楽言楽夢へ戻る

自分勝手

娘は郵便局に勤めて毎日配達をしている。この時期は休みなしで忙しいから保育園が休みに入った孫を毎日預かる。といっても私は何もできないからカミサンと婆ちゃんが世話をする。

今日から私も休みで家にいるから顔をつきあわせるのだが山歩きに連れて行く。背負うとちょうど15kgでNZトレッキングの練習になるからね。

孫を荷物に考えるところからして「世話」になってないんだよ。

勝手もん。

褒めると

昨日は婆ちゃんの悪口云ったから今日は胡麻を擦っておく。


婆ちゃんに編んでもらった防寒耳当て。昨冬の終わりにイタリア製の自転車耳当てを無くしたんだけどヤフオクで毛糸が二百円で出ていたので買った。指先を使うと脳味噌が働いて活き活きすると思ったから編んでもらったんだけど上手に編みよる。

幅も広すぎず狭くなく、長さも少し伸びてずり落ちないサイズ。このサイズになるように何度も編んでは解いてくれたんだ。八十六歳なのに達者な婆ちゃんだよ。

ネットで誉められてるって言っちゃ駄目だよ。有頂天になると家中の物という物を差し上げる癖があるんだ。散歩してる人にまで「どうぞっ」って位牌まで配るんだから黙っててね、内緒だよ。

毛糸は三種類あって赤い毛糸で鬼のパンツを編んでもらおうと思ってるけど気後れしてるんだ。男はパンツから出し入れするブツがあるからそのサイズを測らな いと出ないようでは困る。婆ちゃんが片手に巻き尺、片手でブツを持って測るときに思わずプクッとなったらどうしようって考えると気後れするんだ。

年末の忙しい時期に長々と読んでくれてありがとう。キリツッ、レイッ。

京都ことば

「おせちの材料や正月用品で思いつくものを書き出しといて」と婆ちゃんに頼んだ。忘れものは無いくらいしっかりと書いてくれたが、わけのわからんのがひとつ。



これは何でしょう。わかる方います?

婆ちゃんには内緒ですよ。ネットに出てたって云っちゃ駄目ですよ。
すねて引きこもると始末が悪いんだから。そこらじゅうの物をなんでも投げつけるんだから。

隅に炭

今週で今年も終わり。あと三日で仕事納め。

大きな納品で上手くいかない事があって悩みの種になっている。お客さんも我々も一生懸命なのだが市販ソフトが思い通りに動いてくれないのと、年末で時間が とれないのが重なって進まないのだ。このまま歳を超すだろうが気持ちの何処かに炭のような塊を残した年末。

ま、何もかもすっきりして迎える新年って少ないんだから、気を取り直して前へ進もう。

日本の文化

寒くなって薪ストーブを絶やすことなく焚くと消し炭の活躍が減って在庫が増える。会社でお茶を沸かすくらいできるから植木鉢大小を重ねて火鉢にして使うことにした。


そこで運搬に登場したのがコンビニ袋ではなく風呂敷。婆ちゃんにすべての風呂敷を見せてもらうと女物ばっかりの中に一枚だけ大きな男物があった。

二回使ったがこれは便利な道具だよ。コンビニ袋を提げるのと風格が違う。一升瓶でも壊れ物でも包めるし祝い事の化粧包みもできる。風呂敷は日本固有の文化。どうして今まで使わなかったんだろ。

巡り会い

薪作りに使う土地を決めました。借ります。

先日、桐生の山の持ち主とお会いしました。きちんと手入れされた広い土地は地目を農地から原野に変更されたのが十年以上前なのは手が回らないほど他に田畑 があるからだそうで、先祖が苦労して開拓したこの山の田畑を荒れさせるのが申し訳ないので綺麗にしているとのこと。

賃料を払ってお借りしたいと申し上げると「お金のことは考えていない」と云われた。いくらで貸してもらえるかを考えていただけに唖然とした。そして「家族 で楽しくこの土地を使ってくれれば、それでいいのです」という言葉を聞いたときに、またもや運命的な出会いだと思った。

私は良い人と沢山の出会いがある。どうしてそんなに幸運なのかは分からないが、この方もたぶん生涯お付き合いをさせていただく方になります。最初に会った ときに「紳士」だと思いました。二度目の先日もそう思いました。同年代の方です。これからのお互いの人生を豊かにするために深くお付き合いをさせていただ きます。

薪から始まった巡り会い。新しい生活。夢が湧きます。ほんとうに楽しい人生です。

けん爺健脚


NZトレッキングに体調を調えるべく昨日は近くの桐生を自宅から歩いた。

二人とも背には10kgのリュック。距離がちょうど10km。NZでは重さが倍の20kgで距離も倍の20kmだ。出発までにそれを経験しておくために重量と距離を延ばしてゆく。

今回は足首のテーピングなしで歩いたがやっぱり痛む。次は同じルートでテーピングをして様子を見よう。


自宅の周りがハイキングコースなんだから恵まれたところです。

失敗

「かりん」という果実が思わぬところで手に入ったのでジャムにしてみた。

失敗です。粘りが出なくて液状のまま。ジャムは果実の持つ粘着成分を糖と熱で引き出して粘りが出るのだけど果実によってその成分の多い少ないがある。


こんなに奇麗な色を出すかりんの果肉は固くてスカスカだから煮たあとに絞って捨てた。それが失敗の元で粘着力がなくなったんです。

でもリンゴの芯を煮出した汁でジャムらしい粘りを出してみます。こんなに奇麗なジャムを捨てられない。香りがこれまた素晴らしい。果実の写真を見たら「えっ、これがっ?」と云うんです。

聞かなくなって忘れそうな音がいくつか。雨だれの音、列車の汽笛、焚火の爆ぜる音、黒く重い電話機のベル、チンドン屋の鐘太鼓、僧侶の尺八。

なぜこんな音を思い出したか。燃やす木をいただく大工さんの現場。昔は聞こえていた鋸をひく音、かんなで木を削る音、のみをたたく音がまったく聞こえないんです。

そういえば小学校に通った舞鶴の冬、朝の登校時は「キュッ、キュッ」と雪を踏みしめて歩いた。帰りは半分溶けて「ベッチャ、ベッチャ」と歩いたあの音も聞かなくなった。

音ではないが「ふるさとの訛りなつかし停車場の人ごみの中にそを聴きにゆく」と啄木が歌った上野駅へ行っても訛りは聞けない。

電車で30分



昨日は大阪へ山西さんの個展を拝見に行った。

写真はぐぐっとインパクトのあるのがずらり一堂に。積まれたテレビに映るのはインドのスーパースター。面白い仕掛けだしビデオを見たくなったしインドも行く気が前に進んだ。

インドの話を中心に山西さんとの会話が弾み濃いひとときを過ごす。今年は二回も大阪で会えたんだ。ありがとう山西さん。

パチパチ音はなく

昨夜は寒くないのでストーブは点火せず。即ちストーブ料理はなし。ならば鍋だとカレー鍋。全員一致の一発決定。ストーブで鍋を囲むというのは無理だから卓でひとつ鍋を皆でつつくがなんとも和やかなこと。

うちのカレー鍋はカレーカレーさせない。カレーライス用の具を外して冷凍したものがベースだが同量の鶏ガラスープを足す。塩、醤油、ナンプラー、酒で味を調えると落ち着いた味になる。

一人にエビ二匹とかしわ二切れほどが動物性で野菜が大半。揚、コンニャク、豆腐、餅も入れる。最後がうどん。12月に入ると野菜が抜群に美味くなった。ニッポンは鍋ですわ。

買うか借りるか

薪作りに端を発した土地。三つ目の売地を案内してもらった。桐生ハイキングコースの入口にある別荘地のようなとこ ろで環境は抜群。価格も安くしますと云われて百万以下。カミサンの印象は今までの中で一番の物件。近いし環境は良いし安いし。電気が入るのを見届けてから 契約しようと思った。

その帰りに桐生の集落を回り道した。山の下草を刈っておられる方がいたので「この山はご主人の所有ですか」と尋ねた。「そうですが何か?」「薪を作ったり乾かす場所を探しています」と持ちかけると嫌そうな顔をされずに相談に乗ってくださった。

柵の中にはいると道路からは見えないが田畑が段々に登っている山と林で池が二つありかなり広い土地の持主だ。しかもこの広い土地を今は使っていないと云われる。

「薪作りに一部をお借りできますか」と聞くと「いいですよ」と二つ返事。電気も来ているし小屋もある。陽当たりとか風通しとかを見たいから借りるかどうかを決めるのに時間をいただいた。

昨日の土曜に陽が差すのを見計らって観察に行った。薪を作るだけにはもったいないくらい良いところだ。この場所が一番気に入った。いくらで貸してもらえるのかによるがワクワクしてきた。

あと十日あまり

気がつけば年の瀬。ただでさえ慌ただしい時期に輪をかけて落ち着かない。

普段は「あれをやろう」「次にこれをやろう」と前向き姿勢を保つのが得意だけれど今の心境は「あれやらなくては」「これもやらんといかん」と追いかけられる気持ち。

薪ストーブで生活が少し変わって慣れていないこともある。正月明けのNZ旅の準備もある。年末年始の準備もある。色々重なったんだ。

これが年の瀬かなあ。

田沢湖にのみ生息していたクニマスがダム建設の影響で70年前に絶滅。富士の近くで生息していたニュースには驚いた。嬉しかった。絶滅前に卵を放流したのが命をつないでいたのだが、それも人の手。

生息していたことがこの上なく嬉しいが、人の手によって種を絶滅させたり命をつないだり、人はいつからそんなに乱暴になったのか。人も地球上に生息する単なる一種であるという自覚を失い、絶大なる権力を手にした暴君に見える。

自然の中で謙虚に生きることを忘れ去り、多くの種を絶滅させてきた。恐竜が人の手によって絶滅したのでなく、絶滅が人の手だけで起こることではないが、大半は人の手によって絶滅した。

自然の根底にある回復力は出る杭を打つ。その力によって人が絶滅する。自然の回復力すら人が破壊してしまえば人は自滅する。

人も地球に生息する一種。

面影

.................

優しく俺を包んでくれたあいつ。明るく快活でいつも元気をくれたあいつ。あいつは六年前の昨日亡くなった。

出勤直後の会社に電話が鳴って飛んで帰ったが息絶えていた。ラグーは来世へ旅立った。

六年経っても変わらず愛おしい。話しかけてくる眼、息遣いや匂いまでも思い出す。愛おしい。

卒業写真

生活が少し変わったけれど楽しく良い方にばかり変わったわけじゃない。

英会話の練習は何処へ行った。休日の早朝里山散歩は忘れたか。英会話は右脳の鍛錬、里山散歩は歌心。どっちも大切じゃない。どうにかせいっ!

あのころの生き方を貴方は忘れないで
貴方は私の青春そのもの。

性生活の知恵

二十歳の頃に出版された本で当時の常識を破ったエロ本でない真面目に性を扱った本。読みたいと思いつつ結局は読まなかった本。読まなくても皆様方は大満足ですから読まなかったのかもね。って格好つけ。

この本の事を取り上げたいんじゃなくって知恵を働かせる、即ち「変える」話。性生活ひとつをとっても充分に楽しむ人と苦痛のままの人がいる。同じ事をして天地のごとく差が出る。

この本を読んでも相手に聞いても友人に相談しても勝手だが何かを変えれば九分九厘快感快適に変われるはず。病気か何かでそうはいかない人もいるだろうが「変えてみる」ことをしなければ苦痛の人も充分に楽しんでいない人も変わらない。

性生活を例えにしたが遊びも仕事も何もかもが天地の如く差が出るのは「変えてみる」ことを怠るからだと思っている。かとけんは「やり過ぎじゃないの」と云 われるくらい変えっぱなし。変えることを目的とはしていないが、もっと楽しめる方法を追求していると「こうしたらどうなるだろう」が日常茶飯になってい る。

知恵を働かせて何かを変える。その成果を手にしたときの喜びはひとしお。

楽しきかな人生。

生きる

私の中では911のテロが大きな転機だった。それまでは消費型バブルを地でいくような生活であり仕事の成果も同じだった。「稼げ使え」の典型みたいな生活。今を当時と比べると極端に変わった。いや、変えた。

稼ぎにあくせくし湯水のように金銭を使うことが馬鹿らしくなったのがきっかけだが、根底に心の底から豊かで楽しいと思える生活がしたかった。そうなるには稼ぎと金銭の使い方が無関係だと気がついた。

金ぴかの衣服をまとい、ゼロヨン数秒の車に潜り込み、ワイン一本三万円のレストランで食い散らかすことが豊かだと思っていた。殺伐とした気持ちだった当時と今を比べると格段の差がある。

豊かであり楽しいということに差がある。今が最も豊かだ、今がとても楽しい。質素に生きると見えなかった価値が見えてきた。見失っていたものは欲の影に隠れてしまっていたんだ。

一日の始まりが変わった。起きたらすぐにパソコンに向かっていたのが今年の秋まで。起きがけから超近代的道具に対面しデジタルな一日の始まりだった。今はその前が変わった。

起きたら薪ストーブに火を入れる。一瞬にして燃え上がり炎が激しく上がる。やがて大きな薪がトロトロと燃え出す。熱いお茶をすすりながら火を見るひととき。グーちゃんが二番目に起きてきて私の横で暖まる。カミサンと婆ちゃんは寝床でイビキ。

火を見ながら火の昔を思った。昭和の初期までは起きたら囲炉裏に火を入れたろう。囲炉裏で一番にお茶を沸かしたろう。もっともっと昔、縄文の縦穴住居も一日の始まりは火だったろう。

灰を使って火床を作り前夜の火を絶やさない方法は知っていたろう。お茶を沸かしたんだろうか、一番に何を口に入れたんだろう。縄ケン爺が火を起こしたんだきっと。縄グーちゃんが二番目に起きてきたんだきっと。奥さんや子供達は夜明けまで寝ていたんだきっと。

数千年まえから人々の朝は火で始まった。そんな火を見て今日が始まった。

袖ふれあうも

会社の真横で新築工事の真っ最中。二軒の建売を一人の大工さんが建てている。ちょうど私の子供に当たる年代の大工さんで実際にお父さんが私と同い年という。お父さんも創るの大好き人間で日吉の別荘地にログハウスを建てて今は露天風呂を作っているらしい。

初めて会った大工さんなのに立ち入った話をしているのは薪材をいただくことから始まった。一人で建てていると話し相手がいないから顔を出すと手を休めて話になる。

私も道具をいくつか持っているが正しい使い方を誰かに教わったことはない。見よう見まねで使っているが丸鋸の使い方を教えてもらった。今まで一直線に切っているつもりでも曲がっているが教えてもらうと「なるほど」とすぐに納得。

薪ストーブで作ったケーキを持ってきて食べてもらった。美味しいと喜んでくれた。「次の現場も教えるから来てくださいよ」と気に入られたかとけん。薪が織りなす人模様。

じっくり

薪を切ったり割ったり乾燥させる場所の発想から土地を買う話に変わっていったその後。125万の物件はダメモトで値切ると一発で80万に下がって驚いた。

この物件は人気があるらしく今週末にも見学者が来るらしい。私は急がず焦らずの姿勢で静観中だがそのわけは、探すとあるもので90坪175万が見つかった。こちらは傾斜地が少なく静観中の物件より使いやすい。

調べるうちに桐生のハイキングコース入口にも別荘地のような整備された土地がある。じっくり調べると次々見つかるのは土地デフレなんですね。今や固定資産税をはじき出す公示価格割れが沢山あるらしい。

チャンスといえばチャンスだけど、ここはじっくりと構えよう。土地は不動と云うくらい動くものじゃない。薪も逃げも隠れもしないし、ましてや催促もしない。庭がちょっと狭くなっているがたいした問題じゃない。

そのうちに面白い発想が湧いたりするもんね。

1時間45分


昨日朝の徒歩通勤は膳所駅まで。青点が先日の石山駅で膳所は次の駅。赤点が会社だから直線距離では半分。でも残りの半分は逢坂山と東山を越えるから体力は倍ではない。

このルートは自転車ルートと同じだけれど速度が違うと見えるものが違ってくる。そのひとつが河原に小屋があって猫がつながれていた。まるまる太っているから運動不足かストレスか。

もうひとつは菜園があるのは毎日見ているがその畑の木が枯れて伐採されている。切った木の山積みを見るとどうも始末に困っておられそう。何時か主人がいるときに話して薪にもらって帰ろう。

膳所まで10.5kmは少しくたびれるが次の大津駅までは歩いてみよう。

十二月

年賀状の季節になっても気持ちが少しだけ楽。多いときは三百枚の個人年賀状と三百枚の会社年賀状を出していた。パソコンがない頃は両面手書きで版画を作っていた。それはそれで楽しいのだが、なんせ年末のバタバタする時期だから慌ただしい。

一切の年賀状を止めた今、その慌ただしさがない分楽だけど気持ちに隙間風も少し吹く。昨日、同級生でサッカーを共にした友人に年賀状をきっかけにしたメールを送った。

隙間を塞ぐためだろうか。

大河のごとく

久しぶりに「奇遇の人」とお茶を飲んだ。礼文島で奇遇な会い方をした京都のお客さん。

あれから随分年月が経ち念願の日本一周を二年前に達成されている。一周が終わるとやることがないという気になってあまり走らないそうだ。それでも会社往復二十キロは毎日走るらしい。

同年代の方で取締役を退任し顧問になったと云われるので、ならば会社を休んで世界に出ましょうよと勧めた。世界一周航空券も関心を示されたが奥さんと長期に離れるのがねと云われる。

とまあ、こんなたわいのない茶話のひとときでありました。

時は緩やかに流れる。

誤算

薪は杉や松の針葉樹を燃やすと煙や煤が出るから広葉樹のナラやクヌギを燃やすというのが薪ストーブの常識。ストーブに火を入れて一ヶ月。意識して新築工事や改築で出る端材、杉や松の針葉樹を燃やしてきた。どれほど煙や煤が出るのかを試すために広葉樹は燃やさなかった。

昨日、一ヶ月で煙突を掃除したら煤は少ししか付いていない。もっともっと多いだろうと思っていたから拍子抜け。これならひと冬掃除しなくても煤を吹き上げることはない。

工事の端材が有用なのは切ったり割ったりがないに等しい。すでに乾いている。虫がついていない。運びやすい。大工さんに喜ばれて無料。しかも心しておればあちこちで工事をしているから簡単に手に入る。今、私が顔を出す工事現場は四ヶ所。

ひょっとしたらナラやクヌギを使わずに済むかもしれない......。

チェンソーはどうすんねん。

草津産

落花生は子供の頃から好き。永いこと食べていないのは中国産しか売っていないから。イタリアやカナダで探しても中 国産だった。舞鶴に住んでいた頃、神崎海岸の砂地で栽培しているところを見ているが、砂地の水分をたっぷり吸い込んで育つから土壌が汚れていると豆も汚れ る。中国産は信用していないから食べないのだ。


昨日、いつもの野菜直売所で落花生の生を見つけた。とっさに二袋買った。今からストーブで煎ります。久しぶりの落花生。

独身寮に住んでいた頃サッカーの練習に吉祥院商店街を通ってグランド往復。豆福という店には駄菓子屋で見かけたガラスのケースや四角いガラス瓶に沢山の種 類の豆が並べてあった。昔から人々は豆と共に暮らした。その料理も沢山あった。落花生も殻つきや塩茹でも売っていた。

私は寮の自室が落花生の殻で足の踏み場もないくらい食った。掃除をしないから貯まるのだ。今は豆屋はない。日本産の豆も少ない。草津産落花生を見つけて宝物を探し当てた気持ち。楽しみだあ。

船と風と煙突

昨日は強い風が吹いた。方々で物が飛んだり倒れたりのニュースが神経を尖らせる。心配だから早めに帰宅して煙突を見上げる。風で揺れはするが思っていたよりしっかりとしていてガツンと戻る感じ。


アルミ支柱をベランダの壁にボルト三本。軒先にボルト三本の合計六本で止めている。点検したがガッチリ絞まっている。

もっと強風はあるだろうが逆の発想でこの煙突を吹き飛ばすとしたらどんな風が必要か。吹き飛ばないように思う。こんな場面でヨットで培った風の感覚が生きるとは思ってもいなかった。

が、ひと冬経ったら全部分解して点検しよ。

歩く

自転車通勤を減らして徒歩通勤を増やす。NZの50km山歩きに足を馴染ませるため。


最寄駅の南草津は片道4km。次の瀬田駅が6km。もう一駅歩くと石山駅が9km。昨日は石山駅まで歩いた。NZでは背中に20kgを背負い最長20kmの歩行が待っている。9kmで足を馴染ませ続ければ本番も大丈夫だろう。

1時間半歩くと自転車より汗をかくから気分爽快なり。

事は冷静に

石山寺近くの売り地を見てきた。辺りは田舎の集落で車がやっとすれ違える舗装道路沿いの土地。隣の家は離れていて里山と田畑が周りの風景だからチェーンソーを使っても気兼ねすることはない。

問題は三角地で一辺が道路に面し二辺は畑に向かって傾斜している。道路に面した水平な部分だけでは家は建てられない。家を建てるなら土盛りが要るが薪を切ったり割ったりする平らな場所は充分ある。

傾斜部分には庭に植える木や雑草が生えているので伐採が必要だが傾斜を活かして棚を作れば薪は大量に乾かせる。電気も水道も簡単に引けそうだから小屋でも建てれば東屋でお茶も楽しめそう。


見に行く前は傾斜地を想定していなかったから「がくっ」ときたがゆっくり考えるとそんなものかなと思える。売りたいがための方便だろうが養蜂家と家庭菜園にしたい方と私の三者が商談中らしい。

とりあえず測量図を要求した。

事は順調


シアワセ壱号の住み家です。

床は遮熱と火の粉のためにタイルを敷いていますがフェルトの上に置いてあるだけで全て除けて掃除ができる。写真に写ってないがストーブの真下だけ底とタイ ルの間にもう一枚浮かせてタイルがある。浮かせることで空気層が熱伝導を止めます。意外と底が熱くならないのは最下部に空気通路があるからで焚いてみて分 かることでした。


天井は大きめの穴を開けっ放しで婆ちゃんの部屋の物音まで聞こえる。壁との距離がきっちり決まるまで筒抜け。決まるのは最厳寒の日にガンガン焚いたときの熱状況を見てからです。


ストーブの背中がこの距離で十八センチ。琉球石灰岩の壁は熱に強いがガラス扉は弱い。背中は三百度を超しますから十八センチはメーカー推奨の1mを基準にすると火事になる距離。


これが自作の背面遮熱板。\900円のブリキの波板を切って、拾ってきた不法投棄の犬のケージを衝立にして針金で止めたもの。この板を背面3センチに置く と前後の空間を空気が対流しガラスは手で触っても熱くない温度になる。背中に1mの距離を置くと家が狭くなるのです。

せっかく作ったこの遮熱板も短命で選手交代。新人紹介ができないのは只今特訓中なんです。

とまあシアワセ壱号の出航前状況。火が入った航行姿は後日。

思わぬ展開

薪を切ったり割ったりする場所に草津川を使っているが、割ったあとは自宅の軒先や庭に積んで乾かしている。量が増えると庭は狭くなるし通路で倒れると婆ちゃんや孫に危険。虫もついている。

草津川の近くに貸してくれる土地はないだろうかと単車で走ってみた。里山に田畑があってポツンと農機具小屋があった。小屋の周りは静かなところで車も来な いのどかな田舎。此処なら薪作りから積上乾燥も充分の広さだしテーブルと椅子を持ってくればお茶を飲んだり弁当を広げても楽しい時が過ごせる。

昨日、二度目に小屋を訪れると持主が山仕事をしておられる。チャンス到来と貸してもらえないか話すと渋い顔。料金の話もしているが駄目みたい。残念に思い ながら単車で走ると「売物件」の看板。其処は住宅地で目的にはそぐわないので走りながら考えた。

そうだ。売地を探してみよう。ネットで自宅から遠くなくて薪作りに適する土地を探すと一発で出た。

石山寺の近く、四十坪で百二十五万円。地目は住宅地だが周りは畑と山林。見に行ってきます。

こんな展開になるとは思いもよらぬこと。どうなりますか。

へ戻る