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写真

沖縄で撮った写真を昨日から載せています。カメラは台湾の時に使ったライカのデジタル。沖縄は撮り尽くした感があるのだけれど静かに見つめると感じるものはあるものです。

光を求めて、見つめて歩く時の自分が好き。枚数は少ないけれどかとけんの感度を見てやってください。

炎料理

石油ストーブの料理活用が増えてとても楽しい。ところが春になるとストーブを点けないから料理に使えない。ガスコンロでやればよいのだが「炎」は遠赤外線を出すから料理の出来上がりが違う。はず。

例えば石焼芋をガスでやってもホクホクにできるかどうか。なにより火を見ながら料理することが楽しいのだ。考えた。庭に石窯を作って薪を燃やして料理をする。良い考えだ。

石窯だと火室の作り方次第でナンやピザも焼けるかもしれない。煮炊きはもちろん鉄箱を上手く使えばオーブン料理もお手の物。これだと一年中炎で料理を楽しめるじゃないか。

さあっ、俺の最高の知恵を集めるぞっ。あぁ~たのしっ。

春か

関西の暖かいこと。沖縄のほうが寒かったからおかしな具合。このまま春になれば良いと思うがそうはいくまい。奈良のお水取りを境に例年暖かくなるから半月後だ。

話は変わるが沖縄を走った自転車。私はコル鉄で相方が割れて治したカーボンフレーム。両車ともイタリアカナダ以後乗っていなかったがコル鉄の乗り心地は最高だと改めて感じた。


自前で補強した相方のフレームも完璧に復帰。輸送も国内航空便は袋で大丈夫だったが次の海外は梱包を考える必要がある。ま、当分フレームを買わなくても乗れそうで安心。

2010-02-23 コザ 那覇空港


夜明け前に宿の灯りを見ながら農連市場の朝市に向かう。沖縄野菜の島らっきょやゴーヤは春から夏が盛りだが市場に行けば手に入る。最近は本土でも手に入るがやはり現地の新鮮なものが美味い。


今まで国道330はアップダウンがあるので避けていたが今日は距離も短く時間もあるので走ってみた。混雑もなく昇降も思ったほどなく快適に走れた。


明治橋は鹿児島から続く国道58の終点。私の沖縄旅の終点にもなった。

沖縄が最後といえど特別に感情が動くわけでもない。思い出深い道は何時、何処を走っていても、ふと思い出すものだ。その一瞬がとても好きだ。沖縄もそんな道と同じく、もう一度走りたいときっと思い出す。

ありがとう、沖縄。

さよなら、沖縄。
昨日買ったゆし豆腐を湯豆腐にしてゆっくりと朝飯を食う。


隣の島は浜比嘉島で自転車旅のはじめの頃の思い出深い島だ。人っ子一人いない浜で貝を拾って海を見続けた。

藪地の漁港で漁師三人の会話を耳にする。まったく聞き取れない方言はたぶん近々に沖縄から消えるのだろう。

勝連の城趾は世界遺産なのに無料で人も少ない。城壁は栄華の痕跡を後生に伝え趣を感じるが、コンクリートの塊は五百年後の後生、どのように感じるだろう。

コザの宿に昼過ぎに入り朝市のある農連市場へ向かった。コザの街は那覇や名護と空気が違う。まだ沖縄の空気が流れる町だ。


地元の食品や業務用のスパイスなどを買い込んだのは安いんだ。

宿の主人が三線を聞かせてくれた。濃いい沖縄の夜が更けていく。雨がトタン屋根を激しく叩く。


三線の音よ、叩かれないで聞かせてくれ。

今日は長丁場だから早朝から走り始める。この旅で初めて太陽が顔を出したが早朝は寒いから完全武装。


辺戸岬を過ぎると海は沖縄らしい色を見せた。気温はぐんぐん上がり名護で今年初めての半袖。汗ばむほどではないが肌に日差しが新鮮だ。


波が全くない穏やかな浜。


石川で自炊の食材を買って平安座島へ海中道路を渡る。今日はずっと海だった。広い海を見ていると気も晴れる。

沖縄を書いておきたいことがあります。琉球王朝が滅びた時代、悲惨な太平洋戦争、米国の占領と復帰。日本の中でも激変を繰り返したこの沖縄を自転車で初め て走った時。自国であるころがとても嬉しく、本土にない文化を自由に行き来できることが楽しかった。

振り返るとそれ以後もどんどんコンクリートで固められ、近くの島は橋で繋がっていく。竹富島も橋の標的になっている。年度末の今はそこら中で道路工事が行 われコンクリートで固める歴史は終わろうとしない。

最後の沖縄旅にした理由のひとつが、沖縄の魅力がコンクリートで固められていくからでもある。「これではいけない」と全体が気づいた時には、もう元には戻 せない沖縄になっているだろう。私の力ではどうしようもない事だが、もの凄いジレンマを感じつつ最後の沖縄旅をしている。

2010-02-20 奥

今日は宿でのんびりする日。奥の集落自体が人が少なく静かで落ち着くところ。入江の川沿いに自然のままの庭。


部屋は庭に続く広いテラス。茅葺きの母屋に囲炉裏、その周りで夕食も朝食もいただく。


食事が素晴らしく素朴で美味い。ご主人と奥さんの二人で営んでおられるが二食付き相部屋なしで一人五千円。信じられない値段と居心地に前回に再訪を決めて いた。


今回は二泊。今日は浜の流木を拾ってきて囲炉裏に使ってもらったら二人とも喜んでくれた。二晩とも話しが弾んで夜更けまで楽しい時を過ごす。

名所旧跡を急ぎ足で回るだけが旅でなく、流れる時を感じ、人と触れ合ってこそ旅なのだと教えてくれる空間。宿のあり方を思いっきり知らしめられる良い宿 だ。
この旅で沖縄は最後。旅もひとつひとつ終わりを作っていく。何度でも来たい地だけど旅ができる残りも短くなってい るから。

今までの旅でも二度と来れないだろうなと思う旅が多かったが、これからは、はっきりと「この地は最後」と意識することにした。十九回目の沖縄八重山の旅。 最後と思うとひとしおだ。

最北端への道は平らな西海岸と東側の山中がある。その分岐点までルートを決めなかった。雨なら楽な西海岸道だから。出発時は雨だったが分岐点では厚い雲に 覆われているが降り止んだ。


最後の旅だし険しくともヤンバルの香り漂う東側を走りたいから東村へ右折した。


寒くとも明るく大らかに咲く花は沖縄だ。


道まで延ばす葉も沖縄だ。


北上は気温も下がる。冷たい風吹くこの浜の向こう側に奥の集落がある。

宿に着くとご主人が「すぐに風呂に入りなさい。薪を焚いて沸かしてあるから」。冷えた体にむちゃくちゃ嬉しいお出迎えだ。

朝の神戸港。久しぶりに見た綺麗な海と朝焼け。だけど寒い。

今回の沖縄旅のきっかけは山西さんが仕事で行った沖縄の姫という三線ライブの話題から。行くと決めて一番にとった宿が姫のあるコザの街。飛行機も宿もすべ ての予約が終わってから姫の店情報を探した。

残念ながら私は姫に行かない。聞きたい我如古より子さんがその日は出演予定がないのだ。宿も飛行機もキャンセルするのは惜しいから来たのです。姫は機会が あれば行く。


那覇空港からそのコザの宿に荷を預けて名護へ。むっちゃ寒い沖縄だ。おまけに向かい風が強くてクタクタ。雨もポツポツで写真を撮る気がしませんわ。


名護の宿は食事なしで一泊二千円。宿に入る前に久しぶりの外食は最高に美味かった。豚を八角ソースで食わせるんだから。これで一人800円は安い。

店の方が自転車旅を気遣って伊江島の大きなお饅頭を二つも持たせてくださった。寒い沖縄に暖かい人がいます。

沖縄

今から始発電車で神戸空港に向かい那覇へ飛びます。きっかけは山西さん。いきさつは明日書きます。


これが今までに走った沖縄本島。今回はどの道を走るかは風まかせ。楽しみにしているのはコザの街と最北端は奥の連泊民宿。



雨ですが沖縄を楽しんできます。

逢坂山の花

毎日の通勤で通る逢坂山。その大津側の歩道に花が飾れれている。



五月でこの道を通い始めて一年になるが最初の日にこの花に気がついた。花はこの国道で亡くなった方への想いだろう。暑い夏も、寒い冬も、花が枯れかけると 新しい花が供えてある。毎日必ず見る。

そしてどんな方が亡くなったのだろうと何時までも思う。供える方はどんな方だろうと何時も思う。深い悲しみを背負って一年。

毎日通っていれば供える方に会える日が来るだろう。

JAL

カミサンのJAL7千マイルが今月末で期限切れ。通常一万マイルから使えるので捨てる事になる。私の残高も8千マ イル。これも捨てざるをえない。

調べてみるとJALクレジットカード会員に入ると家族のマイルを合算して使えるとある。加算すると一万六千マイル。しかも今なら一万五千で宮崎辺りまで二 人が無料で飛べるじゃないか。

気がついたのが二月に入ってからで期限が二月末。大急ぎでカードに申し込んだが記入漏れで二回往復。もう間に合わないかと思ったが昨日カードが来た。


四月搭乗を月末までに申し込むが何処へ飛ぶか。福岡、大分、熊本。宮崎。松山、隠岐、出雲、松本.....。

JAL破綻で五月から飛ばなくなる路線もいくつかある。無料で飛べるのは有り難いが、破綻からの回復には可哀想なおまけだ。

Giro d'Italia 2010



今年のイタリア自転車旅のルートを決めてからジロデイタリアのサイトを見て驚いた。5月29日第20ステージの最終山岳ルートが自分の決めたルートそのも のだったから。

正確には2315m-2211m-2291m-2618mのスイス国境四峠の前三つが同じ。違う平地のステージでもルートが重なっている。私はジロデイタ リアの後から走ると思うが同じ年に同じルートは嬉しい。

ルート図や高低図は版権があるから載せられないがこちらです。
http://www.steephill.tv/giro-d-italia/#route-map

私は自転車での完走はできないと思う。押して登ることも有り。荷を積んで押さずに完走できたら褒めてやってください。

燃える

暖房の話です。長いですが是非最後まで読んでください。

今、最大の関心は薪ストーブ。北欧や米国の製品は二次燃焼でほとんど煙やガスが出ない完全燃焼。Co2も循環して地球に悪い結果はもたらさない優良暖房 だ。



設置場所と機種によるが家の中をほとんど暖房できる。家中を軽装で居られると温度差健康障害が減らせるし気持ちも伸び伸びする。何より炎を見て生活できる のが一番の魅力で人間が火を使えるようになった氷河期の感動そのものを味わえる。

料理もストーブ天板での煮炊きと炉の中での高温料理もできて楽しみが増える。火を焚けば其処に人が集まるように言葉で表せない魅力がある。これは是非我が 家に置こうと動き始めた。

詳しく調べた。ストーブの温度は炉内で600度、外側でも200度くらいに上がる。壁や床、煙突の周りは不燃材で覆って30cmから50cmの空間を必要 とする。低温炭化といって壁や床の木は低い温度でも炭化が進んで着火するからだ。

ストーブ重量が二百キロくらいあるから床を変えないと落ちる。かなりの改造工事が必要でストーブと煙突の購入費用が八十万くらい、工事が最低でも三十万。 軽く百万は突破する。

よく考えた。暖房設備としては確かに高い。だがエアコンやファンヒーターの費用と比較するから高く思うがそれらの設備は暖まる以外の価値は見いだせない。 薪ストーブには暖まる以外の価値が大きい。暖房具以外の費用と比べても車を買うことを思えば私にはそれ以上の価値があるし決して高くない。京都の販売店を 訪ねて燃えるストーブを目の当たりにし、嬉しくて涙が出そうだった。帰ってカタログを毎日比べて機種を決めた。



薪をどのように調達するか。業者から買うとひと冬で二十万くらいかかる。それでは贅沢品以外のなにものでもない。間伐材は邪魔者扱いされている。それが無 料で手に入らないのか。この調査に時間がかかった。これが解決しない限りボツになるのだから。近隣の間伐材が無料で手に入れば薪割りという作業はあるがそ れも楽しみの一つ。だが無料間伐材はなかった。間伐からやれば別だがそこまでは素人にできない。

捨てられる木を考えた。近くの製材所を訪ねてみた。社長から詳しく用途を聞かれた上で「ストーブで燃やせるる木はあるよ」と広い敷地を案内してくれた。柱 などの端材が積んであって「選別して持って帰ってもよい」と言われる。嬉しかった、しかも無料だ。近くの大きな製材所だ。すぐに手に入る。切って乾かせば 燃やせる。近隣には他にも製材所は数軒ある。しめたっ。製材所からの帰り道は夢の中のようだった。

ここまで調べてからカミサンに相談を持ちかけた。「またもや家の改造か」「百万以上かかるの」と無理もない言葉のシャワー。でも暖かくなることに目がない らしく稟議書の会長欄にご承認印。一件落着。薪を運んだり割ったりするのも会長のご協力をお願いしておいた。あとは設置場所を確定して工事して....。 そうだ薪は乾燥がいるから来期用に道具を買って薪の準備をしなくっちゃ。と、順調にことは進んでいった。

夢を見た。老いて足腰が立たなくなった夢を見た。夢の中の寝床の傍に鉄の塊がある。薪ストーブだ。冷え切って火が入っていないストーブだ。身の世話をして くれるカミサンは薪を切ったり割ったりすることができないからストーブで木をを燃やせない。

目が覚めてハッとした。老いて足腰が動かなくなるまでの時間を考えた。私の遺伝子は低級だから75歳までと予測している。あと十年あまりで足腰は動かなく なる。衝撃が走った。いままでそんなことを考えたことがなかった。あと十年。短くなっていたんだ。

薪ストーブが思わぬ思考の展開をもたらした。老いを考える時間がとうとうと流れた。寂しくなった。わびしくなった。だが現実なのだ。考え続けるとやがてそ の現実と対峙できるようになってきた。あと十年を充実させようと前を向き、おおらかな気持ちに変わっていった。すばらしい人生の黄昏を過ごそうと勇気すら 湧いてきた。

そしてもう一度薪ストーブのことを考えた。俺が薪を調達できなくなってからのことを考えてやめた。俺さえ良ければ好きなことをしても良いのではない。俺が 死んでからも残ったものが快適に過ごせるようにしてやるのも俺がしておくことだと。

そう決めてから、心の中で何かが燃えています。薪に変わって何かが盛んに燃えています。

暖冬予報

今年が特に寒いのかもしれないが寒さが身に染みる。自分だけかと思っていたら思いがけなく相方から「寒いのが応える」のことば。今までにもこれくらいの寒さは何度もあったはずで、やはり歳を重ねて染みるようになったんだ。

暖房をしていない部屋へは行きたくないと思うようになって、たいへんもったいない家の使い方だと感じるし、寒さと共に窮屈でもある。休日に実験してみた。 常に居る場所が17度から18度で、それ以外の吹き抜けを含めて家のほとんどを14度まで上げてみると断然快適であることがわかった。

寒いときで10度以下まで下がっていたから4度の差で随分違うのだ。起床から就寝まででどれくらいの燃料が要るのか計測中。これを機会に暖房をしっかり考えます。

世界一周航空券



旅計画の最中。旅の楽しみは前後に三回あるが計画を誤ると後の二つが台無しになる。

今回もやっぱりイタリアを走りたい。イタリアは「ハマル」と云われるが、三回目で既に欧州の地図を見ると自然にイタリアに目が行く症状。イタリアの山と川と田園風景は瞼に浮かぶ。

世界一周航空券を使うがイタリアに続いてカナダ。この国はとても広くて行きたいところが山ほどある。米国は食事で躊躇するがカナダは美味いのも魅力。

一旦帰国後の冬に二度目のNZ。この国も大満足を残してくれる舞台が揃っている。北半球は早くても五月。それまで他への旅には行かないの?

札幌めし

北の国から「魚肉ソーセージを美味く食べろ」と云われるから一本だけ五十円で買ってきた。何年ぶりだろ。


北の国から「七味をかけてフライパンで焼け」と云われるがヘソを曲げてみた。チンゲンサイと豆腐とあんかけにしてピリ辛風味。今夜の主菜。美味しかったわ。

ちなみにメザシ、煮豚、漬物、ごはん。写真が三人分で今夜の献立のすべて。メザシも煮豚も漬物も自家製。

北の国の食卓との違いはサッポロビールがないことか。

ヨジラー

何気なく新聞を見ながら目が行った先の本の宣伝。「ヨジラー!朝四時起きですべてがうまく回り出す」とある。何を言ってるんだ俺は昔から早起きだけど『すべてがうまく』なんていかないよ、ふざけんな。

と思いながら振り返る。思えば昔から早起きだ。別に意識して早く起きているわけじゃないが目が覚めるだけ。旅先でも自転車に疲れていても早起きは変わらない。代わりに寝るのも早い。

ただ「寝なきゃぁ」とか「起きなきゃぁ」といった意識はしない。まあ、体の趣くまま。これで体はすこぶる調子が良いのでこのまま続ける。早起きしてゆった りと朝を過ごすことは好きで意義がある。起きて交感神経に無理を強いて始業時間めがけて突進は危険でろくな事ないからね。


それにしてもこの本は宣伝費かけて売れるのだろうか。どんな人が買うのか見当すらつかない。

三年

日曜に二人で山に入った。雪が積もっているが長靴履いて雑木林に入る。新しい枯れ葉を除けると昨年までに堆積した葉が腐葉土になっている。土嚢袋に八つ。けっこうな量で竹竿に結わえて二人で山から降ろすと汗だく。



庭木の土を掘って替えてやる作業。これで三年連続だが木が心地よく葉を茂らせるには良い土と陽当たりと適切な水を欲する。剪定の陽と水の善し悪しは直ぐに結果が分かるが、土は三年経ってみて違いが分かる気長な手当。

次の日曜まで干しておくのは一気にやると疲れるから。

匂う

自宅で風呂を沸かすと一番においらが入る。二番は婆ちゃんで三番がワタクシ。四番がカミサンで五番が俺。おいらとワタクシと俺を合わせて五人家族、ってウソ。一回沸かすと三回入る。五回くらい入りたいけどのぼせるから三回。入り終わると汗をかいてTシャツ姿でのびのび。

旅で温泉宿に付くと浴衣に着替えて真っ先に風呂、部屋で一服して食事前に風呂、食事が終わって布団を敷く頃にもう一回。翌朝は朝風呂。おなじことを自宅でも。

風呂は毎日入らない。長いときは一週間入らないときもある。会社に匂いに敏感な女性がいて、一週間入らないと会社で言われるときがある。「臭いますよ、男の匂い」って。クサイのじゃなくって男の匂いだと仰る。

自分の匂いって自分で分からない。どんな匂いなんだろ。

安い果実を買って

炎ストーブで作ったジャムたち。ネーブル、グレープフルーツ、リンゴ、バナナ。

バナナジャムは砂糖なしでも甘い。リンゴは砂糖なしと砂糖入り。砂糖入りといっても微々たる量です。砂糖のほかに香料を少し使います。例えばリンゴにシナモンはよく使われるが、バナナジャムにラム酒は意外なハーモニーだった。

婆ちゃんとカミサンがこれらのジャムの出現でトーストにジャムを塗り、その上にプレーンヨーグルトをのせて食べています。美味しいよ。

もうすぐ秋に収穫した柿がジャムになります。

個展

写真を教わった山西さんが大阪で個展を催される。東京は二回見に行ったが関西は始めて。久しぶりに会える。

自宅は山西さんの写真が二階と一階の壁に掛けてある。年に数回違う写真に掛け替えるが何年見ても新鮮だ。他の人の写真や絵があるけれど保管したままになっている。自作もだ。

http://photo-sai.com/uninstall.html

古い


鉛筆削りです。大事に持っているのです。数十年前に買ったもの。人は物持ちが良いと言ったりケチと言ったり、どう呼ばれてもかまいません。私にとって大事な物はいつまでたっても大事。

鉛筆を削った時の匂いを覚えていますか。初めてその匂いを嗅いだのは小学校に入学するときだった。素敵な匂いです。少しの緊張を覚えた思い出深く爽やかな匂いです。

立つ

世の男性諸君、自宅で小便をするときの姿勢について述べる。

大方の諸君はチンコを出して立ち姿で放出するだろ。立って放出すると途切れるときにチョロッが便器の手前に垂れるのを知らんか。便所掃除をしたことがない奴がいたら男女同権違反で逮捕する。逮捕されるのが嫌なら便所掃除をしてみろ。必ず垂れとる。

便器は洋式だろっ。何故に立って放出するのだ。座ってせい。ファスナーを開けたらベルトを外すだけだ。座ると女と同じで便器の中でどんな噴水しようが、ど んな暴力的放出をしようが外には出ん。終わって女のように紙で拭けとまで云わんから座ってせい。

垂れたションベン拭かなくて済む。匂いもせん。床も痛まんのだ。ここまで云われて立ってする奴には罰を与える。教室前の廊下に立て。立つんだ。

間違ってもチンコ立てるなよ。

二次燃焼

自宅の暖房をもう少し書いておきます。今の石油ストーブは燃焼方法が進歩していて「二次燃焼筒」を使って燃えたガスをもう一度燃やしています。

昔の石油ストーブは黒い煤を出して不完全燃焼でしたが今は二次燃焼で完全に近い状態まで燃やしきる。これで燃え残りによる有害物を極端に減らし熱効率も上げているのですね。帰宅したときに家の中に石油の匂いや石油の燃えた匂いはしません。

もう一つ、石油代が月額千五百円までという理由。婆ちゃんの部屋は別の石油ファンヒーターでその費用は含めていませんが、24畳の広い空間を9畳用能力最小限の暖房出力3.22kWストーブ1台で暖める。

それで充分暖まるが室温20度以上になると消す。朝2時間、夜6時間と使用時間が短いことと能力最小限で燃料消費が少ないのです。料理をストーブでするから冬の料理ガス代減を差し引くと.....。

使用量が少ないといえど、只々、化石燃料を使っていることに後ろ髪を引かれる思いです。

雪景色

昨日の帰りは雪が降って自転車は無理なので車で帰宅。逢坂山は積雪で渋滞。積雪で危ないけれど抜け道に入ってみた。関西の運転手は雪になれていないから、見ていても危ない運転をする。滑らず当たらず帰れたが久しぶりの雪の運転は緊張した。

今朝は見慣れない雪景色に心爽やかに出かけられた。見慣れた風景も雪景色になると目に新鮮に映る。

なれない通勤で帰宅時の準備が狂ってハードディスクを会社に忘れて帰り、ネットのアップが遅れました

休日


休日に買出しに行く野菜直売所は緑と紫の二カ所。天気予報は雨になるというので近い方へ朝食もそこそこに出た。

最近見つけた自転車道で九割方行ける。

草津川の堤防だが走りやすくて桜並木は春が楽しみ。写真のお方がバッグを付けています。野菜満載で走っています。

三ヶ月前から一人で買物に自転車で行かれますがハンドルに重いものを下げて走るのを見かねて勧めたら素直に取付けると云う。一回目の重荷で「何も積んでないみたい」とその安定性を喜んで、以後付けっぱなし。

写真のあと予報どおり雨が来た。往復20km弱だが冬の雨は冷たい。でもその冷たさが美味い野菜を育てるのですよね。

ありがとう

一週間ぶりの里山散歩。会うかもしれない猟師に自宅で漬けた鯖の味噌漬けを手に持つ。家を出るなりいつもと気持ちが違うのに気付くのは池の畔を意識しているから。

猟師に会えませんでした。池には一羽の鳥もいませんでした。いない寂しさに胸が痛む。上手く表せないけど帰るまでいつもの散歩と違う気持ちだった。

夜、もう一度しっかりと合掌し、あの鴨をいただきました。ひとことだけ。ほんとうに美味しかった。こんなに美味しいとは思っていなかった。

命をありがとう。

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