。気候も文化も随分違うと思うから、その違うイタリアを感じに行く。

もうひとつ、エオリア諸島という有名な島々を巡りたいと思っていたけど今回はやめ。なんか最高値のシーズンで人がウジャウジャ居そうだから。次にシチリアへ行く機会があれば夏を外して行こうと思う。


シチリア島を一ヶ月近くで廻るけど同じ縮尺で日本を切り取るとこんな感じ。四国よりは大きいが期間が長いからゆったりのんびり廻れる。

難儀なのは言葉。イタリア語も分からないのにシチリアの言語が幅をきかしているらしい。旅の通訳手帳が使えない。ま、なんとかなるでしょう。

ボランティア -5

石巻には室蘭の救急車、札幌のゴミ収集車、大阪ガスの工事車両.......。日本中から災害の復旧に来ている中、一緒に泥出し作業をしたボランティアの中に当事者がいた。

職場が松島で津波の時は自衛隊に逃げ込んで助かったが会社は跡形もなく流され社長も行方不明のまま。会社は解散し全員が解雇されたのだと。職は探しても見 つからないし幸い自宅は被害に遭っていないから住んでいる石巻の復旧を手伝っていると云われた。被災者が被災者を助けているのだ。

泥出しをした家のご主人は私より年上の老人。一緒に復旧作業をしているのは娘婿で牝鹿半島に住んでいたが家は跡形もなく流され、職場も流され、娘の学校も なくなった。これ以上絶対に住めないから家の形が残る義理の親父宅に来て住めるように頑張っているのだ。ここでも被災者が被災者を助けている。

復旧にはものすごいエネルギーが長期に必要だ。被災者も援助する人もみんな精一杯頑張っているがそんなに簡単に復旧できない。時が経つにつれ被災者と災害 に遭っていない人との距離が開くのがいちばん怖い。神戸で実際に苦しかった話は数年経って皆が震災を忘れたときだと何度も聞いた。

忘れかける頃に私はもう一度石巻を訪ねます。今回ボランティアをした家々を廻ろうと思う。「元気ですか」と会いに行くだけで気が安まってくれるように思うから。

私は今回のボランティアに参加して自分自身が一番満足できた日々だった。自分のためにも被災者のためにも行ってよかったと心底思います。そして忘れそうな頃に石巻へ心の復旧に行きます。

長いのに最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

ボランティア -4

新しい現場へ向かうと驚いたことに最初に泥出しをした隣の家。片平さんに挨拶に行くとしっかりと覚えていてくれて凄く嬉しい笑顔を見せてくれた。この笑顔の素晴らしさは忘れないと思う。

隣もやはり床下の泥出しだ。ご主人に聞くと津波で濁流が押し寄せたとき、五人ほどが流されるのを二階から見た。そのうちの一人の女性が屋根より少し高い庭 の木にしがみついた。寒いのにしがみついたままで濁流だから助けられない。流れが少し緩んだときに向かいの老人が二階から泳いで助けたと云われる。

その庭には五台の車と小屋が流れ込んだ。その小屋がお婆さんが居た一階居間のガラスを割ってくれたのでお婆さんは小屋を伝って這い上がり二階の物干しから上がれたのだ。ご主人は地獄絵を見ているようだったと青い顔で思い出していた。

同じ所に二回も行ったから道順は覚えている。仙台の宿に戻って場所を調べて目を丸くした。


数年前に自転車旅で通った道の直ぐ傍の家なのだ。


見えない誰かが「お前が行け」と選んだのじゃないかと思った。

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