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書いていること

なにか変だなあ。ジワジワと変化しているように思うネット記事。

震災でゲラゲラ笑える話題に寄れないにしても、暗い話題に傾くのがあたりまえにしても自分の書く事柄が以前と違う気がする。生活の活力は失っていないけど何か変。

更地に立つ気持ちで客観的に見つめてみよう。

電気代、\1,886円

東電が計画停電を行っているが、困る方が多いと察します。ほっておくと東電管内が不意に全部停電になるから計画停電なのだが他に手はある。

日本全国が強力に節電をする。節電方法は以前に書いたから省略しますが電気は節電すれば直ぐに減る。二割や三割減らすのは今すぐにできる。


これは我が家の電気明細ですが以前に書いた2010年7月までの1年間の月平均が\2,384円だった。写真の最近平均が\1,886円で一年ちょっとで五百円は25%減らした。決して不自由な生活は一切していない。

読者の方々に是非見ていただきたいのがお宅の先月の電気代。おいくらですか。私の家族三人の電気代より安い方はいますか。決して自慢しているのではありません。\1,886円との差は減らせる電気だと云いたいのです。

これを政府が指導して全国で震災直後から実行しておれば既に三割は減っていて東京の停電は回避できている。エコポイント復活などと言い出したが前回のエコ ポイントでどれだけ減ったのか。減ったと聞いたことがない。多少減っていてもそんな生温いことを云っている時ではない。

日本の国で起きている困りごとだから国民全員が力を合わせたい。節電生活に慣れれば地球資源の無駄遣いが永久に減らせます。

県外者どうぞ

塩竃と多賀城で県外からのボランティアの受け入れが始まった。

もうしばらくタイミングを見ようと思うのは、どちらも「連絡なしで来てください」とだけあるが、たぶん身構えしていた方々が殺到し混乱が予想されるから。半月以内にはたくさん募集されるだろうし殺到も治まると思う。

行けると聞いてなんだかほっと安心したが厳しい災害の爪痕に入るとどんな心境になるだろうかと心配もする。

毎年災害

朝から雪が降り続く中、栗の植え付け穴を掘る。と、地主さんが現れて「加藤さん、こんなに早くからですか」。午前七時でした。

お昼まで降り続いた雪の中での穴掘りはさすがに寒い。寒いが体を動かしているから大丈夫。なにが辛いか。山は一面杉林で花粉の嵐の中。抗ヒスタミン剤も効きませんな。

被災地の漁師さんが地震の時に湾内にいたが、
海上の船がガタガタ揺れて半島の杉林で黄色い火炎が上がったように見えたらしい。そのあと沖へ全速力で逃げて助かったと読んだ。

杉の花粉も人々を苦しめますね。

ご案内


せいざん会とは老人クラブのことで婆ちゃんが楽しみにしている会。入会案内がきた。

俺がゲートボールに熱心に通う姿を想像して。バス旅行で婆ちゃんとカラオケ歌う姿を想像して。似合うよな。もう歳だから入会するか。自転車旅なんて無理な歳だろ。そろそろ杖も買わなくっちゃ。

あっ、栗の苗木が到着した。今日にも植えてあげないと枯れてしまう。植えるにはあと二つ大穴掘らなきゃならんのだ。ゲートボールなどやってられんの。カラ オケ旅行なんて時間がないの。仙台福祉協議会はまだ来るなと仰いますがリュックには食品以外全部入っているの。老人会などかまってられんのだ。

がんばろう、かとけん!

忘れられた歌

昔、メーデー会場を埋め尽くす労働者が赤旗を振ってこぶしを挙げて歌った「がんばろう」。何故かこのごろよく口ずさむ。

この歌を歌った当時を思い出しながら、そのころの周りの人々を思い出しながら口ずさむ。何ともいえない雰囲気の時代だった。熱く燃え、乾く喉を涸らす時代だった。

今、意味は違ってもこの歌がぴったりする気持ちでいる自分が面白い。

がんばろう 突き上げる空に
くろがねの男の こぶしがある
もえあがる女の こぶしがある
闘いはここから 闘いは今から

がんばろう 突き上げる空に
輪をつなぐ仲間の こぶしがある
おしよせる仲間の こぶしがある
闘いはここから 闘いは今から

がんばろう 突き上げる空に
国のうちそとの こぶしがある
勝ちどきをよぶ こぶしはひとつ
闘いはここから 闘いは今から

連帯

会社でお客様に送る請求書が毎月30社くらいある。創業から二十年のあいだ郵送してきたが電子化のお願いに回っている。経理事務というのは旧態依然で断られるのが多いと思っていたが、意外なことにほとんどが了解してくださる。

メールでPDFファイルを送るのだが、皆さんがメールに慣れていることとファイル保存も慣れておられる。昨今のネット事情が後押しをしてくれているのだがもっと早くお願いすべきだったか。

印刷費用、郵送費用あわせて月に六千円は年間七万円。十年で七十万円は大きい。今やそれを「細かいこと」と思う人もいないのは困窮する経済事情に打ち勝つために皆が苦心しているからだ。

訪問して話をすると災害復興に何らかの力を出したいと皆が云う。嬉しい。

「がんばろう東北、がんばろう日本」。

無力感と怒り

「直接の災害支援と日本全体を元気にする活動。それを続けよう」と決めてからのその後。ニュースの原発部分に触れると元気がなくなるというのが本音。

放射能で汚染された農作物や畜産物。出荷停止というが鳥インフルのようなウイルスとは全く異次元のことで短期間で汚染はなくならないし放射能による人や動物が受ける被害はどうしようもない結果が待つ。

住民が避難し戻れないかもしれない土地。農業や漁業ができない土地や海。復興しようにもできなくしてしまう核の平和利用とは何なのか。何処が平和なのか。電力会社が平和ならよいのか。

東電に限らず原発を持つ電力会社の現役員と役員経験者は明日から汚染地で死ぬまで生活しろ。お前らが安全と決めて導入したんだから身をもって安全を証明しろ。地震や津波の復興に国家予算をつぎ込むのは当たり前だが原発事故は復興とは全く関係ない。

原発の後始末にかかる費用は一円たりとも国や自治体が出してはいかん。すべて電力会社が負担し核が高くつくことを身をもって体感させろ。電力会社が倒産してもあたりまえの罪悪だ。

三連休最終日

椎茸原木の仮伏せ完了。栗の苗木植え込み穴は一ヶ所完了。雨でも朝から励んだ成果が午後に出た。電気の来ない電柱を見続けて「使えないなら電柱を倒してしまおう」と電柱の周りを掘る。深く埋めてあるもので1メートルほど掘ったが倒れない。

「倒れないなら起こしてみるか」とロープで二ヶ所から引っ張ると思ったより簡単に起きる。起きたついでに梯子を架けて断線を修復。もう一度電柱を見つめ る。「そうだ、このまま倒れないようにワイヤーで引っ張ろう」ワイヤーの固定が上手くいけば完璧じゃないか。と云うところで日没。

決して震災を忘れたのではない。「がんばろう東北、がんばろう日本」。

桐生大工事か

薪山は電気断線ヶ所の調査。クレーン車切断後の修復ヶ所と判明。これが厄介なことに電信棒が傾いてぐらついているところで梯子が架けられない。電信棒の立て直しが必要で電線もそのままじゃ使えない。かなり大がかりな工事になったなあ。


コードリールで凌ぐとしても百メートル以上だから30mリールが四つか五つ必要になる。ふーむ。名案はないか知恵を回そ。こうして衛星写真を見ると無茶苦茶広いなあ。

三連休三日目は椎茸の原木に駒を打ち込んで仮伏せ。もうひとつ。栗の苗木三本を買ったから大穴掘って土作りからの植付けをしなくては。

でも雨や。

桐生よいとこ一度はおいで

婆ちゃんも孫も連れて四人が桐生薪山で一日を過ごした。

間伐をやった。直径十センチまでの若杉や檜を根の上で切る。斜面の枯れ葉や小枝の掃除もした。随分すっきりと奇麗になるがとても広いから相当の日数がかかる作業。

婆ちゃんは両手で抱えられる小枝の束を集める。孫は三人について回って遊ぶ。焚き火を囲んでお昼ご飯。楽しいです。

関電に通電してもらった電気が使えるように工事。漏電遮断機が長年の風雨にさらされてボロボロなので交換。電信棒五本を経由した先にある小屋にはコンセントがあるが三本目の電信棒の付近に新築する工房用の配電箱を設置。これが怖かった。

傾いた木製の電信棒が折れないか、梯子をかけて登っていくとたわむんです。何とか地上10mの配線を終えていざ通電。電気ドリルが回るはず。...はず。.....はず。

ここまでブレーカー2個を経由しているが漏電はない。電線を調べるとクレーン車が切ったと云われるつないだ処が怪しい。三連休初日の作業はここまで。


これが簡易テスター。電気が来ているかどうかを調べるために作った。今日は何処で電気が通らないのか順に追って調べる。

始めた

復興支援ボランティアの準備を進めてる。今のところ被害県内在住者しか受け入れていないが仙台福祉協議会が募集を始めたのがネットでわかった。 電話するがつながらん。夜遅くにサイトを見るとやはり仙台市内在住者に絞られた。もうちょっと待とうぜっ。

交通だけど自転車で行くには日がかかりすぎる。ヒッチハイクは看板に「東北被災地方面」と書けば乗せてくれるだろうが帰りが「京都方面」では乗せてくれん でしょ。やっぱり飛行機が手っ取り早い。ちょうど六十五歳のできたてほやほやだから空席待ちだけど片道一万二千円で飛べるんだ。



これは自転車用の持物リスト。流用して用意してるけどヘルメットで突き当たった。要るかなあ、発泡スチロールでは役立たずかなあ。

始める

日に日に暗い気持ちになるばかりではいかんと二日間考えた。


悲しんで暗くなるのはやめる。亡くなった方々には毎朝、愛犬に線香を灯すときに東北に向かって手を合わせる。ボランティア活動が可能になって行ける時期が来たら現地で一週間、食料持参と自炊で復興を手伝う。

なによりも今、求められているのは明るい日々を創り、自分自身が元気を創ることだ。それが重く沈む今の日本に役立つことだ。直接の災害支援と日本全体を元気にする活動。それを続けよう。

ニュースに釘付けになっても何も変わらない。悲しみにふけっても誰の心も治まらない。そのことばかりに傾注しすぎると皆が潰れてしまう。



これ
「明るく、元気に」のはじまりだ。

かえる

日に日に暗い気持ちになるばかりではいかんと集中して考えた。稀に見る大災害がゆえに被災者の今や、亡くなった方 を思うと、悲しく辛いのは当たり前だ。だが、それを毎日繰り返しても何も変わらない。自分の生活は乱れる。悲しみ、暗くなるのはやめよう。と、考えた。こ のあと実際の行動も書き記した。

寝る前の気持ちと朝起きての気持ちを数日間の経過の中で振り返るとやはり暗い。重い。もう一日しっかりと考えます。

戦時

昨日の夕食を桐生薪山の地主さんと共にした。今の心境では楽しめないかもしれないと延期も考えたが大震災以前の約束だし.....。料理屋さんで四人が卓を囲んだがやはり災害に話が流れる。

でも、せっかくの会食だし時間をかけて話ができるのも初めてだし、四人ともいっぱい、いっぱい話をした。楽しかった。お互いが理解を深めるきっかけになった。震災で暗雲のたちこめる日が続いただけに明るい時間でよかった。

でも、朝起きて一日が始まると暗雲は立ちはだかったまま動かない。ものすごく長い闘いになるこれからの過ごし方を今日はしっかりと考える。日本中の方々が同じように暗雲に突っ込んでいるのだ。

人災

大震災自体は地震も津波も天災だが原子力発電の由々しき事態は人災だ。

「想定以上」とか「想定外」という逃げ言葉で傲慢姿勢を隠すな。マグニチュードの記録を塗り替える地震ではない予測範囲の地震。その責任回避の傲慢姿勢こそが人災に至る原因だ。

フロリダ沖で「駅まで五分」たった水深千五百米の原油流出を止められなかったのも「起こらない」として掘削したか、「止められる」としたかどちらでもよいが誤りだった。今回もメルトダウンは起こらない、制御できるとした「誤った理屈」がまかり通った。

原子力の事態が地震災害の復旧を阻害するようなことになりつつある。それを招いた人災責任は死罪に相当する。

中止

一ヶ月後の世界一周旅をやめます。宿の予約やルートの決定時期だけど、とてもそんな気になれない。

多くの
日本人が苦しみ耐える中、それを助ける沢山の人々。海外からも援助の手を差し伸べてもらう中で一人の日本人が海外で遊んでいるなんて、やるべきでない。予約済みの航空券などいくらかかろうともそれが人の道だ。


数々の思い出の残像が鮮明に残る中、変わり果てたこの地の光景を見ると無念でしかたがない。あの宿もあの店もたぶん消えただろう。あの人は無事だろうか。

時を見て現地に入りこの手で復旧を手伝いたい。

自分にできること

自分に何ができるだろうと考えるが何もできない。歯がゆい。国中の総力を挙げて救出をと思う一方で何もできないでいる自分。こんな時にどうすればよいのか具体的な指針が欲しい。

水援助隊、米援助隊、毛布援助隊、運送隊......。これを市や町ごとに常に作っておき隊長会が瞬時に仕切る。「私は災害発生時に毛布三枚を持って大津 インター近くの逢坂中学校体育館へ届ける」「私は自分用の三日分の食料を持って逢坂中学校運動場の救援バスに乗り力仕事に加わる」。

単純な発想だけど災害が起きたら「俺の任務はこれだ」と決めておけば立ち上がりも早く救助が間に合う場合もある。国民が一致団結できる。一人一人にできることは必ずある。束ねて統率すれば必ず力になる。

参加したい、力になりたい。ショー化したニュースを見るだけで「お気の毒に」と結果他人事でこの大地震も終わる自分が嫌。

それを司り導くのが政治じゃないのか。無政府状態を作っているのは政治家のお前じゃないのか。

何故

昨日は苦痛でPCも開けられませんでした。自分のことは後回しにして..。

東北の巨大地震を目の当たりにして、またか、という気持ち。この災害はたいへんな被害が予想できるが一刻も早い救助をお願いする。

どうして悪いことがこうも続くのか。私事になるが新年挨拶のあと一酸化炭素中毒の被害者にしてしまった会社の女性スタッフ。中毒自体は後遺症もなく戻った のだが私が帰国した二日後に地下鉄の階段を踏み外して足首の靱帯を損傷した。痛くて歩けないので整形で再診すると剥離骨折とわかり自宅療養。

先日、ギブスをはめてやっと出社できるようになった。出社して直ぐに私の目の前で電話がかかってきて顔が青ざめている。百歳の母親と同居して面倒を見てい るお兄さんが心筋梗塞で救急車で運ばれた。直ぐに病院へ駆けつけた。命は取り留めたが肺に水が溜まっていて相当期間の入院らしい。

足のギブスも外せない体で車椅子のお母さんの世話。悪いことが続く彼女が可哀想で仕方がない。

どうして悪いことがこうも続くのか。

風邪か

昨夜から体がだるくて布団に入りたくて、朝起きると腹が痛く熱もある。この状態は会社を休むのが普通だけど今日は休めない。遅くなったが今から行きます。

風邪とは関係なくまたもや悪いことが起こった。その対応にどうしても出勤が必要。悪いことの顛末は明日に書きます。

しんどいなあ。

油売り

下呂温泉からの帰りにガソリンが少なくなり岐阜の出光セルフで給油した。リットル\144円。これが岐阜あたりでは最安値だった。

滋賀へ入って出光セルフが\140円。安値は何処も\140円で岐阜県と四円も違う。損した気分もあるけどどうして県をまたぐと大きく値が変わるのか。滋賀は安いと聞いていたがどうしてなのだろう。原価はまったく同じなのに。

それにしても化石燃料って高くつくなあ。

温泉と美味い料理

残念ながら雪は積もるどころか溶けた。

ところで温泉旅館の料理って量が多すぎて困ります。私は小食だけど大食の人に満足してもらう量でないと誰かが不満を漏らすからね。夕食も朝食も出されるお 膳をすべて食べて車で旅行を続けたら一週間で十キロくらい増えそうな気がする。一泊大食付一万八千円。一泊小食付九千円なんて旅館でけんかなあ。

元々、温泉旅館そのものが高度成長期の遺産のように思う。上げ膳据え膳のたらふく飯を望んだのは所得倍増なんてスローガンを掲げて貧困から解き放たれた反 動的消費時代だったが、その根本に流れるのは無駄を無駄と思わず湯水のように何でも消費すれば、それが贅沢だと勘違いしたことじゃないだろうか。

海外へ旅に出ると中国の人々がわんさと旅行している。その勢いは一時の日本人の姿を映しているように見える。その中国の人のわんさ旅と温泉旅館が一本の糸でつながっているのかもしれない。

温泉が好き。美味しい料理も好き。昨年に阿蘇地獄温泉で自炊温泉三昧をしたが自分にはそのほうが合っているのかなあ。

温泉宿

下呂と高山の間の山奥にある油谷温泉にいます。


朝、起きると一面の雪景色。


露天も風情溢れる雪の湯は自転車旅ではないことかな。

と、風情を味わう内に気がついたが車で帰れないんじゃないのかい。国道まで出られるかどうかだけど駄目ならもう一泊するか。

ところで何処でも温泉旅館に入ったら最初の風呂でパンツを脱いだら帰るまで履かない。だって何度も風呂にはいるのに浴衣の下のパンツを脱いだり履いたり必 要ないじゃないの。夕食に仲居さんが料理を運んできて、忘れて浴衣の股ぐらからニョキッと生えるブツを見てニコッとされて気がつくときもある。

それがお若い仲居さんの時があって、頬を赤く染めて無口になって、そのうちにヨダレを垂らす方もいるんだなあ。立派だからなあ。もう一泊したらその仲居さんとのその後の出来事を書きます。

誰ですか「雪よどんどん積もれ」と云ったのは。

近江商人の町


五個荘という近江の地をご存じの方は少ないと思うけど、近江には知られていないが由緒ある処はけっこうある。という私も地名は知っていたが訪れたのは初めて。

昨年に薪をオークションに出品された方とメール交換を経て五個荘の事務所を訪問した。薪のお話しや旅の話を小一時間させてもらったのだが、同年配のお父さんと息子さんが熱心に話をしてくださって楽しいひとときだった。


会いに行った近くに歴史建造物の金堂の町並みがあるので寄った。


近江商人の舘があって町に水路を通した町屋は静かで良いところだった。

そのあと岐阜へ走って宿に荷を置き梅林公園を歩いたが、こちらは徒歩運動だけの梅だった。

湯へ


今から二泊三日で温泉へ。長良川で一泊して下呂温泉。無料招待しますというから手が回らなくとも行く。

今回は軽四バン。薪で知り合った方を訪ねたり薪小屋用の不要鉄管を探したり重い荷が積めて小回りがきくほうが動きやすいから。もひとつ。自転車で下呂は寒すぎる。

一応パソコンは持って行くがたぶんネット接続は無理。その節はご勘弁を。

山の幸

椎茸菌のコマを五百個買ったのは桐生薪山の地主さんの勧め。山では既に地主さんが栽培しておられて今はどんどん成長している最中。

「見ているだけじゃもったいないよ」のお言葉。「他にやることが沢山あって手が回りません」と云ったのだけど、黙って何処かでクヌギの原木を十本切ってきて「これを使いなさい」とトラックから降ろして並べる。

目の前で見本にドリルで穴を開けてコマを打ち込んで見せる。ここまでしてもらって原木を転がしたまま知らん顔は誰でもでけんでしょ。

五百個の種駒がどんな姿に生まれ変わるか。収穫もあるが成長を見守る楽しみが先か。これで桐生薪山に行けば竹の子、栗、カリン、梅に加えて椎茸が収穫できる。

もう一種類を植えるつもりだが今は云いません。ほんと、手が回らんもん。

作詞:阿久悠 作曲:都倉俊一

今、自分が手がける「工事」をあげると、京都のマンション改築、自宅のストーブ煙突、桐生薪山の小屋新築......と沢山ある。手に余る量で体がもうひとつ欲しいというのが正直なところ。

どれも何時までにと云うことがないから気ままに進めればよいが、どうしても面白いと思うことに先に手が行く。そのうちに次々と新しい「工事」を創り出していく。

次から次へと手を出していく気持ちの働きは生まれつき。中学のころ鳥を飼うのが好きになって野鳥を山で捕らえて餌づけして、人に慣れさせて籠で飼ってい た。スズメも手乗りにした。トビも飼った。そのうちに母親が愛想を尽かしてすべて逃がしてしまったが懲りずに山に入って鳥もちでヤマガラを捕らえてきた。

歳を重ねた今は周りで愛想を尽かす方ばかりだけど止めに出る方がおらん。おらんから図に乗って次から次に手を出す。

あゝ蝶になる あゝ花になる
もう どうにも とまらない.....




昨日これを買ってきたひと誰ですか。
.
.
.
.
.
今夜は真赤なバラを抱き  器量のいい子と踊ろうか
それともやさしいあのひとに  熱い心をあげようか


あゝ蝶になる  あゝ花になる
恋した夜は  あなたしだいなの
あゝ今夜だけ  あゝ今夜だけ

もう どうにも とまらない

次の旅

NZから帰ったばかりなのに次の世界一周航空券の予約中。五月連休を挟んで四月出発で今回も韓国発の世界一周。韓国までは今の世界一周航空券の最後の切符で行く。

次の世界一周もなぜ韓国発か。いくつか理由があるが日本を出発国にすると日本に帰国したら世界一周は終わり。一回で相当日数の長距離旅行になる。韓国発だと日本は経由国だから三回の滞在ができる。即ち一年の期限内に日本に三回帰国できる。


最初の連休前後はイタリアから北米を廻って帰国。秋か冬に暖かいニュージーランドからフィジーとグアムを廻って帰国。来年の春に沖縄を回って韓国を走って 終わる。合計16回のフライトで距離は三万四千マイル。このフライト全てで三十五万円。三回の海外旅行とすれば一回あたり12万円か。

連休でも正月でも行きたいときに行きたい場所へ行く。すべてを自分で作る自由旅だから思いっきり自分に合った旅にできる。最も安くつく自由旅だと思う。

あと二ヶ月で出発だ。

銀塩

写真の現像は山西さんに教えてもらった堀内カラーに出していた。さすがにプロが使う現像所で文句の云いようのない仕上げ。今回のNZのフィルムを持ち込んでふと貼り紙に目をやると「京都営業所は三月で閉店」とある。

銀塩写真がまたもや遠ざかっていく。フィルムの廃盤や入手難、フィルムや現像費の高騰、加えて現像所がなくなっていく。デジカメの写真では感性溢れる写真が撮れないことを知っているから使い続けたいのだが.......。

夜半から降り始めた早朝の雨の音を聞いている。

穏やかで何かを鎮めるような雨音。それは何で音が立っているかわからないようなサワサワとする音。時折、雨脚が強くなると聞こえるのは雨粒が葉をたたく音。そして雨垂れの音。今日の雨は風がないから穏やかな雨。

こうして暗闇に立つ雨音をじっと聞くのも何年ぶりだろう。いいなあ。

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