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NZの旅日記は

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NZを走ってきます。


午後二時の関空発オークランド行きに乗るべくもうすぐ出発。五年前に訪れたNZは初めての長期海外自転車旅だった。 それ故に思い出も深い。

今回も期間は同じくらいの一ヶ月。違うのはあの頃に比べると旅慣れたことで心配や緊張は少ない。だけど潜む危険は全く同じだから充分に気をつけて走らない と。特に今年は年初から命に関わることが目につくんだから。

時差は四時間。現地朝五時に起きてネット接続が日本の朝九時です。

ではっ!

薪材


薪ストーブの薪は木造建築の端材をもらってきて燃やすことが多い。合板などの接着剤を使った木材は燃やすと環境悪化のガスが出るし、高熱を出すからストー ブや煙突を壊すので燃やさない。

最近は大黒柱も集成材が多い。細く切断した木材を接着剤で束ねて柱にしているのだが強度が二倍近くに上がるのと太い木を必要としない利点で使われている。 家もいつかは建て替えて木材も燃やすのだから接着剤のガスは考え物だ。

合板や集成材は薪ストーブで燃やさないように選んでいるが燃やせる木でも外材には燃えない木がある。一見では分からないが燃えないで煙を出すだけなのだ。

建築木材にもいろいろあることを知った。

人と火


薪ストーブを焚きはじめて二ヶ月。焚いて直ぐに「シアワセ」だと感じて、使い込む内に「これが無い冬をよくぞ越してきた」と感じている。

全ての部屋の暖をとり、シャツ一枚と裸足で家中を動き回れる暖かさは「暖かい」という言葉以上の快適さ。料理や風呂や洗濯など冬の生活がガラッと変わっ た。


この写真は昨夏のイタリア山岳。お爺さんが薪を作っているのは家の駐車スペースで半端な量の薪じゃない。この光景がいたるところで行われていた。

薪に代わる暖房は何でも手に入る時代に薪であり続ける理由。自分が薪ストーブを使ってみて初めて分かった。写真の薪を作るには半端な片手間ではできない。 その労力をもってしても薪でなければ嫌なんですね。

正月前には有り余るほどあった自宅の薪が退院して帰ると少なくなっていた。カミサンが開口一番「薪が少ない」と心細い顔をした。入院の心配などひと言も触 れずにそっちのけで。

観葉植物か。

京都駅近くの路地にある八百屋。年の瀬に「去年と同じ小さなクワイは今年もありますか」と聞くと店の奥から出して くれた。


京都の竹田で栽培されているもので大粒は高価で手が出ないが、写真のように小粒だと量は多くてキロ三百円。

ほろ苦いゆり根に似た味はおせちの風物だけどこれだけ多いと新聞にくるんで屋外に置くと三月頃まで食べられる。煮付けはもちろん素揚げを塩で食べるのが美 味しい。小粒でも味のある竹田のクワイを食べると他のは食べられない。

クワイって水性植物なんですね。
観葉植物の水鉢で見かけたような.....。二三個余らせて植えてみよ。http://www.akb.jp/shop/free_9_100.html

やっと平和な話題やわ!

外は雪景色。でも元気。

昨日の夕食。久しぶりにサルティンポッカで食事をした。1年以上行ってなかったけど木村さんの腕が上がったように 思う。おまかせで食べたが幾皿も幾皿も出てそれぞれが特色のある味と盛りつけ。カミサン共々大満足。

帰るときにからすみのお土産までいただいた。店を出てから「むちゃくちゃ安くしてもらってるよ」とカミサン。木村さん、何から何までありがとう。開店時刻 に入ったが次々と客が来るわけは「美味い」からです。

ところでNZ旅の山歩き記事の書き方が悪かったのかNZ旅をやめたように読んだ方が多く、木村さんもそのように思われたそうな。今週の土曜から一ヶ月の NZ旅は山は歩きませんが自転車旅です。

経緯

CO中毒で起こったことをかいつまんで書きます。この記事でCOに関して書くのを終えます。

消し炭を焚いたのが12時半ごろ。床に置いた火鉢は最初は火力が強いが時が経つと弱くなるのは今思えば酸素が減っていくからですね。最初に頭が重いと感じたのが三時頃。三時半に一酸化炭素に気づいた。COを三時間吸っていました。

救急車に乗って高濃度酸素を吸入し始めたのが四時前。以後高濃度酸素吸入は続きます。血中濃度が25%以上とわかった時刻は最後のCO吸入から二時間ほど経っているから最高濃度はもっともっと高かったはず。50%で生死を分けると言われる。

京大での六時半頃の再検査時点で濃度は10%に下がっていた。高圧酸素治療が行われたのが七時半。終わったのが九時。翌朝まで高濃度酸素をマスクで吸入して朝の血液中COが1%で正常に戻りました。

私の場合CO吸入後に早期に酸素を取り入れて、なおかつ早い段階で高圧治療が行われたことが幸いしています。脳細胞を無酸素でどれだけ放置したかで脳細胞の壊れ方が決まるのですから。

高圧酸素治療ですが十人以上入れる密閉したタンクの部屋を水深換算で18mの深さの気圧に上げ、高濃度酸素を1時間半吸入します。ヘモグロビンに取り込ま れる酸素は通常の二十倍以上に上昇し、その血液が脳細胞を含めて全身に行き渡ります。この治療を退院までに三回行いました。

一回目の加圧時に二人とも頭が痛かったのですが壊れかけた脳細胞に酸素が行き渡って蘇生する痛みだと思いました。加圧室を出たときの実感は体全体が蘇るように感じます。

ベッカムがワールドカップ直前の骨折をこの治療を行って治し出場して有名になりましたが、この装置が京都府には京大と舞鶴自衛隊にしかありません。それを最短時間で使ってもらえたのですから幸運としか言いようがありません。

加圧時のあの頭痛で後遺症の可能性が消滅したことを願っています。でも、後遺症が出ても私自身は自業自得ですから凛と対峙します。もう一人の女性に後遺症 が出ないことを祈る思いで願っています。もし出た場合はできることをすべて行って償います。

最初に私は頭が重くなったけど女性は眠かったと云います。二人とも眠くなっていたら死んでいたかもしれません。生きています。生きていて嬉しいです。

読んでいただいたみなさん。ご心配をおかけしました。ごめんなさい。こんなかとけんを赦してください。

慣れ

COに対するする知識は持っていた。ガスで死に至ることも知っていた。だが、実際には知識は何の役にも立たなかった。忘れてしまうのだ。色も匂いもなく溜まるガスに「今までは大丈夫だった」という無意味な学習がこんな状態を招いてしまった。

事務所で消し炭を焚いたのは五回目。自宅では二十回以上。今までは換気に気を配っていたのに火に慣れて「大丈夫」を勝手に作ってしまう。人の知識も「慣れ」で無意味に代わり死を招く。慣れは自分を過信していなくとも行う行為だと思う。

有毒ガスが発生する以上今の屋内環境で炭は使うべきではないです。何時か忘れるのだから。屋外でなら何を忘れようが換気扇が壊れようが大丈夫ですが屋内で は「気を付ける」という行為自体が危険を妊んでいる。そんなことを今、生死をかけて気づくなんて。

でも、生きていてよかった。生きられると思ったとき、すごく嬉しかった。命の大切さ、命の尊さ。ひしひしと感じています。これからしっかりと生きていきます。

救急

初出の年始回りが午前中で終わり事務所に戻って仕事をしているときのこと、えらい頭がぼやっとするなと思った。女性スタッフと私の二人が事務所で他のスタッフは続いて挨拶回りに出ている。

半時ほど経って頭が重くなって意識がさっきよりぼやっとするので「おかしい」と思った。その時、石油ストーブだけでは寒いから消し炭を焚いていることに気 がついた。すぐに火鉢を屋外に出し窓を開けて換気した。もう一人の女性は何事もなく机で仕事を続けている。自分だけがおかしいのだと思い、外に出て冷たい 空気を思いっきり吸うが頭がぼやっとして重いのは治まらない。

ネットで一酸化炭素中毒を調べる余裕はある。読むと酸素を吸うこととある。窓もドアも全開にしたうえで屋外に出て深い息を繰り返す。寒いからか立っていら れない。女性に大丈夫かと聞くが異常はないと言う。私はどんどん頭が重くなっていくので女性に救急車を呼んでもらった。

消防の方が事務所の中で炭を焚いたのを聞いて念のために一緒にいた女性も運ぶという。救急車に二人が自力で歩いて乗ると酸素マスク。第一日赤に到着後も酸 素マスク。種々の検査があって血液中の一酸化炭素が25%を越えているから後遺症を残さないために高圧酸素治療のできる京大病院へ行くのが良いと判断され 再び救急車で京大へ。

運ばれながら思った。自分の行いでスタッフにまで迷惑をかけてしまった。申し訳ない気持ちでいっぱいになり自分の行いの愚かさが自責に耐えられなかった。 好き勝手なことをして自分がどうにかなるのは馬鹿のひとことで済まされても人に迷惑をかけるなんて。しかも生命に関わることを。

自責の重さで押しつぶれそうだった。それから二日間のことは明日書きますが京大で二泊して昨日二人揃って退院しました。結果は障害も発生せず血液検査値やCTによる脳内画像も正常に戻って退院できましたが後遺症が出る可能性は残っています。

自責の重さを感じて耐えられない気持ちは増幅するばかりです。本当に恥ずかしく馬鹿で愚かな私。ごめんなさい。

九十八歳

ベトナムを一緒に走った山田栄さんから年賀状が来た。九十八歳になられて自転車こそ乗れなくなったが毎日朝夕のウヲーキングを欠かさず楽しみにしておられる。

ベトナムで一緒に走ったのが九十歳直前で、その後何年か後に東北の宿の主人が「滋賀でしたら昨日山田栄さんが泊まられましたよ」と自転車旅同士のすれ違い があった。三十四歳年上の自転車仲間というのがすごい。山田さんから俺を見たらハナタレ小僧か。

生きることの尊厳をまざまざと感じさせてくれる人。残念だけど目が見えなくなったので年賀状はこれで最後にしますとある。近くなんだから一度お会いしに行こ。

行きたかった


NZの山歩きをやめた。昨日、足首を丁寧に丁寧にテーピングし、重さ10kgに減らしたリュックを背負い元日と同じコースを歩いた。歩き方に柔らかさが欠 けていないかと膝や足全体の動きに全神経を集めて歩いた。魔の4kmで痛み始めた。やはり痛みが増していく。

痛み始めて思ったのは何事も何時か必ず終わりが来る。私の足は体重70kgと荷10kgの80kgに耐える構造でなくなったんだ。テーピングは関節の運動限度を制限して捻挫などの故障の予防には効くが重量に耐えられない関節の補助機能はない。


今日より重い総荷重90kgの負荷をかけて四日間連続55kmを歩き通せる足ではないのだ。一年近くかけてミルフォードトラックに夢を掛けてきた。でも行けない。行きたいけど行けない。さっぱりと諦めよう。


これが33歳のときに骨折した足首。内くるぶしが膨らんでいるのはセドリックの右側面が全て吹っ飛んだ中央分離帯への衝突で足裏方向から相当の衝撃を受け て内くるぶしが耐えられなくて割れたのです。ビスを入れて骨はつながったけど体重でビスが曲がり抜けなくなったまま膨らんでいるのです。

この部分が長距離歩行と重さで割れる可能性が大きい。ここ何回かの荷重歩行の痛みはその前兆かもしれないと思っている。割れるのが四日間の歩行中だとヘリ救助など多大な迷惑を掛けてしまう。そんな事を承知で歩くべきでない。

行きたかった。もう行けないこともわかっている。でも、何事も何時か必ず終わりが来る。その事実を見据えてこそ真の人生だ。

滑り出し

初詣に行ってから山を歩こうと思っていたが気持ちも体も行こうとしない。足首は嘘のように痛くもかゆくもないのだけれど登山靴を履いてあの山を歩くと痛む気がする。

痛めばやめるしかないと思うと行けないんだ。山歩きは順延とした。ストーブ周りで年末にやり残した造作の仕上げにかかったが思うように進まない。

今年は良くない滑り出しだなあ。

痛みの原因

お雑煮を食べてから山を歩いた。背中に12kg背負い15km歩く予定で自宅から歩き始める。


全国的な雪は桐生も奇麗な新雪だ。雪が積もると生き物の多さが足跡でわかる。


鹿は歩幅が長い。イノシシは二本爪。写真を撮り忘れたが鳥の足跡も沢山ある。


この四本足の生き物がわからない。四本の足跡が一ヶ所にあって次の足跡まで1メートル以上飛んでいる。前足より後ろ足が狭く爪痕は細かい。どんな生き物なんだろう。


青色が今日のルートで赤が先日。今日は途中で棄権した。足首にテーピングしたが最初の四キロで足首が痛み出し、7キロ地点で歩けなくなった。痛いのだ。

痛む足を引きずりながら原因を考えたり、NZの四日連続が無理じゃないかと考えたり悲しくなってきた。今日はカミサンに自宅まで戻ってもらい車で帰れたが二週間先のNZは四日間歩くしかない。歩けなくなればヘリの救助しかないのだ。

今日、もう一度一人で歩いてみる。その結果でNZをやめるか判断しよう。

ことはじめ

積もる雪の中の静けさを、ふんわりとした静けさを味わいながら元旦の朝を迎えた。


吹雪になり始めた大晦日に庭の雪を写真に納めたが雪をゆっくり見るととても奇麗だ。


おじさんと犬に見られながらの奇行の末に出来上がった門松。この門松は事の顛末をすべて知る証人さま。どうか今年も楽しいできごとが起こりますように。


元旦も朝一番に薪を焚く。静かな雪の中、暖かな炎に包まれて始まった新しい歳。

良い歳でありますよう。

御用納め

門松を作るのに竹を採りに桐生の山へ入った。今度借りる事になった山の隣で国有林。人里離れているから人は通らない山道。ふと糞をもよおした。

静かな静かなところだから道端の開けたところでケツを出してしゃがみこんだ。「こんな静かな山里で野グソができるのもシアワセだなあ」などとクソにふけっていると突然おじさんと犬が山道から現れた。

こっちはクソにふけってる最中で出し抜けだからしゃがんだまま身動きできず。おじさんの顔を見てニタッと笑って頭をぺこんと下げた。おじさんもニタッと 笑ってぺこんと頭下げてる。たぶん俺のニタッは歪んだ顔。ぐつが悪いというのを通り越して開き直りだよ。

おじさんの目の前でケツ出してしゃがんだまま、「きばり」こそせんかったけどこんな野グソははじめて。目の前に観客がいる野グソ。おじさんは15m先だか ら匂いもわかろうという近さ。64年野グソやってるけど人の目の前でクソするのは後にも先にもはじめてだよ。

おじさんと犬は山を降りていった。俺はなおもしゃがんだまま。こんどは思いっきりきばったぞ。終わって立ち上がるとなんと爽やかな気分か。

最高の野グソで締めくくる最高の年の瀬。こんな事が締めくくりになろうとは。笑ってやってください。笑って歳をこしてくだい。なんとも穏やかで楽しい人生かな。

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