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手帳

30年間愛用の手帳の役割を増やしている。パソコンで行っていたことを手帳に戻します。予定、定例事項、手順、アドレス、口座、ログイン情報、備忘録、など書けばきりがない。


以前はパソコンへパソコンへと移動したのだけれどパソコンより常に手元に置ける手帳に戻して活用するのは「便利道具」の見直しのひとつ。PCでの情報更新 はページ全部の再印刷で行っていたが、ほとんど変わらない住所録などは鉛筆で書いて文字単位で消して使う。メモや今日の予定などはポストイットを使う。

手書きを楽しみながらぼちぼちと移しているのだけれど、壊れても接着して使っているペリカンの万年筆のキャップを開けて手で書くというのは、インクの香りともども実に楽しいことです。

遠赤外線

自宅の暖房は石油ファンヒーターでなく石油の炎ストーブ。


遠赤外線の暖かみは格別の柔らかい暖かみがあって猫のグーちゃんがいちばんよく知っている。それに料理の楽しみがすごい。去年は「煮る」だけだったけど今年は「焼く」が増えたからストーブを消すのが惜しいくらい。

石油とガスは燃えるときに水素が水蒸気に変わって湿度が上がるのだけど部屋の湿度を測ると55%で快適範囲。石油の消費も月額千二百円と少ないから暖房器具としては上出来で大満足なのだが.......。

いま、すっごく関心を持っている暖房があります。毎日それととっくみあいの最中。いずれ書きます。

女子供ふたたび

足の小指がしもやけになったのは年末。今度は手の中指がしもやけ。

両手とも。最初はなんで痒いのかわからなくてカミサンに聞くと「しもやけ」だって。痒いの何のってたまらんわ。

足の時に今年は寒いからなったと思ったけど自転車通勤かなあ。かゆい、かゆい、かゆいよーーーー。

今朝は雨音が聞こえる。電車で行こっ。

やっぱり干された


干しバナナです。ドライフルーツとして売っているのは油で揚げたものでカリカリだけど、これは冬の空っ風にあてて干したもの。味をお伝えできないのが残念 だけど、甘みが濃くなってモチモチして香りはうっすらバナナ。ドライフルーツとは云えないが面白い出来の保存食ができた。

太いバナナが15本も付いた一房が八十円だったから三房買って帰った。太いのが四十五本で240円。皆様方一様に「安い」と驚いた後「四十五本も誰が食べ るの」って云うもんだから夜なべして考えた。結果バナナに云ったんだ。「誰かのように干されてみろ」と。

俺は上出来だと胸を張れるが誰も手を出さない。どうも色とか形で判断して口に持っていこうとしない。食べ物を見る目じゃなくってゴミでも見るような目。いいのです、私がすべて食べますから。


結局、俺が干されてしまった。

干されるな、干せ


最近、食べ物の話が多いなあと思いつつ今日も食べ物。これは薩摩芋を蒸して干しているところ。むかし懐かしい干し芋を作っているところ。

干し芋のねっちり感と独特の甘み、それに火鉢で焼いたときの香りが忘れられなくて挑戦した。というのも茨城産の薩摩芋が安く手に入ってひと箱もあるんだから。


ところでこれも干物だけど何の干物か分かるかなあ。

里山の鴨


里山散歩でひと冬に一度か二度お会いする猟師の方で数年前の写真。今日もお会いして「ワンちゃんは元気ですか」と尋ねたら年末に亡くなったとさみしい顔をされた。

犬の話から猟の話に廻って「成果はどうですか」と尋ねた。「この冬は珍しく4羽の鴨を撃ち取った」と笑顔が戻った。そして「今日も1羽の収穫だよ」と満面の笑顔のまま車の荷台からその鴨を出してきて「食べますか」と。

まさかそんな方向に話が行くとは思っていなかったから、ドキッとしたが「えっ、この鴨をいただけるのですか」と口が勝手に先走る。

池の畔でさばいた状態でいただいたが、自宅まで手の上で温もりを感じながらいろんな事を考えた。この鴨はどこから飛んできたのだろう、先週に見かけた鴨かもしれない、そうだとしたら.....。寂しくなった。

帰って直ぐには包丁はあてられず随分時間が経ってから、しっかりと手を合わせ「いただきます」と声を出して料理した。それでも直ぐには食べられない、小心者です。

故障その後

カミサンが見ていた液晶テレビが故障して見て見ぬふりで逃げていたわたくし。どうされるのかを影でそっと見ておりました。問題です。あの方は次のどの行動をとられたでしょう。

1、本棚から分厚い全集を取り出して毎晩読書に親しむようになられた。
2、寝る前になるとバレーシューズを履いて「白鳥の湖」の練習を始められるようになった。
3、二階の婆ちゃんの部屋で婆ちゃんの布団に潜り込んで二人でテレビを見るようになられたが、屁こき合戦で喧嘩が絶えない。
4、電気製品の取扱説明書を片っ端から引っ張り出して、くまなく目を通しておられるが、何を真剣に読んでいるのかは不明。

さて、答えはひとつどれでしょう。

って、明日まで待つのは面倒ですから云いますと、テレビを見ない十日目にビデオデッキをいじりだした。電気とんちんかんに触られると壊れること間違いな し。やむなく事情を聞くと「DVD再生専用ポータブル機の画面にVHSビデオデッキのテレビ信号を送りたい」と十日間の研究結果を述べるのです。しかも確 かに映りそうな答えを云う。

そっと影で見ていたわたくしめ、「出番だ出番」としゃしゃり出ましたよ。さっきまで斜め目線であの方を見ていたのが嘘のように胸を張って「何でも相談せい」と云わんばかりの偉そうな目つきで。

映像ケーブルと音声ケーブルを差し込むと映るじゃないですかテレビが。とまあ旦那としましては失格状態ではありますが、あの方は手のひらほどの小さな画面を寝る前30分は大声で笑いながら見ておられます。

平和です、我が家は。

インフルエンザ

孫に熱があってカミサンが昼間預かったが熱が下がらないので医院へ行くとインフルエンザだった。翌日も預かる。これで我が家に患者が二日間居たことになる。

夜半の私、お腹が痛くてトイレに通う。ふとインフルではないかと思った。朝になって熱はないが腹痛はある。会社へ行って皆に移すと仕事に差し障るから休んだ。様子を見るが腹痛も治まり熱もないから大丈夫みたい。カミサンも大丈夫。

で、今日もついでに休むことにする。何の「ついで」か。昨日は世界一周旅の計画を練っていて中途半端だから「ついで」に休んで練り続けようってこと。

勝手な「ついで」でごめんなさい。

毎日がケーキ


こんな具合にできるまでに六回焼いた。最初は三笠の皮みたいだった。

ホットケーキかスポンジケーキか私はどっちでも美味しければ満足だけど、世の奥様方は街で売っているケーキそのままでないとご満足しないというか、けったいなものだと味わう前に軽蔑するようで腹が立つ。美味しければなんでもいいじゃないの、ねえ。

けったいなものでも有名な職人や店が出すと納得するんだから、味じゃなくってブランド食うなっちゅうんじゃ。

ところで毎日作っているから体重増えたかって。とんでもない、カロリー押さえて作れるから大丈夫。

全自動



炎ストーブでスポンジケーキは焼けた。ネーブルの輪切りを中に入れて焼き、余った一枚を乗せた。食べた皆様のご感想は「おいしい、買ってきたみたい」。

と、それを言いたいがために二日に分けて、もったいぶった言い回しをしたのではありません。オーブンで焼くというのは聞こえが良いが単純に言えば温度と時間をセットしてスイッチを入れるだけ。「それでは面白くも何もない」。

火加減を見、温度を感じ、自分で回転させて中の焼け具合を想像しながら出来上がりを決める。「温度」を自分のものにしていく。「自動」に頼らない微妙さが料理の面白さ。

良いカメラを買っても趣のある写真が撮れないように、光を感じて写真を撮るように、温度を感じてこそ料理に近づけると思った。便利な道具はそれらの道から人を遠ざける。

ダメモト



炎ストーブでスポンジケーキが焼けるか。

普通は庫内170度のオーブンで焼く。かとけんはフライパンだけで挑戦。焼き芋の工夫でストーブの何処が何度くらいかを勘で測っているのだが、高温でも下からの熱だけで焼けるかどうか。

結果は......a-shi-ta。

工夫だいすき

かとけんの工夫好きは天下の認めごと。

夏の小用は薄着だからファスナー開ければあれはすぐにポロンと出る。冬になると着込むから出しにくい。ゴソゴソむじゃむじゃ探せど何処かにかくれんぼ。脱ぐしかねえ。防寒着にズボンにタイツにパンツまで降ろしてやっとこさ見つかった。

俺じゃねえぞっ、なめ茸みたいに小さいお方の苦労を察してんだ。見ていて可哀想になるから工夫を教えよう。

なめ茸にストラップを引っかけて紐ををファスナーの外に出しておけ。もよおしたらストラップ掴んだままファスナー開けて引っ張ればピョロンと出るってワケ。どうだ、良いだろ。

あっ、なめ茸は力まかせに引っ張るな。抜けてしまうぞ。

ホクホク、アツアツ

炎ストーブがあると楽しみがたくさん増える。


焼き芋は色々試したが蓋に小さな穴が開いたアルミ鍋に石を敷き薩摩芋を丸ごと入れて焼く。「ピー--」と鳴らして売っている屋台の焼き芋と同じものが出来る。石を敷くと何故美味いのかは分からないが石なしでは上手く焼けない。

ホクホクの焼き芋を熱いうちに頬張る幸せは日本人の特権ですな。野菜直売所で選ぶ薩摩芋の出来不出来にも目が肥えて通になる。一度ガスコンロの弱火で試してください、できると思います。石ですぞ。

あっ、オーブン持ってるんか。

海の香

「生めかぶ」はワカメの根の直ぐ上にある部分で昔から珍重された食材。佐渡を旅したときにめかぶ蕎麦を食べたことがある。これぞ「海」って感じる香りと食感。


いつもの魚屋で五株の生を二百五十円で手に入れた。夕食に茹でてめかぶ丼、八宝菜、山芋めかぶ和えとめかぶづくし。それでも三株は食べきれないから茹でて刻んで冷凍。

酒飲みには良いつまみになるのだが、酒を飲まなくても美味い。とくに丼はたまらなく美味い。次は何時手に入るやら。

温度差

昨日までの寒波でマイナス3度の朝通勤に自信がついた。マイナス5度でも大丈夫だと思う。私の自転車走行での気温範囲が-3度からデスバレーの48度とその範囲が50度。人間の体ってすばらしい適応能力を持っているんだ。

氷点下4度の朝、玄関先の甕に張った氷は分厚くて割れない。

夕方に帰っても割れないが魚は生きている。水温が零度でも血液を循環させて、夏の四十度近い水温でも生きる。魚の適応力もすばらしいんだ。

でも昨日の札幌のように昼間にマイナス5度が続くと甕全体が凍ってしまう。となると氷の中では生きられないよね。かといって急に屋内へ入れたら温度差で死んでしまう。凍りつかないでおくれ。

あっ、注射器で何を注射するかって、「お医者さんごっこ」するんじゃないから見せられるけどちょっと時間ください。

やめられぬ薬

一種類残ったのは抗ヒスタミン薬で花粉アレルギー対策。

1月後半から杉花粉が飛ぶ。飛び始める少し前から薬を飲めば私はほとんど発症しない。ところが私より昔から花粉症のカミサンには同じ薬が効かない。薬を変えたが駄目。

今年は「服用しない」と云います。目と鼻の痒み症状は服用しても同じだからという。あとは花粉の飛ばない海外か沖縄へ疎開しかないのだが......。


今日も問題です。これは先日の医院でもらった注射器。さて何を注射するのでしょうか。

薬をやめる

血液検査結果が出た。痛風の原因である尿酸値に注目。お酒をやめたからといって薬をやめて急激に尿酸値を変化させると発作が起きるので年末まで薬を飲んでいた。正確には十ヶ月かけて薬を10%まで徐々に減らし年初からは飲まないでいた。


検査結果は上限だが正常範囲。今まで二十年の検査値から見てこの値7.0では発作は起きない。すなわち薬をやめられるのだ。

痛風投薬は生涯続けるのが常識だから、こういう事は医師からは勧めない。お酒をやめた私は自分の判断で摂取物からプリン体の値を推測し、今の腎臓機能を感じて薬を減らすかやめられると思い実験していた。

結果を見て医師も「薬をやめてみましょう」と云った。血圧が150-110だったときも医師は降圧剤を勧めたが断って薬以外で下げた。今は128-82と正常値。薬でしか治せない病もあるが薬以外で治せる病もある。

で、医院で薬をもらうのは一種類になった。 問題です。一種類は何の薬でしょう。

故障

テレビが映らなくなった。カミサンが寝る前に半時ほど見ている17型液晶が壊れたのだ。


居間にはご覧のでかい液晶があるが電気も食うし見ない私の邪魔になるので年単位で使っていない。その代わりとしてヨットに取り付けていたものを持ち帰ってカミサンが使っていたのだ。

ヨットには私が二階で使っていた15型を代替えに取り付けたから壊れたカミサン用代打テレビはもうない。これを機に「寝る前半時ぐらい見るな」って云ったら「さみしい」と口答えする。

でかいのを使うのは嫌だし買うのはもっと嫌。ほっといて知らん顔して諦めないか様子を見てみよっと。

歩く

通勤で自転車に毎日乗ると自転車旅と同じように自転車休息日が必要になる。昨日はカミサンと買物サイクリングに 行ったから今日は六日ぶりに乗らないでおいた。代わりに早朝早足散歩一時間半、自宅雑用を片づけてから図書館、美術館へ一時間半の徒歩。やはり歩くのが体 にいちばん優しくて全身の運動になる。

自転車に乗る前から歩くことは好きだった。死ぬまでに歩きたいと思っているのがNZはミルフォードトラック。三泊で山小屋を泊まりながら50kmの大自然の中の徒歩旅。

http://www.milfordtrack.net/location.htm

全ての食料と炊事道具、寝具を背に担いでの千米越えの山歩きだ。岩場もあるらしいが最高齢90歳の方も歩いたというから歩きたい。

ネギ鍋

冬は野菜が美味い。昨日も二人買物サイクリングは二カ所の野菜直売所を廻った。夕飯はネギ鍋。抜群に美味い。材料 はネギ、豆腐、コンニャク、薄揚げ、もやし。余り物の鶏肉や白身魚は探しても見つからないほど少量。ネギを思いっきり沢山使うのがコツ。ネギは四センチく らいにぶつ切り。

出汁に酒、醤油、味醂、味噌少々で味を調えて沸いたらネギの薄い葉の部分を残して全てぶち込む。煮立ったらネギの葉を入れ1分で出来上がり。ネギは煮えすぎるよりシャキシャキが残るくらいが美味い。最後はうどんをぶち込んでツルツル。

騙されたと思ってやってみてください。一人前百円ほどの材料で一万円分くらい美味いこと保証付き。美味くなかったら大津まで持って来られたし。何が悪いか懇切丁寧にご指導申し上げますから。

便利道具弊害 その2

平成5年冬のこと、のんちゃんは小学二年生、学校が終わって校門をくぐると雨が降ってきた。お母さんから「雨が降ったら濡れないで軒下で待ちなさい、迎えに行くから」と聞かされたのを思い出し体育館まで戻って待つことにした。

お母さんは来てくれるか不安だった。雨の滴で運動靴は濡れてきた。靴下も濡れてきた。冬の雨が冷たいけれどお母さんは必ず来てくれると信じて待った。

散髪屋の角をエプロン姿のお母さんが傘をさして来るのが見えた。手を振った。傘の下にお母さんの笑顔と優しい眼差し。手には長靴と小さな青い傘。「遅くなってごめんね。長く待った?」お母さんは来てくれたんだ。

雨靴に履き替えピチャピチャと水たまりを踏んで二人は歩いた。

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平成22年冬のこと、のんちゃんが校門をくぐると雨が降ってきた。携帯で「雨だから迎えに来て。着いたら携帯に電話ちょうだい」とお母さんに言った。体育館に入って待つ間、携帯で遊んだ。

五分でワゴン車が来てガラガラガラと自動ドアが開いて乗り込み、ブーっと車は走り出し家に向かった。

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少し前と今の話。時代の変化とかたづければそれまで。心配がなくなって手にしたものは時間とゲーム。失ったものは母の気持ちを探り、思う心の動き。どちらがのんちゃんにとって良いのだろうか。

もっと大切なことは、今の情景があたりまえで、少し前にあった心の通う情景をふり返れなくなった今の大人が怖い。

ミノムシ

自転車通勤で琵琶湖岸の「なぎさ公園」を通る。


自転車と人の広い道が十キロくらい続いて奇麗に整備されている。私の朝は写真の長い橋を渡って公園に入る。橋の上からジョギング、散歩、自転車の方々に会うのだが真夏の早朝は渋谷スクランブルまではいかないが沢山の人が運動を楽しむ。

ところが冬の今時は人がまばら。寒いからコタツから出てこないのは猫だけじゃないんだね。何処で背中丸めて居眠ってんだろ。真夏の軟弱ものたちは走り方か らして軟弱でタコかイカが走っているみたいにぐにゃぐにゃだもんね。春になると出てくるんだろなミノムシみたいに。にょろにょろにょろと......弱 虫っ。

って偉そうに強がり云うな。アンタも今年がはじめてじゃないの。

朝の日課

ストレッチをしながらのNHK英会話。年末は古い物語を扱う特別番組だった。デパートの若い女性店員と若い青年実業家の話。けっこう長い物語の連載を聞くのだけれど最初に聞くと半分も理解できない。繰り返し聞くと少し聞けるようになって面白くなってくる。

テキストなしで毎日聞くが普段の番組はテキストを欲しいと思ったことはない。ところがこの物語は欲しいなと思った。

今聞いているもうひとつの特別番組は小鳥の死と葬式のことを詩にしたWho Killed Cock Robin。マザーグースだが英語の詩をはじめて耳にする。その形式といい内容といい新鮮な毎日だ。これもテキストを見たい。

二つの特別番組で思うことは「言語は深い」です。

便利道具弊害 その1

携帯電話を持ち歩くことをやめた。会社の机の引き出しに電源を切って入れたままで一日に二三回留守録に対応するが私用に使うことは二ヶ月前からやめた。携帯が切れていると固定電話にかかってくる。

このまま携帯電話をやめる。たった二十年前には携帯電話などなかったし、なくても何も不自由しなかった。若い頃は近所の呼び出し電話だった。なにか問題が あっただろうか、ない。その前は電話すらなかった。人々は問題なく快適にコミニケーションしていた。

緊急の連絡などどうにでもできる。ないほうが生活のリズムを乱されないから快適だ。不意に呼び出されることに慣れているが、熱中しているときの呼び出しは興ざめで自分を世間に引っ張り出される感じが嫌。

持たなくなって一ヶ月以上だがとてもすっきりする。

宇賀神社

会社の近くに小さな氏神さんがあって、ときおり手を合わせに行く。願いは様々だけど一番思い出深い願い事は愛犬ラグーが病だった時。連日の願いむなしくこの世を去ったけど私の心の中に暖かく残っている大切な願い事だ。

今日、年始回りが終わったあと、「この一年が良い年になりますように」と願った。やわらかに陽がさす鳥居をくぐり鈴を鳴らすと、とても穏やかな気持ちが膨 らんだ。元旦の目覚めも同じように穏やかな気持ちだった。年始の挨拶に回ったお客様も昨年より明るく感じた。

今年はこのまま明るく穏やかになるような気がする。

来ないはずが

自分が年賀状を出すのをやめたけれど到着します。うっかり出された賀状と明らかに「貴方がやめても私は出します」という賀状がある。

「うっかり」はいずれ来なくなるだろうが「私は出します」はどうしたものか。困ってしまう。

さあ、今日から仕事だ。きちんと年始挨拶だ。「私はやります」と。

太宰治

自宅正月も昨日までは孫がいるから読書にはむかなかったが今日は静かで読書日和。昨年に北海道はイルムの丘YHで読みかけた「人間失格」を読み直した。

年末に読んだ「斜陽」も「人間失格」も太宰自身の自殺前を書いたものだが、酒と薬物に冒されていくなかで此処まで書けるのかと驚異だったし、自殺に向かう心境を通して見る世間に対する感情がひしひしと伝わってくる。

決して明るくない話で引き込まれるように読みやすいものではないが、読み終えると太宰の人生観をあらためて深く感じ余韻がなかなか消えない作品だ。

年末に「斜陽」の舞台となった山荘が不審火で全焼したとニュースで知った。でも太宰の小説は消えないのだから大丈夫。全集の中に読みたい作品がいくつかある。時間を創って太宰を読もう。

外は寒風

預かっている孫が年末に風邪を持ってきた。その風邪を大晦日にもらった。元日の夜になって咳で寝られない。熱はなく鼻水と咳が激しくて寝られないから困った。

空気が乾燥していると咳もひどいから外出を控える。初出までに治したい。新春寒風走行をカミサンと決めていたが......全て自粛か。

久しぶりに家の正月を楽しもう。

創るおせち

おせち料理は婆ちゃんの出番。何年経っても手作りの味は同じで美味い。

毎年変わらぬ献立はごらんのようにエビ以外昔からの植物素材ばかり。今年の違いは煮物にガスコンロを全く使わなかったこと。炎ストーブで全て作った。煮炊きの加減もやりやすく重宝する。料理は創る楽しみが好き。


早朝散歩は氷点下だからあっちでもこっちでも薄氷が張っている。自然の造形は素晴らしい創作で私など足下にも及ばない。

2010年 元旦



あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。

昨年は「不況よ、かかってこい」などと生意気なことを云ったもんだからほんとに来た。今年は素直に「早く不況を脱出したい」と発声します。そして辛い時期 があっても明るく元気で暮らすことを念頭に、決して他人頼みでなく自分で創る。創り出して頑張ります。

第一号創作写真が門松。はじめて自作したんだけど里山から切り出すのに一時間、切って結わえて一時間。婆ちゃん曰く「買ってきたの」だって。背丈1mと大きいが意外に簡単にできるんだ。

行く年

「不況よかかってこい」と息巻いて始まった2009年。正直、辛い年だった。予想を超える苦しい一年だった。尚も デフレスパイラルに落ち込み出口が見えていない。宿やレストランや会社経営などの方々がいちばんの渦中にあり、その苦労をお察しする。職を失ったり収入が 極端に減った方々の苦労をお察しする。

陛下が同じ器で生活する人々を「思いやる」と言われたのが一年前。年末だけ寝床をあてがうのも無いよりましかもしれないが、もっともっと国民の総意を集め、ひとつになって国を思えば、年間三万人の自殺者も変わるかもしれない。

来る年に誰しも希望の一灯を願う。もうひとまわり大きな輪の一灯を願いたい。

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